9話 沙耶さんとランニング!
日曜日、スマホのバイブの振動で目が覚めた。
意識朦朧のまま画面をタップする。
するとLINEにコメントがあった。
『おはようございます。今から迎えに参ります』
ヤバい! 早く支度を整えないと!
俺は大慌てでベットから跳ね起き、ジャージに着替えて洗面所へ向かった。
顔を洗って階段を駆け上がると、ドアが開いて凛姉が顔を出す。
「せっかくの休日なのに、朝からドタバタしないでよ!」
「ごめん! 急いでるんだ!」
凛姉は深夜まで勉強をしているから、できれば起こしたくなかった。
しかし、今は緊急時だから許してほしい。
ジャージのポケットにスマホと財布を突っ込んで、急いで靴を履いて玄関を飛び出す。
すると玄関先の門の前に、ランニングウェア姿の女性が立っていた。
「LINEをしてから二十七分ですか。及第点としましょう」
「来るのが早すぎますって」
「言い訳無用、行きますよ!」
女性はサングラスをかけ、走り始める。
俺は溜息をついて彼女の後を追うことにした。
この女性は、昨日、アルファードでご一緒した、凪咲さんの侍女である。
名前は東山沙耶さん、二十六歳。
凪咲さんの遠い親類で、葉山グループの社員らしい。
今は凪咲さんと同じマンションで暮らし、彼女の身の回りのお世話や警護をしているという。
先週、俺がマンションにお邪魔した時は、凪咲さんの指示で別室で待機していたらしい。
監視カメラの映像で、どれだけ俺の身柄を確保して、警察に通報してやりたいと思ったか、アルファードの車内で、沙耶さんから延々と苦情を聞かされた。
凪咲さんは俺のダイエットしたいという言葉を信じ、毎日のようにマンションで待っていたらしい。
その健気な様子に、俺に対する怒りを抑えきれず、沙耶さんは俺を問い詰めることを決意したそうだ。
そして昨日、沙耶さんと俺は車内で会話を続け、なぜか沙耶さんまでが、俺のダイエットに協力することになったのだ。
彼女曰く、凪咲さんの近くに不健全な男性が近寄ることは許せない。
俺のダイエットが成功すれば、冤罪の償いができたと凪咲さんが納得してくれる。
そうなれば、凪咲さんが俺に固執する意味がなくなるという。
俺としても凪咲さんにいつまでも罪の意識を持っていてほしくない。
なので沙耶さんの協力を受け入れることにしたのだ。
それに反対して、写メをバラ撒かれたり、権力者に報告されたり、大事にされても困るからな。
一キロほどは順調の沙耶さんの後を走っていた。
二キロを越えると、体が重く、心臓の鼓動が激しくなってきた。
息が苦しくなってきた……
よろよろと走っていると、目の前で沙耶さんが立ち止まった。
「これぐらいの距離で倒れそうになるなんて、運動不足にも程がありますね。この先に公園があります。そこで少し休みましょう」
「……はい……」
三分ほど走っていくと、小さな公園があった。
ベンチに座り、息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「仕方なんですね」
近くにいた沙耶さんは公園の端にある自動販売機へと走っていく。
そして二本のペットボトルを手に持って戻ってきた。
一本のペットボトルを俺に手渡す。
「水分を補給しましょう。このままではマラソンになりません」
「すみません」
「中学生でも三キロは平均で走りますよ」
「そうなんですか……」
自分でも不甲斐ないと思うが、体が重すぎて、思うように動かせない。
ペットボトルから水分を補給していると、目の前で沙耶さんがウェアーを脱ぐ。
「体が火照ってきたら、上着を脱ぐことを推奨します。ウェアと体の間の空気が熱せられ、余計に発汗しますからね」
「でも……ダイエットにはその方がいいんですよね」
「体調を壊して倒れてしまっては、本末転倒です」
「そうですね……」
俺はペットボトルをベンチに置き、ジャージを脱いでTシャツになった。
汗でぐっしょりと濡れているが仕方ない。
体に風が当たり、気持ちがいい。
ふとタンクトップになった沙耶さんを見る。
凪咲さんも大きかったが……沙耶さんも相当に……
「私は八十九、六十二、九十一です。私の体で欲情するなら、存分に見てもいいです」
「すみません。そんなつもりはなかったんです」
「ちなみにお嬢様のバストは私を越えていますが、淫らな想いを寄せるのは許しません」
「そんなこと考えていません!」
「高校生にもなれば思春期の真っ只中。Hなことに興味を持つのは仕方ありません。お嬢様は素敵な女性ですし、魅力を感じるのも理解できます。ですので、淡い経験を積みたいののであれば、私を存分に」
「だからいいですって!」
沙耶さんは優秀な侍女のようだが、凪咲さんのことになると少しおかしい。
凪咲さんといい、沙耶さんといい、もっと貞操観念を持ってくれ。
俺が本気にしたらどうするだ。
俺の言葉を聞いて、沙耶さんが疑わしそうに視線を向けてくる。
「今はそういうことにしておきましょう。呼吸も落ち着いたようですから、マラソンの続きをしますよ」
脱いだウェアを腰に巻き、沙耶さんが走り始める。
俺も慌ててベンチから立ち上がった。
目の前にタンクトップ姿の沙耶さんの後ろ姿が見える。
彼女の背中が、妙に色っぽく見えるのは俺だけだろうか。
先ほど見た豊満な胸を思い出し、俺は首を大きく振り、頭から映像を必死で追い出した。




