第9話:故郷への想いと、異世界での「居場所」 -1
王宮での「洋食」の大成功により、花子の活動はますます活発になった。
王は花子に絶大な信頼を寄せ、彼女の提案を積極的に採用するようになった。
王宮の会議では、花子の意見が最優先で聞かれ、彼女の提言はすぐに実行に移される。
グスタフは花子の最も熱心な弟子となり、彼の顔には常に探求心と喜びが浮かんでいた。
彼らは王宮の一角に「聖女の厨房」と名付けられた特別な調理場を与えられた。
そこは、最新の魔法具と、通販で召喚された現代の調理器具が融合した、まさに夢のような空間だった。
エルウィンは、召喚される現代の調理器具や食品の構造、そしてその背後にある「科学」の原理を分析し、異世界の技術への応用を日夜研究していた。
彼の研究室からは、時折、奇妙な機械音や、魔法陣が誤作動したような閃光が響き渡るが、それは確実にこの世界の技術レベルを引き上げていた。
ヴィクトリアも、フローラの護衛として、そして信頼できる友人として、常に彼女の傍らにいた。
彼女の冷徹な表情は、フローラの隣では穏やかな笑顔を見せることが増えていた。
王宮の誰もが、花子を、そして彼女がもたらす「食の革命」を、心から歓迎していた。
人々は花子のことを、もはや「魔力ゼロの落ちこぼれ」とは呼ばない。
「食の聖女フローラ様」と、心からの敬意と愛情を込めて呼ぶようになっていた。
その呼び名には、単なる敬意だけでなく、彼女がもたらした幸福への感謝が込められている。
街を歩けば、子供たちが「聖女フローラ様!」と駆け寄り、笑顔で菓子パンをねだる。
「聖女フローラ様、今日のパンはありますか!?」
子供たちの無邪気な声が、広場に響く。
「うん! あるよ! みんなで分け合って食べてね!」
花子は、焼きたての菓子パンを籠から取り出し、子供たちに手渡す。
「わーい! 聖女フローラ様、大好き!」
子供たちの笑顔が、まるでひまわりのようにパッと咲き誇る。
その光景を見るたびに、花子の胸は温かさに満たされた。
故郷では、地方から上京し、一人で黙々と食べ歩いていた日々が、遠い記憶のようだ。
あの頃は、美味しいものを誰かと分かち合う喜びを知らなかった。
B級グルメを愛するがゆえに、食の趣味が合う友人も少なく、どこか孤独を感じていた。
だが、今、自分は、たくさんの笑顔に囲まれている。
(これが、私の居場所なんだ……。私は、この世界で、確かに必要とされている……)
その確かな実感は、何物にも代えがたい幸福だった。
そんなある日。
エルウィンが、神妙な面持ちで花子を呼び出した。
彼の研究は、花子の「現代物資召喚」能力だけでなく、彼女がこの世界に転移したメカニズムにまで及んでいた。
エルウィンの研究室は、これまで以上に散らかっていた。
机の上には、古文書や魔法陣の図面、そして花子から提供された現代の物理学の書物が乱雑に広げられている。
壁には、複雑な数式や図形がびっしりと書き込まれ、その熱意が伝わってくる。
「聖女フローラ様、あなた様の転移について、一つ仮説が立てられました。」
エルウィンの声は、いつになく真剣だった。
その声には、研究者としての興奮と、同時に、花子に伝えるべき重大な事実を前にした、わずかな緊張が混じっていた。
花子の心臓が、ドクンと大きく鳴る。
嫌な予感がした。
(一体、何の話だろう……? 私の能力の秘密が、さらに深く解明されたとか……?)