4話 暴走モードの凪咲さん!
凪咲さんの住んでいるマンションは、俺が倒れた場所の近くにあった。
一階のエントランスに設置されているパネルでセキュリティを解除した凪咲さんと共に、エレベータに乗って最上階へ。
玄関を開けた凪咲さんは、扉を開けてニコリと微笑む。
「どうぞ」
「し……失礼します」
そういえば幼い頃に澪の家に遊びに行ったことはあるが、妙齢の女性の部屋を訪れたことがない。
そう思うと急に緊張してきたぞ。
ソワソワするな俺、デブが浮かれちゃダメだ。
玄関の中へ一歩入ると、自動的に廊下の明かりがパッと点いた。
俺の家と違って、最新設備が整っているな。
幾つものドアがあり、一番奥のドアを開けて、凪咲さんは室内に入っていく。
後を追って中に入ると、間取りの広いリビングだった。
「座って休んでください。私は飲み物を取ってきます」
「お手数かけます」
俺は大きなL字型のソファに座り、部屋から出ていった凪咲さんを待つことにした。
ほどなくして、二本のお茶のペットボトルと、二つのカップを乗せたカートを押して、凪咲さんが現れた。
カートの二段目にはバスタオルが積まれている。
「友人を家に呼ぶことがなくて……ケーキでも買っておけばよかったですね」
「急にお邪魔したのは俺ですから、お構いなく」
「それはダメです。きちんとお詫びさせてください」
「はぁ……」
俺の隣に座った凪咲さんが、テーブルの上にペットボトルとカップを置いていく。
彼女の体が近すぎて、膝と膝が触れ合い、俺は咄嗟に足の向きを変えた。
「すみません。汗臭くて……」
「スポーツをすれば誰でも汗をかきます。このバスタオルで拭いてください」
凪咲さんはカートからバスタオルを取り、ソファに座り直すと体を密着させて、俺の首筋に流れる汗を拭き始めた。
彼女から甘い香りが漂い、妙な気分になってくる。
これでは違う意味で、汗が溢れ出そうだ。
「凪咲さん、距離が近いです。汗ぐらい自分で拭きますから」
「そんな……やっぱり私のことを嫌いなんですね……そうですよね、痴漢扱いした女ですから……」
「ち、違いますよ。凪咲さんが近くにいると、緊張してもっと汗が……」
「橘君になら汚されても構いません……私はあなたの人生を汚してしまったんですから……」
「いやいや、冤罪だったんですから。そこまで思いつめなくても」
「いいえ、ダメです」
そういうと凪咲さんはいきなり俺に抱き着かれ、ソファに押し倒された。
目を白黒させて驚いている俺の唇に、柔らかくて弾力のある彼女の唇が触れる。
凪咲さんの体を押しのけようと、彼女の体を両手で掴むが、その柔らかさと暖かさを感じて、咄嗟に手を放してしまった。
凪咲さんは少し顔を離し、真剣な表情で俺を見る。
「橘君が痴漢ではないと知った日から、ずっとあなたのことを考えていました。冤罪であったとしても、一時期でもあなたの人生を奪ったことには変わりありません。それを償うには、私の体を好きに使ってもらうしか。まだ経験はありませんが、橘君に身も心も、私の一生を捧げます」
「早まらないでください! 俺はそんなのを望んでない! 体の上から退いて!」
「私は好みじゃありませんか? 細身に見えますが、脱ぐとGカップあります?」
「そんな生々しいこと聞いてないからー!」
俺は強引に体を捩じり、ソファを這うようにして凪咲さんの体の下から抜け出した。
すると後方から彼女の呟きが聞こえる。
「これでは償いになりません……もうこれしか方法がないんです……」
確かに痴漢扱いされた一週間は辛かった。
冤罪と知った時、彼女への愚痴もあった。
でも周囲から粗末に扱われるのは慣れているし、罪に問わなかったという安堵の方が大きい。
だから彼女の誤解については不問として忘れるつもりだった。
しかし、凪咲さんは違ったようだ。
俺が痴漢ではないと知った時から、どうやって償うか、ずっと自分を責めて悩んできたんだろう。
でも、彼女の体や一生を捧げるような問題じゃない。
「落ち着いて話し合いましょう」
後から微かな音がして振り返ると、衣服を脱ぎ捨てて、下着姿で凪咲さんが立っていた。
「私ではイヤですか?」
「綺麗だけど、綺麗だけど、ちょっと待って!」
「お詫びをさせてください!」
凪咲さんは静けさの似合う清楚系の美女である。
透き通るような肌、申告通りのGカップ。
手足もスラリと長く、スタイルも輝くほど美しい。
普通の男子であれば、ドキドキして声もかけられないレベルのお姉さんだ。
そんな彼女にデブの俺が手を出せるわけがない。
それに倫理上、女性の弱みにつけ込むのは、ダメ男のすることだろう。
しかし、このままでは凪咲さんの償いの気持ちがおさまらない。
何か、他の方法を考えて提案しないと。
俺が必死に頭を回転させている内に、凪咲さんは四つん這いになって薄く微笑む。
「ネットで勉強はしています。ご奉仕させていただきますね」
「そんな知識を学んではダメでしょ! 待て、待て、待てー!」
叫びながら、俺の脳内にアイデアが過った。
「わかりました、凪咲さんには償ってもらいます。俺のデブが改善するように手伝ってください!」
「肥満が解消されるまで、私と……体力が続く限り頑張ります!」
「違う! 違う! そういう意味じゃないから! 妄想を爆発させるのは止めてー!」
それから俺は部屋の中を逃げ回り、説得を続けた。
やっと暴走モードから素に戻った凪咲さんが、服を着直したのは十五分ほど経った後だった。
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