第8話:新たな食文化の創造!「洋食」と王宮晩餐会 -2
こうして、花子とグスタフの奇妙な共同研究が始まった。
グスタフは長年の経験で培った異世界の食材知識と調理技術を提供し、花子は通販チートで召喚したケチャップ、デミグラスソース、コンソメキューブといった調味料と、故郷の調理法を教えた。
厨房の一角に、二人の「研究室」ができたかのようだ。
鍋やフライパンが並ぶ中、二人の間で活発な議論が交わされる。
「この『デミグラスソース』なるもの……煮詰めるほどにコクが深まる。魔力を使わずとも、これほど複雑な味わいが出せるのか! これまでの私のソースは、ただ煮詰めるだけだったが、この『フォン』という概念は……!」
グスタフは、現代の調味料が持つ奥深さに驚きを隠せない。
彼の顔には、新たな発見への喜びと、自身の知識の限界を知った悔しさが入り混じっていた。
「聖女フローラ殿、この『コンソメキューブ』とやらは、一体何でできているのだ? これを煮込み料理に使うと、短時間でこれほどの深い旨味が出るなど、信じられん! まるで魔法のようだ!」
花子は、故郷の料理番組で見た知識や、一人暮らしで培った経験を惜しみなく伝えた。
「これは、様々な野菜や肉の旨味を凝縮したものなんです。煮込み料理に使うと、手軽に本格的な味が引き出せるんですよ。煮込む時間も短縮できますし、味のブレも少なくなります。」
「ほう……! 我々の出汁とはまた異なる、しかし確かな旨味だ! これを使いこなせば、料理の常識が覆されるぞ……!」
二人の間には、年齢や立場を超えた、純粋な料理人としての交流が生まれていた。
グスタフは、まるで少年のように目を輝かせ、花子の教えを貪欲に吸収していった。
彼のノートには、花子の言葉がびっしりと書き込まれていく。
二人が次に目指したのは、異世界の食材を使い、現代の本格的な「洋食」を再現することだった。
まずは、「ハンバーグ」。
肉を叩いてミンチにし、異世界のハーブと玉ねぎを混ぜ合わせる。
花子は、故郷のハンバーグのレシピを思い出しながら、丁寧に混ぜていく。
「グスタフ様、お肉は粘りが出るまでしっかり混ぜるのがポイントですよ。こうすると、ジューシーに仕上がります。お肉の繊維が壊れて、旨味が閉じ込められるんです。」
「なるほど、粘りか……! 確かに、これまでの私の肉料理にはなかった発想だ! この『捏ねる』という作業が、これほど重要だとは……!」
熱い鉄板でジュウジュウと焼かれる肉の塊からは、香ばしい肉汁が滴り、食欲をそそる匂いが工房中に充満した。
肉が焼ける音、香ばしい匂い、そして黄金色の焼き目。
それらを特製のデミグラスソースで煮込み、ふっくらと仕上げた。
ソースが肉に絡みつき、艶やかな光沢を放つ。
他にも、異世界の魚を使った「ムニエル」や、色とりどりの野菜を使った「ラタトゥイユ」など、様々な洋食の試作が繰り返された。
数日後、王宮では年に一度の晩餐会が開かれ、国内外の貴族や使節が集まっていた。
広間は豪華な装飾で飾られ、きらびやかなシャンデリアが輝き、壁には壮麗なタペストリーが飾られている。
きらびやかなドレスをまとった貴婦人たちと、威厳ある貴族たちが談笑している。
王は、今回の晩餐会でフローラとグスタフが共同で作り上げた「新しい王宮料理」を披露すると発表した。
王の言葉に、貴族たちはざわめいた。
「聖女フローラ殿の料理だと? あの魔力なき聖女が、まさか晩餐会の料理を……?」
「王宮料理長グスタフ殿が、あの娘と組むとは……一体、どのような料理が供されるのか? 薬膳料理ではないのだろうな? 病は治ったが、あの苦味はもう御免だ……」
「しかし、あの聖女フローラ殿の料理は、確かに王女様の食欲を回復させたというではないか……」
期待と、わずかな疑念、そして好奇心が入り混じった視線が、厨房の方へと向けられる。
彼らの間には、ざわめきと、かすかな緊張感が漂っていた。
運ばれてきたのは、これまで見たこともない彩り豊かで香り高い料理の数々だった。
銀のトレイに乗せられた料理は、まるで絵画のように美しく盛り付けられている。
前菜には、異世界の野菜を使った鮮やかなサラダに、花子特製のドレッシング。
「このドレッシングは、一体……? 爽やかな酸味と、奥深い甘みが絶妙だ! これまでの酸っぱいだけの酢とは全く違う……!」
スープは、コンソメキューブで深みを出した、透き通った黄金色。
「これは、我々の出汁とは異なるが、これほど澄んでいて、しかも豊かな旨味を持つとは……! 胃に優しく染み渡るようだ……」
特に、メインの「ハンバーグ」は、出席者たちを熱狂させた。
ナイフを入れると、じゅわっと肉汁があふれ出し、口に運べば、柔らかくジューューシーな肉の旨みが舌の上でとろける。
濃厚なデミグラスソースが絡み合い、一口ごとに至福のため息が漏れる。
その香りは、食欲を極限まで刺激し、貴族たちは我を忘れて食べ進めた。
貴族たちは、そのあまりの美味しさに我を忘れ、競うように皿の料理を平らげた。
彼らの顔には、驚きと、そして純粋な喜びが浮かんでいる。
中には、フォークを持つ手が震える者、目を閉じて味を噛みしめる者もいた。
「素晴らしい! なんという美味だ!」
「これこそ、真の王宮料理ではないか! これまでの王宮料理は、一体何だったのだ!」
「この肉の旨味は、まさに奇跡……! これまで食べたどの肉料理よりも、奥深い!」
「グスタフ殿、聖女フローラ殿! あなた方は、この国の食の歴史を塗り替えた! この味は、後世まで語り継がれるだろう!」
グスタフは満足げに、そして誇らしげに腕を組んでいた。
彼の顔には、長年培ったプライドと、新しい料理の可能性を見出した喜びが浮かんでいた。
彼の料理人としての人生に、新たな光が差し込んだ瞬間だった。
彼の目には、熱いものがこみ上げていた。
(まさか、この歳になって、これほどの発見があるとは……! 聖女フローラ殿の料理は、私の世界を広げてくれた……! これが、真の『食の道』というものか……! 私の人生は、今日からまた始まったのだ!)
この晩餐会をきっかけに、花子の評判は海を越え、他国にもその名が知れ渡った。
周辺諸国の王族や貴族たちは、こぞって使節を派遣し、この「食の聖女」の料理を体験しようと申し出た。
「食の聖女フローラ」が生み出す新たな食文化は、異世界の貴族社会に大きな衝撃を与え、食の歴史に新たな一ページを刻んだのだった。