8話 謎の女性現る!
凛姉と俺が姉弟という噂は一気に学校中に広まった。
その結果、土曜日だというのに、家のリビングの床に正座をして、凛姉の怒りが過ぎ去るまで、俺は耐えることになった。
秘密を漏らしたのは俺ではないが、怒り狂っている凛姉に、言い訳など通じるはずがない。
凛姉は仁王立ちになり、俺に宣言する。
「学校中に私達が姉弟だってバレちゃったんだから、空は平均体重になるまでダイエットすること。運動をサボったら、夕飯抜きにするからね」
「それは、ちょっと厳しくないですか? 空腹を我慢し過ぎたら、デブって死ぬのを知らないの」
「それなら、あんたなんて部屋の中で餓死してしまえ!」
凛姉はキッと俺を睨み、リビングから出ていった。
あれは相当に怒ってるな。
凛姉の怒りが過ぎ去るまで、カップ麺でも買い込んで過ごすかな。
スーパーにでも行くか。
正座を崩して足の痺れが引くのをジッと待つ。
まだカクカクする足を引きずって俺は私室に戻り、部屋着を着替えることにした。
家を出て、最寄りのスーパーに向けて歩いていく。
すると黒塗りのアルファードが、後から俺を追い越して路上に停止した。
そして黒のスーツを着た、サングラスの女性が、俺に声をかけてくる。
「橘空さんですね」
「そうですが?」
首を傾げる俺の隣に音もなく近寄り、女性は素早くスマホ画面を見せてきた。
その画面には、魅惑的なポーズをしている凪咲さんと、デレっとした表情の俺の写メが……
「他にも沢山、これと同様の写メをSNSで広められたくなければ、わかっていますね」
「あんたは一体?」
「いいから、車に乗りなさい」
俺の肩を突き飛ばし、女性はさっさと車の運転席に乗り込んでしまった。
凪咲さんと会ったのは先週の土曜日。
レオタード姿の凪咲さん……写メの風景は彼女の部屋だった。
あの室内に監視カメラが仕込まれていたのか。
でも何のために?
凪咲さんは清楚系の美少女だ。
粘着質のストーカーがいても不思議ではない。
では黒スーツの女性が変質者?
俺の頭の中を色々な妄想が駆け巡る。
路上に立ったまま硬直していると、車から短いクラクションが鳴らされた。
早く乗れという合図だろう。
変質者と同乗するのはイヤだが、あんな写メがネットに流出すれば、俺の人生が詰む。
保身に駆られた俺は、素早く助手席に乗り込んだ。
「ここでは目立ちます。シートベルトを閉めてください。少し走ります」
「……」
アルファードはゆっくりと走り始め、大通りに出ると一気に加速した。
次々と交差点を抜け、高速道路の入口へと走っていく。
その間、何度か問いただそうと口を開いたが、女性に「今は静かに」と指示され、俺は黙っているしかなかった。
高速の料金所を過ぎると、運転をオートに切り替え、女性はサングラスを外す。
「お嬢様のレオタード姿を見て、下品な笑みを浮かべ、お嬢様が許しても、看過できません」
「あなたは誰なんですか? どうして凪咲さんの部屋に監視カメラを仕込んでるんですか? 盗撮は犯罪行為だ。陰湿なストーカーを続けても、凪咲さんに嫌われるだけよ」
「何を勘違いしているのですか、失礼な! 盗撮など一切行っていません! お嬢様の身をお守りするのは侍女としての私の務めです! あなたのような変態と同じにしないでください!」
女性はハンドルを両手で持ったまま、顔を横に向け、ジロリと俺を睨む。
侍女……ラノベで読んだことのある単語だ。
「あの質問ですが? 凪咲さんってセレブなんですか?」
「もちろんです。お嬢様は葉山グループのCEO、葉山泰三様の末娘であられます。あなたのような一般市民が気軽に会話のできるお方ではありません」
葉山グループ……テレビのCMで俺でも名前ぐらいは知っている。
最新テクノロジーから、金融、不動産まで色々な業界の企業を傘下に持つ、日本でも有数のグループ。
そんなセレブのお嬢様のレオタード姿を……下着姿も見てしまった……
社会的抹殺、これはガチでマズイ!
「見逃してください! 凪咲さんのことは記憶から消します! 海外に移住して二度と日本に戻りませんから!」
「変な妄想はしないでください。急にあなたに消えられたら、私がお嬢様に叱られます。そのようなことは自重してください」
女性は首元のタイを緩めて、大きく息を吐いた。
「私としては二度とお嬢様に近寄ってほしくない。しかし、それではお嬢様が悲しみます」
この女性は俺が疎ましい。
でも凪咲さんはそうではないらしい。
「どうして土曜日に会って以来、マンションに顔を見せないのですか? お嬢様のあられもない姿を見て、それで満足して、お嬢様のことは用済みということですか?」
「え!?」
女性はスーツのポケットからスマホを取り出し、片手で器用に操作すると、音声が流れてきた。
『凪咲さんは十分に魅力的な女性です。俺にはもったいないと思っています』
『償いは受け取ります。俺の肥満体形の改善に協力してください』
女性はキッと俺を睨んで話を続ける。
「このような告白をして、二人での未来を約束しておいて、お嬢様を放置ですか」
「違います……学校でも色々とあって……それになんだか会いにくくて……」
「ではお聞きします。ダイエットについては本気なのですね?」
「……一応は頑張るつもりではいます……」
体重を少しでも落とさないと、今度こそ凛姉に愛想を尽かされる。
澪にも色々と迷惑をかけているし、結衣ちゃんにもやる気を出すように言われているからな。
「休日にはマンションに来るように。お嬢様がフィットネスの準備をしてお待ちです」
「でも、レオタード姿を見るのはマズイような……」
「下品な妄想でお嬢様を汚すことは許しません。これからは私も立ち合い、監視いたします」
「そこまでして行きたくないような……」
「約束を違えた時には、ネットに先ほどの写メを流します。その上で、泰三様に相談させていただきます」
「……わかりました、指示に従います」
弱みを掴まれ、世の権力者に訴えると言われれば、反論などできない。
それからしばらくドライブを続け、家に戻ってきた時には、俺の精神はボロボロになっていた。




