第6話:食糧危機と「カップ麺」の奇跡、そしてエルウィンの疑惑
花子の「たこ焼き」屋台は、瞬く間に王都の名物となった。
王宮の門前広場は、毎日がお祭りのような賑わい。
老若男女が列を作り、笑顔があふれる。
(みんなの笑顔、嬉しいな……! こんなにもたくさんの人が、私の料理で幸せになってくれるなんて……!)
故郷で一人食べ歩いていた日々とは、まるで違う満たされた感覚。
花子の心は温かい喜びに包まれていた。
魔力がないと蔑まれたあの日の絶望が、遠い過去のようだ。
しかし、その成功を快く思わない者たちもいた。
王都の食料流通を牛耳る商人ギルドだ。
豪華な応接室で、幹部たちが不機嫌な顔を突き合わせていた。
「あの聖女とやらが、我々の商売を邪魔している!」
「利益が減少の一途だ! このままでは、王都の食料流通は我々の手から離れてしまうぞ!」
焦りと怒りが渦巻く。彼らは水面下で画策を始めていた。
ある日の朝。
花子が屋台の準備をしようと市場へ向かうと、異変に気づいた。
普段は賑やかな市場が、異常なほど閑散としている。
活気ある声は聞こえず、商人の呼び声も沈んでいる。
「どうしたんですか?」
馴染みの八百屋が、疲労と絶望の顔で答えた。
「ああ、聖女フローラ様。困ったもんです。数日前から、大手商人ギルドが根こそぎ買い占めていくもんで、品物が全然入ってこないんですよ」
八百屋の声は、途中で途切れた。
「このままだと、街中が食料不足に陥っちまいます……」
空っぽになった棚が並ぶ。
花子は愕然とした。
(商人ギルドの仕業だ!)
計画的な妨害だと直感した。
このままでは、せっかく芽生え始めた人々の笑顔が消えてしまう。
飢えは、人々の心を荒ませ、暴動すら引き起こしかねない。
故郷のニュースで見た光景が、脳裏をよぎる。
胸の奥に、冷たい不安が広がっていく。
通販サイトを開くが、連日のたこ焼き販売で銀貨はほとんど残っていない。
画面に表示される残金は、わずか数枚の銅貨だけだ。
(どうしよう……これじゃ、何も買えない……)
花子の手から、小銭入れが滑り落ちそうになる。
絶望が再び、花子の心を覆い始める。
(待って……! この状況で、すぐに、多くの人に行き渡る食べ物を……! 安価で、手軽で、しかも温かいもの……!)
花子の脳裏に、非常食として備蓄されていた故郷の記憶が蘇った。
災害時や、急な来客時に重宝した、あの手軽な食べ物。
熱いお湯を注ぐだけで、温かくて美味しい食事が完成する、奇跡のような食品。
あの、カップに入った麺。
「そうだ、あれなら……! カップ麺だ!」
花子は有り金全てを叩き、通販サイトで「カップ麺(インスタント麺)」を大量に召喚した。
一人分の銀貨で買える量が少ないため、数を揃えるのに必死だった。
醤油味、味噌味、塩味、豚骨味……故郷のコンビニの棚が、そのまま目の前に現れたかのようだ。
段ボール箱いっぱいのカップ麺が、小部屋に山と積まれる。
「皆さま! 食料不足で困っている方はいませんか! 私が作った温かい食事をどうぞ!」
広場の一角で、花子は集めた小枝で焚き火を熾し、大鍋で湯を沸かした。
パチパチと炎が燃え上がる。
熱い湯気が濛々と立ち上る。
湯気は、冷え切った人々の心に、温かい希望の光を灯すかのようだ。
そこに召喚したカップ麺を次々と投入し、熱々のスープと麺を、簡素な器で配っていく。
蓋を開け、湯を注ぎ、三分待つ。
人々は期待に満ちた目で鍋を見つめる。
香ばしい匂いが広がるたびに、人々の胃袋が鳴る音が聞こえるようだ。
「な、なんだこれは……!?」
「こんなに美味しいものが、一瞬で!?」
「この香りは……! 嗅いだことのない、でも、たまらなく食欲をそそる香りだ!」
香ばしい醤油ベースのスープと、ツルツルとした麺。そして、フワフワと湯気を立てる具材。
一口食べれば、温かいスープが弱った体に染み渡り、空腹を満たす。
ツルツルとした麺の喉越し、そして具材の旨味。
彼らがこれまで口にしてきたどんな食事とも異なっていた。
「うまい! 温まる!」
「飢えが癒える……!」
「こんな奇跡の食べ物があったなんて!」
カップ麺は、手軽に温かく、そして空腹を満たせる奇跡の食べ物だった。
一人で大量に食べることはできないが、飢えをしのぐには十分だった。
広場は、カップ麺の香ばしい匂いと、人々の「美味しい!」という歓声で満たされていく。
子供たちは目を輝かせ、大人たちは涙を流しながら、夢中でカップ麺をすすっていた。
飢えに苦しんでいた彼らにとって、それはまさに「命の味」だった。
その光景を、遠巻きに観察していたのは、騎士団の兵士を従えたエルウィンだった。
彼の視線は、花子がどこからともなく取り出す「奇妙な器に入った食べ物」に集中していた。
彼の瞳は、真理を探求する魔術師特有の、鋭い光を宿している。
知的好奇心は、すでに限界に達していた。
(まさか……あの聖女は、魔力なしだと聞く。だが、この王都にこれほどの規模で食料が不足している中で、次々と物質を具現化しているとしか思えない……!)
エルウィンの脳内で、思考が高速回転する。
(これは、私が研究してきたどの魔法の理論とも合致しない。しかし、目の前で起きている現象は、紛れもない事実だ!)
エルウィンは、花子の屋台の時にも感じた疑惑が、確信に変わりつつあった。
彼は数人の兵士に、花子の元からカップ麺を受け取るように指示した。
兵士たちは、エルウィンの指示に従い、カップ麺を感嘆の声を上げて食べる様子を冷静に分析する。
「エルウィン様、これは、一体……!」
兵士の一人が震える声で尋ねる。
その顔は、カップ麺の美味しさに打ちのめされたかのように、呆然としている。
エルウィンは、不敵な笑みを浮かべた。
彼の瞳には、未知のパズルを解き明かす前の、興奮に満ちた輝きが宿っている。
それは、まるで新たな魔法の法則を発見したかのような、純粋な歓喜だった。
「……どうやら、面白いことになりそうだ。この世界の理を覆す、新たな真理が、目の前にあるのかもしれない。」
エルウィンは、静かに花子の元へと歩み寄っていった。
花子は、人々にカップ麺を配る忙しさの中で、時折感じるエルウィンの熱く、しかしどこか探るような視線に、通販チートの秘密がバレるかもしれないという、微かな危機感を覚えていた。
その視線は、まるで自分の内側を覗き込もうとしているかのようだ。
(まさか、この能力のことに気づいている……?)
花子の心臓が、ドクンと音を立てた。
エルウィンの表情は穏やかだが、その瞳の奥には、底知れない探究心が宿っている。
果たして、この魔術師は、花子の秘密をどこまで見抜いているのだろうか。
そして、彼が花子に何を求めるのか、花子にはまだ知る由もなかった。
しかし、その出会いが、花子の異世界での運命を大きく変えることになるだろう。
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