6話 悠斗の余計な一言!
凪咲さんと遭った翌週の月曜日の朝、俺は自転車に乗り、学校へと向かった。
昨日も一人で、ストレッチやマラソンをしていたので、筋肉痛で体が痛い。
凪咲さんのレオタード姿を思い出して、ニヤついていたわけではないのだ。
教室に入り、いつものように机に突っ伏していると、声をかけられた。
「空、話を聞いてくれ。土曜も日曜も大変だったんだぜ」
「ん?」
顔を上げると、爽やかイケメンが、前の席の椅子に座って、俺を覗いていた。
彼の名前は、池上悠斗。
この高校に入学した当初から俺に声をかけてきた変わり者だ。
「また自慢話か? 女子の話なら他の男子とやってくれ」
「他の男子に話したら妬まれるだろ。その点、空は女子に興味がないからな」
「それは違うぞ。女子達はデブをキモがるから、最初から期待もしていないし、諦めているだけだ」
「その分別、潔さは嫌いじゃないよ。でも、澪っちなら両想いになれそうじゃん。告白すれば上手くいくかもよ」
「何回も言うが、幼馴染だからって甘えるのは筋違いだ。澪に迷惑をかける気はない」
「あーあ、澪ちゃんは付き合ってもOKって雰囲気を出してるのにな。デブが直ったら、その鈍感も直るのかな」
「ほっとけ」
俺の投げやりな言葉に悠斗はケラケラと笑う。
イケメンで、頭もそこそこ良く、運動神経抜群。
誰とでもすぐに打ち解けるコミュ力、フットワークの軽さと、行動力は同年代の男子と比べて群を抜いている。
軽率な面がなければ、女子としては最良物件だろう。
どうしてそんなイケメンが、事あるごとに俺に声をかけてくるのかが不思議だ。
悠斗は以前に澪を遊びに誘い、冷たく断られたそうだ。
澪曰く、陽キャすぎてイヤらしい。
休日にどんな女子達と遊んでいたのか、女子達の機嫌を損ねないようにどれだけ頑張ったか、目の前でペラペラと悠斗は語っている。
適当に相槌をして聞き流していると、急に悠斗の表情が真面目になった。
「あのさ、土曜日の午前中。白いドレスを着た超絶美人と、自転車を押しながら歩いてなかったか?」
「そんなわけないだろ。俺に美人の知り合いなんていないぞ」
「でもその女性は、凛先輩でも澪っちでもなかったんだよな」
「どうして凛姉のことを悠斗が知ってるんだよ」
「だって橘って苗字が同じでしょ。それに目元が凛先輩と空って似てるから、すぐに姉弟とわかったさ」
「頼むから、教室では凛姉のことは秘密にしてくれ。噂が広まると怒られるんだよ」
「じゃあ、口止め料だ。あの美人は誰なんだ」
「それは……」
言い淀んでいると、後から肩をギュッと握られた。
慌てて後ろを振り向くと、暗い表情をした澪が立っている。
「いつから……」
「そんなことはいいから、土曜日に空と一緒に歩いていた女性の話を聞かせて」
悠斗との話の後半をほとんど聞かれているのか。
凪咲さんとは、痴漢された女性と、痴漢に間違われた男性という関係で、後ろ暗いことは一切ない。
しかし、俺の脳内には土曜日の出来事、特に彼女のレオタード姿が焼き付いているわけで。
実に話しづらい。
じっと黙っていると、俺の耳元に澪が顔を寄せてきた。
「早く話さないと、凛ちゃんに相談しようかな」
「いや、それだけは……」
「それなら早く吐け」
そんなドスの効いた呟き、JK美少女が発してはいけません。
圧が凄まじいから勘弁してください。
「素直に言うから、凛姉には内緒にしてくれ」
「うん、空のこと信じてる」
澪はニコリと笑うが、目の奥が笑ってない。
俺は諦めて大きく息を吐く。
「土曜日にマラソンをしていたら、偶然会ったんだよ」
「誰と?」
「俺を痴漢と間違えた女性……俺の家に謝罪に来る途中みたいで」
「それで空はどうしたの? 悠斗君、二人はどんな様子だった?」
「仲良さそうに歩いてたぞ。めちゃ美人だったからな」
「要らん情報を言うな」
「ふーん、美人だから許したんだ! 空の裏切り者!」
「そうじゃない! 落ち着け! どこへ行くんだ! 待て、待ってくれ!」
瞳を潤ませ走り出した澪の腕を掴もうとすると間に合わない。
俺の止める言葉も聞かず、教室の後ろのドアから去っていってしまった。
そんな俺達二人の様子を見て、悠斗はニヤニヤと笑みを歪める。
「ただの幼馴染があんなに怒るわけないだろ。もう付き合ってるのと同じじゃん」
「俺と澪はそんな関係じゃない。話を複雑にしないでくれ」
「それよりも澪、どこへ行ったんだろうな」
呑気に悠斗は言うが、俺としては気が気ではない。
凛姉は澪のことを実の妹のように可愛がっている。
そのことも俺が澪に頭の上がらない一因なのだ。
もし、澪を泣かせたと凛姉に知られたら、あの家では生きていけない。
いっそ、家出の計画でもしようかな。
半ば投げやりになっている俺に、悠斗は陽気に話しかける。
「女子の近くにいるってことは、常に女子との騒動が絶えないってことだよな。そのうち、空も女子との付き合いが楽しくなるって。こんなのは慣れだからさ」
「そんな揉め事なんて苦しいだけで慣れたくないわ」
悠斗との会話にウンザリしていると、HRのチャイムが鳴った。
教室のドアを開けて、結衣ちゃんが澪と一緒に、室内に入ってきた。
澪は黙ったまま自席に座り、演壇に立つ結衣ちゃんがジロリと俺を睨む。
「朝から女子を悲しませた、不届きな男子がいるようですね。橘君、HRが終わったら生徒指導室まで来るように」
結衣ちゃんの言葉に反応して、クラスの生徒達が一斉に俺に視線を向けてきた。
特に女子達の蔑むような視線が痛い。
凛姉に告げ口するのは止めてくれたみたいだけど、結衣ちゃんに相談するのも勘弁してください。




