07. 沼畔の早贄
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驚いたことに、ファイーは自前の防水皮靴を公用馬の荷物入れに持参していた。地勢課文官として、色々な場所へ調査に赴くのだから常時装備しているのかもしれない。それにしても用意の良い人だな、とローディアは改めて感心している。
――そうか、確かに男性用の皮靴では、寸法が合わずにかさばって歩きにくいだろうしなぁ!
かく言う自分は逆に足が長すぎ大きすぎ、きっついのをどうにかぱつぱつに履いて、カヘル達について行く側近騎士ローディアである。
沼のほとり、巨立石の立ち並ぶ周辺には、四人の巡回騎士らがいた。マユミーヴ同様に作業衣姿の騎士たちは、カヘルらに目礼をするとすぐに仕事を再開する。たくさんある中でも特に巨大な石とその周りを、丹念に調べているらしかった。
歩きながら、カヘルは沼水に目を向ける。表面を黄色く塗られた小舟が二艘、遠くないところに浮いていた。その上にも作業衣姿の巡回騎士が二人ずつ乗っている。一人が櫂を操り、少しずつ舟を移動させているらしい。もう一人は水面下に長い棒を差し入れて、何かを根気よく探している様子であった。
「被害者男性は、あのひときわ大きい巨立石に縄で縛りつけられ、絶命していたのです」
マユミーヴの声に、カヘルは視線を地上へとひき戻した。
「第一発見者は?」
「えー。実は、……うちの弟なのです」
決まり悪そうに言うマユミーヴを、カヘルは少しだけ眉を上げて見た。
「アルタ君が?」
「はい、そうなのであります」
まる顔弟が、つつっとカヘルの横に寄って来た。
「俺いま騎士修練校の夏休みなので、ヌーナーの村に住んでる伯父ちゃん家に、遊びに来てるんです。そいで毎朝、ここの沼で釣りをしてるんですけどー……。けさ伯父ちゃんと一緒に、あの男の人を見つけたのであります」
引退騎士の伯父とともに、騎士見習は男性を介抱しようとした。しかし既にこときれていると知って、ただちに第十分団に連絡を入れたのである。
「そいで兄ちゃんが着いた後は、俺も捜査本部の雑用手伝いをしてます。やまぶき外套じゃしまらないし、村の人にも仕事中とわかってもらえないだろうって……。この騎士外套は、兄ちゃんに押し付けられたのであります」
――あ~、やっぱり?
まる顔を一生懸命にしかつめらしくしているアルタ少年を見て、ローディアとプローメルは吹き出したくなるのをこらえた。ふふふ……笑うような鼻息が聞こえる。隣のファイーだろうか、と側近騎士は思う。
「やまぶき外套も、十分にしまってますよ。……それで男性は、具体的にはどのようにこときれていたのですか?」
カヘルに問われてマユミーヴは、巨立石のそばにいた一人の巡回騎士に顔を向けた。地面に置かれていた布束を即座に拾い上げると、巡回騎士はそれを開いてカヘルに差し出す。
「これは状況写図です。同僚が描きました」
筆記布上に描かれた簡単な線図を見て、カヘルは眉をひそめる。
巨立石に背をあずけ、両脚を前に投げ出す形で、男性は石の根元に座っている。しかし両手首と頭とが、不自然に高く上げられていた……。それらは細縄に括られて、無理やりな姿勢でもって石に結ばれていたのである。
ただ石にもたれかけて座っていたのなら、それはごく自然な休憩の姿勢に見えたかもしれない。しかし何かに驚くように両手を高く掲げ、正面に迫るものを無理やり見せられるかのように顔を上げさせられている絵の中の男性は、滑稽にして哀れだった。
どうしてなのか、カヘルは晩秋の灰色百舌鳥を思った。葉を落とした骨のような庭木に、捕らえた小動物を刺しては≪早贄≫をつくるあの可憐な小鳥。あるいはその犠牲となった、干からびた食糧のことを……。
ふっ……。くぐもるような息の音がカヘルの右耳に入った。右側すぐそばから誰かがじっと、カヘルの手元に見入っている気配に気づく。ファイーに違いない。
「……にえ……」
低い呟き声はよく聞き取れなかったが、女性文官の気配がさっと後ろに下がってしまったことを察知して、カヘルはもう一度絵を凝視した。そして実際に目の前にそびえる巨立石に、冷ややかな青い眼光を飛ばす。
絵の中では、あたかも石が男性を前に抱いて、くびり殺したかのようにも見えた。
――いったい誰が、そう見せかけたのか……。