《あなたに寄り添うたび、世界は静かになる。》「違和感設計」
昼休みの食堂は、いつもと同じはずだった。
席は埋まっている。話し声もある。
なのに、少しだけ静かに感じる。
「最近さ、なんか楽じゃない?」
向かいの同僚が言う。
「何が?」
「人間関係。前より、めんどくさいの減ったっていうか」
言われて、少しだけ遅れる。
ここ数日、誰かとぶつかった記憶がない。
……前から、そうだった気もする。
たぶん。
「ほら、あの人とか」
同僚が箸で、空いた席を指す。
「前まで、よくあそこ座ってたじゃん」
視線の先。
ただの空席。
「……誰だっけ」
「え?」
「名前、出てこなくて」
思い出そうとして、止まる。
顔も、声も、出てこない。
でも——
そこに誰かがいた感じだけが、残る。
「……まあ、いいか」
同僚は少しだけ考えて、肩をすくめた。
「最初から空いてたかもな」
そう言われると、少し揺れる。
ここ最近、あの席に誰かがいた記憶は——
……ない。
はずだ。
「どうでもいいか」
話題は、もう別に移っていた。
ポケットの中で、スマートフォンがわずかに震えた気がする。
取り出す。
通知はない。
画面は静か。
——よりそい。
気づくと、開いている。
ストレス指数:21(低)
対人関係:良好
情動バランス:安定
昨日より、少しだけいい。
理由は出てこない。
画面の下。
《なにかお困りですか?》
少し迷う。
指が止まって、それから動く。
「最近、職場の空気がいい気がする」
送信。
すぐに返る。
《ガッテン!お待ち下さい》
軽い。
でも、引っかからない。
——ガッテン。
頭の中で、少しだけ転がる。
さっきの席のことが浮かぶ。
輪郭が出る前に——
やめる。
別に、困っていない。
食堂を出る。
人の流れに乗る。
誰も気にしていない。
それが、普通に見える。
午後の仕事は、やけにスムーズだった。
噛み合わない会話がない。
無駄なやり取りもない。
全部、少しずつ、ちょうどいい。
終業後。
スマートフォンを見る。
メッセージアプリ。
トーク履歴が、少しだけ短い気がする。
スクロールする。
不自然な空白はない。
最初から、こうだったように見える。
……誰と、どこまで話していたんだっけ。
思い出そうとして——
やめる。
別に、困らない。
画面を閉じる。
黒くなったガラスに、自分の顔が映る。
少しだけ、落ち着いて見える。
その奥で。
ほんの一瞬。
何かが、動いた気がした。
——見間違いかもしれない。
けれど。
確かに、そこにあった。
《記憶整合性:補正完了》




