09. 冷えひえ捜査会議@ヌーナー
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ヌーナー村の集会所が、臨時の捜査本部となっている。
村内の他の家屋や商家同様、黒っぽい石を積んだ素朴な造りではあるが、白漆喰を塗りこめた室内は広々と明るい。大きな卓子の周りにいた、黄土色外套の北域第十分団巡回騎士らは、入ってきたカヘルを見て次々に礼をした。
「マユミーヴ侯からは、先に周辺捜査の状況を把握しておくようにと言われています。被害者男性の身元などについて、何らかの進展はありましたか?」
十人前後の巡回騎士たち、その全体に向けたカヘルの問いに応じて、一人が進み出た。
「フォルターハ郡全域の共同体で、行方不明者の問い合わせを続けています。しかしながら現在のところ、被害者男性と特徴の一致する不明者は確認できていません」
その脇、別の巡回騎士も声を上げる。
「同時に、不審者や旅行者の確認も行っていますが、目ぼしい情報は皆無です」
カヘルは二人にうなづいてから、ふと壁に目をやった。
かなり古びてはいるものの、くっきりと見やすい二枚の大判地図がそこに掲げられている。一枚はヌーナー村の詳細地図、もう一枚はフォルターハ郡と周辺地域を示すものだった。黒っぽいかけあみ……森の面積が圧倒的である。
地図の中では、ファイタ・モーン沼も円く示されていた。似たような小規模の湖沼が、フォルターハ郡のあちらこちらに散在していることがわかる。カヘルは少しだけ目を細めた。
――ここは準街道上とは言え、過疎地だ。人通りは極端に少ない。その分、よそ者が通りかかって泊りでもすれば、簡単に地元民の注目を集めそうなものだ……。それなのに人目を引かなかったのだとすれば……。
「被害者本人が、人里を避けていたということも考えられますね」
「……何らかの、後ろめたい理由があって……ということでしょうか?」
カヘルの言葉に、後方から直属部下プローメルが同調する方向で問うてくる。
「追われる理由があって、それから逃げていた、と?」
それじゃあ、その追っかけて来たやつが犯人か! と、至極単純に側近ローディアは考えた。
――何だろう? 個人的な恨みを買った。何かを盗んで逃げている最中だった。借金をして返せなくなった、とか……。って、最近の借金取りって命まで取るんだっけか? いや、捕まえてただ働きさせるのが定番だよね……?
側近騎士は常識派、一般庶民的な地に足のついた思考路線が売りである。もじゃついた栗毛の中に埋もれるようにして、ローディアはありがちな逃亡理由を考えていた。
――いや、待った……。普通の借金取りとかなら、あんな変てこりんな格好で死体を置いとくもんかい。わざわざ見せびらかすような形で、殺すってことはないぞ……? じゃあ怨恨……こじれ曲がった方向か?
「……遺体の置かれていた異常な状況から見て、殺人者は何かしら強い怨恨のような動機を、被害者男性に対して抱いていたような印象を受けました」
ローディアの思考を読み、反映したような形でカヘルが述べた。
以前はいちいちぎくりとしていた側近だが、最近はどうとも思わない。側近として登用しているくらいである、案外カヘルの思考回路も自分に近いのかも……と、ローディアは軽く考えている。
「だとすると、遠方からの逃避行を越えてきた可能性もある。被害者も加害者も、ともに地元民ではないのかもしれません」
カヘルの言葉に、先ほど発言した巡回騎士が腕組みをしつつ頭をひねった。
「捜査の範囲を、フォルターハ郡の外へ拡大しますか……? カヘル侯」
「ええ。マユミーヴ侯の帰還を待って、そう提案してみましょう」
巡回騎士は腕を解き、神妙な表情でカヘルにうなづいた。地位としてはずっと高いところにいるデリアド副騎士団長が、自分たちの直属上司マユミーヴを、地元側の捜査主任として尊重していることを理解したのである。
「あっ。……そう言えば、ロマルーの農地方面に行っている班だけ、ずっと帰っていないのですが……?」
後ろの方から、気づいたように声を上げた巡回騎士がいた。
「ロマルーの農地?」
プローメルに聞き返されて、その巡回騎士は前に出るようにして言った。
「はい。この準街道の向こう、東側へ行ったところに、昔麦や種ものを作っている大きな農家が何軒かあるのです。住み込みの出稼ぎ、季節労働者を雇っているはずなので、そこにも確認のために何人か行っております。じきに戻ると思われますが……」
その聞き込み班より早く、マユミーヴたちの現場班が帰還した。身元の知れぬ遺体は、村外墓地に併設されている小屋の中に安置したという。
「いやー、相変わらず身元が知れませんか。気の毒にな、あの指輪で何かがわかると良いのですが」
すでにマユミーヴの直属部下が鎖ごと指輪を持参して、近隣の飾り匠に聞き込みを始めていた。捜査範囲の拡大について、カヘルと北域第十分団副長は話し込む。
「やむを得ません。北域の全分団に要請して、各管轄地域の行方不明者情報を募りましょう」
マユミーヴのまる顔にカヘルがうなづき返した、その直後である。
「マユミーヴ副長! 聞き込み班の最後の一つが、戻りました!」
集会所の扉の外から、大きく叫んできたものがいた。
カヘル達がそちらを見やると、三人の若い巡回騎士らが、がっしりいかつい中年女性を囲むようにして入ってくる。
「カヘル侯、マユミーヴ侯。こちらは、ロマルーの種農家のおかみさんです」
暗色の作業衣を着た中年女性は、不安をいっぱいに湛えて緊張した様子で、カヘル達に頭を下げた。
「雇っている出稼ぎ労働者の一人が、見当たらないのだそうです。男性の容貌が被害者に似ているように思えましたので、お連れしました」
「!!!」
その場にいる、ほぼ全員が色めきたった。我らがデリアド副騎士団長はもちろん動じない、冷えびえと平らかな声で女性に呼びかけた。
「ご協力に感謝いたします、奥様。さっそく、遺体を確認してください」
マユミーヴと数人の部下、カヘル一行は女性を伴い、ヌーナー村の墓地へと向かう。
安置小屋の中には軍医とノスコがいた。軍医が台から毛布を持ち上げる。遺体のその顔をひと目見るなり、おかみさんはひゅッと短く音を立てて、息をのんだ……。
「間違いありません……! アーギィさんです。うちで働いていた、出稼ぎの人です」