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第10話:食が繋ぐ、国境を越えた交流と「スイーツ」の外交 -2

外交の最終日、決裂寸前だった両国の使節団を前に、花子とグスタフが共同で作り上げた「外交用スイーツ」がテーブルに並べられた。


会議室の重苦しい空気が、甘く香ばしい匂いによって、少しずつ和らいでいく。

使節団の代表である、隣国の老獪な外交官、ゼノンは、不機嫌そうな顔でテーブルを見た。

彼の顔には、長年の交渉で培われた、一切の感情を読み取らせない鉄壁の表情が張り付いている。


「これは……一体、何だ? 我々は交渉に来たのだ。このような菓子で、何ができるというのだ? 我々を愚弄するつもりか!」


ゼノンの隣に座る、若手の外交官が恐る恐る口を開いた。


「しかし、ゼノン様、この香りは……。これまで嗅いだことのない、甘く、しかしどこか心を落ち着かせるような……」


テーブルには、まるで宝石のように輝くスイーツの数々。


ふんわりと焼き上げたスポンジ生地に、異世界のミルクから作ったなめらかな生クリームがたっぷり挟まれた「ショートケーキ」。

表面には、鮮やかな色の異世界フルーツが宝石のように飾られている。


そして、ほろ苦くも濃厚な香りを放つ「チョコレートケーキ」。

しっとりとした生地が口の中でとろけ、至福の甘みが広がる。


その隣には、見た目も可愛らしい、色とりどりの小さな焼き菓子が並んでいた。

一つ一つが、芸術品のように美しく、見る者の目を奪う。


使節たちは、そのあまりの美しさと、嗅いだことのない甘く豊かな香りに、思わず息を呑んだ。

彼らの顔に、それまでの険しい表情とは異なる、純粋な驚きと好奇心が浮かび上がる。


「これは……!」


ゼノンが、思わず声を漏らした。

彼の鉄壁の表情に、初めて亀裂が入る。


「なんという甘美な香りだ……! この香りを嗅ぐだけで、心が安らぐようだ……」


別の使節が、目を閉じて香りを深く吸い込む。


恐る恐る口に運ぶと、彼らの表情は一瞬にして驚きと喜びで満たされた。


「こんなに甘く、口どけの良いものがこの世にあったとは!」


ショートケーキを口にした使節の一人が、感嘆の声を上げた。


「この、心まで温まるような味わい……。まるで、故郷の母が作ってくれた、あの懐かしい菓子を思い出すようだ……」


ゼノンもまた、チョコレートケーキを一口食べると、その表情が和らいでいく。

彼の目尻に、わずかな笑みが浮かんだ。


「この『チョコレート』とやらも、素晴らしい! 苦みと甘みが絶妙だ! これほどの美味は、生涯で初めてだ……! この甘さは、まるで、長年の確執が溶けていくようだ……」


硬く閉ざされていた使節たちの表情が、スイーツの魔法によってみるみるうちに和らいでいく。

会議室に漂っていた重苦しい緊張感が、甘く穏やかな空気に変わっていく。

笑顔が生まれ、自然と会話が弾み始めた。


彼らは、スイーツの感想を語り合い、互いの故郷の食文化について話し始めた。

甘いものが、国境を越え、人々の心を繋ぎ、長年の確執を溶かしていく。

魔法でも、剣の力でもなく、ただ「美味しい」という感覚が、不可能を可能にした瞬間だった。


その後、会議室の雰囲気は一変し、使節団は互いに笑顔で、具体的な貿易協定の改善案について話し合いを始めた。

ゼノンは、花子に直接問いかけた。その声には、もはや敵意は感じられない。


「聖女フローラ殿、この素晴らしい料理は、一体どのようにして生まれたのですか? あなたの故郷の文化は、これほどまでに豊かなのか……!」


花子は、笑顔で答えた。


「これは、私の故郷の『スイーツ』というものです。皆様に、少しでも笑顔になっていただきたくて、心を込めて作りました。」


「笑顔……確かに、この甘さは、凍り付いた心を溶かすようだ……」


ゼノンは、深く息を吐いた。


「我々は、長年、互いの利益ばかりを追求し、心の通った対話を忘れていたのかもしれない。このスイーツは、我々に大切なことを思い出させてくれた。貿易協定についても、我々ももう少し譲歩できる点があるかもしれない。これまでの強硬な態度を、深く反省する。」


甘いものが、国境を越え、人々の心を繋ぎ、長年の確執を溶かしていく。

魔法でも、剣の力でもなく、ただ「美味しい」という感覚が、不可能を可能にした瞬間だった。


最終的に、両国は新たな貿易協定を結び、関税は大幅に引き下げられ、食料の安定供給が約束された。

この外交の成功により、両国の貿易問題は解決へと向かい、花子の「食の聖女」としての名声は、国際的にも不動のものとなった。


王は深く感謝し、花子に厚い信頼を寄せた。


「聖女フローラ殿、そなたは真にこの国の宝だ! そなたの料理は、剣や魔法よりも雄弁に、人々の心を動かす! そなたのおかげで、この国の民は飢えから救われるだろう!」


王の言葉に、花子は静かに頭を下げた。


彼女の「食の革命」は、今や一国の運命をも左右するほどの力を持っていた。

そして、この成功は、この国の食料問題の根本的な解決に向けた、大きな一歩となるだろう。


花子の存在は、この異世界の歴史に、深く、そして甘く刻まれていくのだった。


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