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2話 お祝いパーティ、結衣ちゃんからのお言葉




午後のHRが終わり、帰り支度をしていると、結衣ちゃんから声をかけられた。


「橘君、小川さんと二人で、生徒指導室に来てください。私から少し、お話があります」

「え? 澪も一緒ですか?」

「そうです。では先に行ってるわね」


結衣ちゃんは言い終わると、クラスの皆に手を振って、教室を去っていった。

周囲を見回し、澪と目が合う。

不思議そうに首を傾け、彼女も用件がわからず、戸惑っているようだ。


鞄に教材を詰め込んで、澪と二人で生徒指導室へ向かう。


「失礼します」

「いらっしゃい。準備はできていますよ」


礼を言って室内に入ると、中央に机が置かれ、囲むように三つの椅子が用意されている。

机の上にはポテチやポッキーなどのお菓子と飲料水のペットボトルが幾つも置かれていた。


生徒指導室と言えば、生徒に注意を与える場所では?

てっきり、先の痴漢騒動の件で呼び出されたと思っていたんだけどな。


「早く二人共、椅子に座って」

「結衣ちゃん、これは一体?」

「橘君の謹慎が解けたでしょ。だから三人でお祝いしようと思って」

「それはいいですね。空も座ろ」


澪は即座に理解したようだが、俺は納得できない。


「どうして三人なんですか?」

「だって、クラスでお祝いしようと提案したら、また他の生徒達が騒ぐでしょ。だから今日のことは私達だけの秘密ね」


担任の教師が、学校に沢山のお菓子を持ち込んで、特定の生徒達だけと密会。

お祝いしてくれるのはいいが、後で問題になるのは嫌だな。


微妙な表情をしていると、澪に手首を引っ張られ、強引に席に座らされた。

すると体面にいる結衣ちゃんが、深々と頭を下げる。


「一週間も待たせてごめんね。校長が警察からの連絡がなければ謹慎を解けないと言ってね。空君はそんな子じゃないって言ったんだけど、私の主張は通らなかったの」


学校にも体面というものがある。

痴漢をしたと思われる生徒を、担任教諭の個人的感想で無罪放免にはできないだろう。


結衣ちゃんは机に肩肘をついて、お菓子を頬張りながら眉を寄せる。


「教頭なんてさ、即刻退学にすべきと言い出すし。冤罪とわかっても不満そうな顔をしてるのよ」

「酷い! あのハゲ、もっと髪の毛が抜けちゃえばいいのに」

「ムカッとするでしょ。私もそう思った」

「二人共、ここで教頭の悪口はマズイって」


慌てて、俺は二人の会話に割り込んだ。


生徒指導室は職員室の隣にある。

壁越しに声が漏れていたら、厄介なことになるからな。

それに澪、ハゲはセクハラ発言だ。

結衣ちゃんも、先生が同意してはダメだろ。


まだ不満そうな表情を浮かべる澪が涙目で俺を睨む。


「だって、いつもいつも空ばかり悪く言われて、すっごく悔しいんだもん」

「はははっ……それは俺が怪しく見えるから……仕方ないんだよ」


そう……根暗で大人しい、陰キャデブには世間の風当りが強くて当然なのだ。

幼少の頃から、この体形の俺は、その現実を嫌というほどわかっている。


力なく空笑いをしていると、結衣ちゃんが真面目な表情で俺を見る。


「そういえば橘君って、いつも諦めたような雰囲気をしてるわね。どうして、もっとやる気を出さないの?」

「生まれてから、ずっと自分と付き合ってるんですよ。勉強でも平均並み、運動も得意ではないし、歌も下手。絵に至っては自分でも笑えるレベル。体形もデブで顔も凡庸。どれだけ頑張っても、明るい未来なんて想像もできないですからね。それなら今のままでもいいになりますよ」

「まだ高校生なんだから、そこまで悲観的になるには早いでしょ」

「高望みしても、辛いだけですから」

「空はいつも諦めるのが早すぎなのよ。もっと頑張ってみようよ」


俺の言葉を聞いて、澪は悲しい表情をした。


幼馴染ではあるが、彼女と俺とでは何事も雲泥の差がある。


頭脳明晰、容姿端麗、誰からも愛される美少女とは物が違うのだよ。

世の中は主人公になれる者と、モブにしかなれない、その他大勢に分かれているのだ。


少し暗い雰囲気が漂う中、結衣ちゃんが人差し指を立てて横に振る。


「要するに、空君は他人と比べて、自己肯定感を低くしているってことね」

「そうなんです。空っていつも自分で決めて、沢山よいところがあるのに」

「それなら私の秘密を、特別に見せてあげるわ」

「!?」


澪に向かって頷き、結衣ちゃんはスーツのポケットに手を入れ、スマホを取り出してタップを始めた。

そして、にっこりと笑って、俺達に画面を見せてくる。


その画面には丸々とした体形の少女が一人。

ぽちゃぽちゃした頬をしているが、結衣ちゃんの面影がある。


「実はこの写真、昔の私なの。私も中学校に入学するまでは太っていたわ。その時、橘君と同じように、世の中が灰色に感じていたのよね。でもね、ある本に出会って、人も動物も物質の全て同じエネルギーでできていると知ったの」


何か怪しい本に手を出して、感化されたことはわかった。

俺は片手をあげて、結衣ちゃんの言葉を止める。


「新手のカルト宗教やスピ系の勧誘ならお断りします」

「違うわよ、失礼ね。そんな話じゃないわ。全てが同じエネルギーだとしたら、どうして思い通りにできる人と、できない人がいるのか。それは自分の思い込みだって、その本に書いていたのよ」

「はぁ……」

「今も橘君は自分のことを、勉強も運動も人並って自分で決めてたでしょ。容姿についても同じ。

それって自分で自分のエネルギーを制限しているの。その自分で判別したことが一番の弊害なのよ」


結衣ちゃんが、何かの自己啓発本に触発されたことはわかる。

しかし、俺は首を左右に振った。


「自分は実はすごいんだぞって妄想しても、他人からの評価は変わらないでしょう」

「その通りよ。だって今は制限したままの橘君なんだからね」

「ではどうするんですか?」

「今の自分はそのまま受け入れてあげればいいの。だって、今までは自分の思い込みに騙されてきただけなんだから。でも、そのことに気づいたなら、これからは自分を傷つけることは止めて、自分の中の莫大なエネルギーを解放すればいいの」

「そうなんですね! 私、わかったような気がします」


熱心に説明を繰り広げる結衣ちゃんを見て、澪は目をキラキラと輝かせる。

しかし、話が続くほど、俺には全く理解できない。


一つだけわかったことは昔、結衣ちゃんは太っていて、ある本をきっかけに痩せて美人になった。

その事実を踏まえ、自分の思い込みって重要なんだとわかった。


とにかく前向きに生きていけということだろうな。


結衣ちゃんも澪も楽しそうに意気投合しているし、せっかく俺を励ましてくれているのだから、今日のことは俺と澪だけの秘密として心に留めておくことにした。

ブックマ、評価をいただければ、筆者は激しく喜びます。

続けて読まれている方は、何卒、★★★★★をぽちっと、ご協力をよろしくお願いいたします。

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