ヒロインはピュア☆エンジェル
『ヒロインはピュア☆ピュア』日刊コメディー1位ありがとうございます!
正直まだキョドっておりますが、調子こいて続き書きました。
よろしくお願いします。
入学早々に騒動を起こしたピュアリナ男爵令……じゃない、ピュアリナ伯爵令嬢(諸事情あって担任であるガーク先生の養子になり、ネンシュニン伯爵家に籍が移っている)はこの王立学園の有名人だ。
庶子でつい最近まで平民暮らしであったことから“色々と”知識等が不足しているが、愛らしく素直で屈託の無い性格なので大半の者からは好意的に受け入れられている。
今年王太子の入学を迎えた学園だが、事前準備や万全の警備体制もあり、殆どの生徒達は至って平和で有意義な学園生活を送っている。
しかし、その王太子の学友で将来の側近候補であるセイローン宰相子息は一つの懸念を抱えていた。
ピュアリナの事である。
新入生ガイダンスの一件とその後の様子を見る限り、ちょっとアホの子っぽい所はあるが至って善良な愛らしい少女だ。
彼女が何かしたわけでは無い。
ただ――王太子殿下が、ふとした折に彼女をじっと見つめているのだ。
はじめのうちは、あんなことがあったのだし珍しいピンクのふわふわ髪は目立つので見かければ目も行くだろうと思っていた。
だが一度気づいてしまえば、さりげなく彼女の行動範囲に足を運んでまで眺めているのが判明した。
それも物珍しさや好奇心などでは無く、明らかに好意のこもった苦しげなまでに切ない想いを込めた眼差しで。
セイローンは内心頭を抱えた。
今は伯爵令嬢だが、もとは問題のあった男爵家の庶子。
本人は確かに可愛いらしい良い子だが、将来王太子妃になれる程の資質があるかと言えば、ほぼ確定で無い。
側妃というのも厳しいし、妾とか言ったら養父であるガーク=ネンシュニン先生に泣いて土下座するまでガン詰めされるだろう。
そもそも、王太子には正式に決定している婚約者がいる。
それも同じクラスにだ。
確かに政略ではあるが、才色兼備と名高いアクヤクローネ=ムソー侯爵令嬢はこれまで王太子と穏やかな交流を重ねて来ており、非の打ち所が無い。
そうでなくても、婚約者が目の前で他の女性に熱い視線を向けているとか普通に失礼である。
恋とはどんな英傑でも賢者でも抗いがたいもの。
しかしセイローンは遊び相手として王太子となる前から側近くで王子を見てきた。
責任感があり、文武共に優秀で下からの意見も自分でよく考えた上で受け入れてくれる器があるし、王族という立場から世の中がけして綺麗なだけでは無い事を知りつつも、理想を諦めない強さを持っている。
同じく幼なじみといえる騎士団長子息のウェルシュ=コギィーとも、何れ素晴らしい王になるだろう王子を支えていこうと誓った。
――――そうだ、王太子殿下は決して愚かでは無い。
恋する想いは止められなくとも、きっと己を律して正しい行動を取れると信じよう。
放課後、王族専用サロンで話を切り出した。
「……………すまない、心配させたね。」
ほろ苦い微笑みに、こちらの胸が痛む。
「気をつけていたつもりだったんだが、アクヤクローネにも不快な思いをさせてしまっただろうか。」
「いえ、彼女からはまだ何も……」
とはいえ、こういったことは女子の方が敏感なものだ。
「無論、正式な婚約者である彼女を蔑ろにする気も、ピュアリナ嬢と関係を持つもりもないよ。」
「殿下……」
同席しているウェルシュもどこか気まずげにしている。
窓の外に目をやる殿下の視線の先には、学園を囲む緑を背景に瀟洒な造りの女子寮が見える。
「――――初めてだったんだ。あの歳であれほど無垢で清らかな令嬢がいるのかと、驚きについ目で追ううちに、可憐な笑顔から目を離せなくなって……」
…………余計なことだったかもしれない。
殿下は私などに言われずとも状況を理解されてるではないか。
「彼女を、私のものになどできないとは解っているんだ。」
私がした事は、いらぬ差し出口で報われない恋に苦しむ殿下を悪戯に傷つけただけだったのでは――――
「常に権謀術数の中に身を置く下賎な王族ごときが地上の奇跡たる天使に恋心を抱くなど不遜なのだと解っている。だが声をかけるような不敬はできぬがせめてその姿を目にする福音を……あの愛らしい唇が呼吸する空気に浴し、あの純白の子鹿のごとき脚が踏む地面と一体化する栄誉を夢想して天使の――――」
アカン。
思いのほかヤバイ方向に拗らせておられた。
隣にいるウェルシュは熱い想いを語り続ける殿下を前にフリーズしている。
間違っても婚約破棄とか抜かすことはなさそうだが、こんな事が知れたらアクヤクローネ嬢との間に別の意味で溝が出来かねない。
その時、ノックもそこそこにサロンの扉が開かれた。
「失礼いたしますわ!」
艶やかな漆黒の巻き毛をなびかせて現れたのはアクヤクローネ侯爵令嬢その人。
「ご無礼申し訳ありません。……ピュアリナ様のことでお話が。」
「――――聞こう。」
内心の焦りを押し隠して王太子は席を勧め、セイローンは手ずからお茶を用意する。
淑女の鑑と言われる彼女らしく無くほんの僅かだったが息を乱していた様子に、ただ事では無いと緊張が走る。
淹れて貰った紅茶を一口飲んで一息つくと、少しの沈黙のあと伏せていた目線を上げ、アクヤクローネは口を開いた。
「ピュアリナ様は――――天使かもしれません。」
貴方もか!!
聞けば、王立学園伝統の“咲き初めの薔薇を楽しむお茶会”にピュアリナ嬢を招いたのだとか。
これは主に新学期から数ヶ月の間に開かれるもので、まだ不慣れな新入生を成績優秀な上級生が招き、明文化されていないルールやマナーを内々に教えた事から始まっている。
今では新入生に限らず令嬢間の注意喚起や情報共有にも使われているが、やはり上級生から下級生へ、もしくは爵位の高い令嬢が低い令嬢を招いてという形が多い。
「ピュアリナ様とよく話をする女生徒から、彼女の知識の偏りを心配する声が上がっていましたの。」
男爵家では令嬢教育どころか入学に必要な本当に最低限の知識だけしか教えられておらず、数ヶ月前まで平民の孤児だった事情を考慮してもちょっと心配だと言われていたらしい。
その後伯爵家の籍に入ったものの、学園は基本寮生活であり、伯爵家でその辺を教育するにしても寮生活を止めさせてまでという程では無い事から長期休暇に入ってからの話になる。
そこでアクヤクローネとそれぞれに優秀な各派閥の令嬢達合同で“咲き初めの薔薇を楽しむお茶会”を開き、萎縮しないようにピュアリナと仲の良い女生徒と平民の特待生も一緒に招いて話をすることになったのである。
彼女がただの平民であった頃、周囲に善良で親切な者達が多かったらしく思ったより穏やかに、平和に楽しく暮らせていたようだ。
それは何よりなのだが、問題は彼女の防犯意識。
特に性被害に対しての危機感と知識の無さだ。
母親が亡くなったのがまた微妙な時期であったからか、その辺の危機管理を誰からも教えられないままここまで来てしまっていた。
例えば、知らない男性から持病で患部が腫れてしまって苦しい、そこの空き部屋で腫れた部分を撫でてくれれば良くなるから……などと言われても、何の警戒も無く従ってしまいそうだ。
「なっ、無垢な天使にそのような破廉恥な話を……!」
「黙らっしゃい! 正しい知識が無くて傷つくのは女性側です! それとも殿下が責任持って朝から晩まで彼女を見守るとでも? そんなのただのキッショイ変質者の言い訳ですわよ?!」
「ヴッッ!」
――――――――――殿下?
そこでピュアリナと念のため特待生にも配慮して貴族特有の言い回しは無しに、実際の手口の例といざという時それぞれの対処方法、女性徒間で共有されている問題のある男子生徒や気をつけた方が良い家の情報等を教えたそうだ。
「えっ、女子のお茶会ってそんな情報を共有してるのか?」
「ウェルシュ様、状況説明の為にお話ししましたけど淑女の秘密ですのでここだけの話にしてくださいませね。」
「うん、わかった!」
素直に返事するウェルシュの横で、セイローンはやや決まり悪げに眼鏡の位置を直した。
「――――失礼ですが、少々意外です。令嬢方は、その、より良い結婚相手獲得には競い合っている印象でしたので……」
「それも否定はしませんわ。殿下や皆様方の立場からすればそういった所を多く目にされたでしょうし。」
「ええ、まあ……」
高位貴族の令息である自分やウェルシュは勿論、王太子とてアクヤクローネが正式に婚約者になるまで……いや決まってからも、その手のアプローチには常に晒されてきた。
「ですが性的、人格的に問題のある男性など自分が結婚しなければ良いというものではありません。同じ女性として被害に遭われては忍びないと言うのもありますが、将来自分の子や孫がその男性の係累と縁づいて親族になってしまったら目も当てられませんわ。」
なるほど。家門の恥を抱え入れるなど御免被りたいのは理解できる。
「何ならそのような者の遺伝s、いえ血統は皆で協力して穏便に途絶えさせた方が後々問題も減りますでしょう?」
イデ? まあ、確かに面倒は――――――――うん?ひょっとして女子間で問題になったらそいつは知らないうちに縁組み関係から弾かれると言うことか?
「勿論、関係の悪い者による虚偽の可能性はきちんと考慮しておりますからそのような目をなさらなくても大丈夫だと思いますわよ。」
いや、そのような目とは……ンンッ。
話を戻して。
ピュアリナは赤くなったり青くなったりしながら聞いていたそうだが、話が一段落して確認や質問のために発言を振られたところ、小さな声でやや涙目になりながら
「え、エッチなのは、いけないと思いますぅ……」
と呟くや目を回して倒れてしまったという。
「15歳が作為無しにあのセリフ!更にリアルに目を回して倒れるとかありえませんわ!
実際、同じ15歳で平民の特待生の方は少し顔色を悪くされていましたけれども所々頷いてしっかり理解していらっしゃいましたし――」
…………なんというか、ちょっと言葉が出ない。
あと、殿下。これ聞いて何を頬染めて息を乱してるんですか。
アクヤクローネ様に見捨てられて、淑女方の縁談ハブリストに入れられますよ!
「庶子とか元平民とか以前の問題ですわ。もうピュアリナ様に関しては天使であると想定した保護施策を至急立ち上げるべきではないかと――――」
なるほど、誰かさんと違って本当に天使だと思ってる訳ではないのですね。安心しました――――でも、ひょっとして貴女も結構混乱してませんか?
「そうだね。ここは伝説の聖騎士団設立を教会と陛下に奏上して――」
貴方は黙っててください殿下。
「ど……どうする?」
どうするもなにもウェルシュ、そんな目で見られたって……………………私帰ってもいいですかね?
ダメですか。
そうですか。