13話 高級和牛を持ち帰ったのに!
悠斗と小春ちゃんは肉とお菓子の詰まったビニール袋を持って、仲良さそうにモールから去っていった。
そして精神的に疲れ切った俺は、沙耶さんに頭を下げ、今回はマンションに戻ってもらった。
これから家に行って、沙耶さんが俺の家族に挨拶すれば、騒ぎになるのは確実だからな。
玄関の扉を開けて家の中に入る。
一階のリビングに向かうと、ソファに座って凛姉がテレビを見ていた。
「帰りが遅かったけど、キチンとマラソンしてきたんでしょね?」
「もちろんマラソンの他にも三時間以上は運動してきたよ」
「へぇー、空にしては頑張ったわね」
凛姉はテーブルの上に置いてあったポテチの袋を手に取り、顔を俺の方に向けた。
そして俺の手に持っているビニール袋を見て、キョトンとした表情をする。
「何か買ってきたの?」
「うん……夕食にでも使って」
「空にしては気が利くわね」
俺はリビングを抜け、ダイニングへと向かった。
そして冷蔵庫の中に、小分けされた肉を置いていく。
大量にあるから半分は冷凍しておかないとな。
「疲れたから、ちょっと休む」
「あっそ……」
もう俺には興味がないらしく、凛姉はテレビから視線を外そうとしない。
その隙にリビングを通り、二階の自室へと向かった。
部屋の中で汚れたジャージを脱ぎ捨て、新しいジャージに着替える。
太っていると、市販の衣服では苦しいのだ。
その点、ジャージは布が伸びて快適である。
ベットに寝転ぶと疲れがドッと出て、すぐに眠りに誘われた。
夢を見ることもなく、グッスリ熟睡していると、勢いよくドアが開いて、凛姉が部屋に入ってきた。
「冷蔵庫の肉、あれは何なの? 表記を見たら、高級和牛だったわ。シャトーブリアンって書いてる肉もあったけど、空、あの肉、盗んできたんじゃないわよね?」
「……あぁ……買ってもらったんだ……」
「空、起きて説明しないさい!」
「うぅん……沙耶さんに……」
「それって誰? 女性の人なの?」
「……」
眠い……寝かせて……
目を瞑ったまま寝ていると、凛姉がベットの上に上ってきた。
そして軽くジャンプして、俺の腹に膝を落とす。
「ギャーーーー!」
「起きろって言ってるでしょ!」
腹に激痛が走り、俺は体を丸め身悶えする。
「いきなり、痛いだろ!」
「あの肉は何って聞いてんの! 早く答えなさい!」
あー、やっぱり騒ぎになったか……
沙耶さんを連れて来なくて良かったな。
俺はベットの端に座り、髪をかく。
「この前、謹慎しただろ。あの痴漢騒ぎで、俺を痴漢と間違えた女性と最近、ばったり会ったんだ。それで今日、お詫びと言って、その女性のご家族の方が、肉を買ってくれたんだよ」
「ふーん、謝罪の品が高級和牛なのね。それで空は、痴漢の件を謹慎にもなったのに不問にしたの?」
「被害届も取り下げてもらったし、警察でも冤罪と認めているし。学校で噂は広まっているけど、先生達が痴漢は誤解だったと説明してくれてるからね。謝罪もしてくれて、お詫びの品まで貰っているのに、責めることもできないじゃないか」
俺の説明を聞いて、凛姉は目を細める。
「痴漢された人って、女子大生だったよね」
「そうそう、通学電車で痴漢に遭ったんだから怖かったと思うよ」
「ふーん、それで被害にあった女子って美人なの?」
「いや……」
凛姉の問いに、俺は自然と視線を泳がせた。
そんな俺の様子を見て、凛姉は一人で納得したようにコクコクと頷く。
「なるほどねー、空も年頃の男子よね。最近、素直にマラソンに行くと思ったら、そういう裏があったんだ」
「違うって、変な想像するな。全くそういう関係じゃないからな」
「ふふふっ……いいって、いいって。でも、澪ちゃんのこともキチンと考えてあげなさいよ。デブのあんたに愛想を尽かさずに、ずっと幼馴染でいてくれてるんだから」
「どうして、ここで澪の話になるんだよ」
凛姉は扉まで歩いていき、顔を振り向かせる。
「さっき、母さんから連絡が来たわ。今日は家に帰れるって」
「そっか、肉も大量にあるし、夕飯はすき焼きにしようよ」
「というわけで……空、一休みした後でいいから、すき焼き用の具材を買ってきて」
「えーーー!」
肉を持って帰ってきたのは俺なのに、姉上様、ちょっと人使いが荒くありませんか?
それから俺は二度寝してしまい、目が覚めた時には、窓の外は夜になっていた。
しまった、凛姉に買い物を頼まれてたんだった。
慌てて階段を駆け下り、リビングの入ると、母さんが帰ってきていた。
凛姉と二人でテーブルを囲んですき焼きを食べている。
「空、やっと起きたのね。ハローママだよー」
「お帰り。夕飯を食べるなら起こしてくれてもいいのにさ」
「二回も起こしにいったわよ。すっごいイビキで寝ていたのは空じゃん。お肉は沢山あるんだからガツガツしないの」
「そういう訳じゃないけどさ」
久しぶりに母さんが家に戻ってきたんだ。
家族三人で夕食を食べたいじゃないか。
俺が椅子に座ると、母さんが肉と具材を器に取り分けてくれた。
そして俺の顔をジッと見て首を傾げる。
「あら、空、最近何かあった? 顔に女難の相が出てるわよ」
「へえー、この肉も女子大生から貰ったらしいわよ 痴漢に間違えた謝罪だって」
「あらあら、礼儀正しいお嬢さんなのね。お会いする時はちゃんとゴムを準備して持っていきなさいね」
「ゲホ、ゲホ、ゲホ……母さん、変な妄想しないでよ。凪咲さんとはそういう関係じゃないから」
思わず口の中の具材を噴き出してしまった。
母さんの天然ぶりはいつものことだから、凛姉は平然と鍋を突いている。
母さん……デブの俺に、そんな準備は要らないんだ。
それにしても昔から母さんは霊感というか、妙に感がいいんだよな。
女難の相……あながち当たっていなくもない。
近くの神社で、お祓いをしてもらったほうがいいんだろうか?




