06. 北域第十分団マユミーヴ副長
沼畔にそびえる巨立石たちの群れ……。
≪ファイタ・モーン沼の環状列石≫に、ぎーんと冷ややかな眼光を放ってから、デリアド副騎士団長カヘルは隣の若者を見た。
「事件現場はあそこですね。作業中の騎士たちが見えます」
うなづく若者と馬頭を並べて、カヘルはそちら方面へ向かった。
「おーい! 馬はそこまでだようー」
横から声がかかる。見れば沼の周りの浜が終わって林に溶け合うあたりに、黄土色の天幕が三つも張られていた。その前で、大柄な騎士が手を振っているのである。
「こっち、こっちー」
「あっ、兄ちゃん! ……じゃなかった、マユミーヴ副長ぉー! デリアドから、カヘル副団長がみえましたぁー」
「きひゃーっっ、カヘルぅぅぅ?」
黄土色の騎士作業衣に、漁師のような長い皮靴をはいたその男は、若者そっくりのまるい顔で仰天した。ただしこちらは、赤みがかった金色ひげがその顔半分を覆っている。
同様の装いをした巡回騎士らが数人寄ってきて、下馬したカヘル達の軍馬の手綱を取った。
「お久しぶりです。ダルタ・ナ・マユミーヴ侯」
すいすい歩いて、カヘルは大柄な騎士の前に立つ。二人は目礼を交わした。
「修練校時代の貴侯にまる写しなので、弟さんとすぐにわかりましたよ」
カヘルはちらり、と若者の方を見て言った。同期と言えど、マユミーヴとはそこまで仲が良かったわけではない。しかし折あるごとに、北域出身の寄宿生は≪うちのアルタ≫の話をしていた。ひとまわり以上も年齢の離れた弟のことを、ずいぶんかわいがっているのだなと感心したことだけ、カヘルは憶えていたのである。
「ええ。実際に見ると、かなり笑えるねただったと、わかってもらえるでしょう?」
平気な顔でマユミーヴは言ってのけ、次いでカヘル背後の面々にもさっと頭を下げた。
「カヘル侯。貴侯がきて下さるとは本当に意外でしたが……、とにかく今回の事件は私が捜査担当です。まず遺体の方を見ますか?」
おおらかな態度ながら、きびきび無駄なく話すマユミーヴにうなづいて、カヘルは聞き返す。
「はい。死因は、はっきりしているのでしたね?」
「ええ、絞殺です」
答えつつ、マユミーヴは大型天幕の中へ入った。カヘル一行が後に続く。軍用簡易寝台の上、毛布をかぶせられた男性の身体がある。
それだけ見れば、静かに眠っているような様子であった。若い……どちらかと言うと美形の部類に入る、金髪と褐色ひげを持つイリー男性である。しかし閉じたまぶた、寄せた眉根、かたく結んで曲げた唇……。その死に顔が湛えているのは、まごうことなき≪悲しみ≫だった。
寝台の右側にマユミーヴが立つ。その隣にいる北域第十分団属の軍医とおぼしき騎士が、両手をのばして遺体にかけられた毛布を持ち上げた。
反対側の寝台左側に立つカヘル、ノスコ、プローメル。変死体をここまで近くに見て、横のファイーは大丈夫だろうかとローディアは意識したが、女性文官に動じた様子は全くなかった。遺体をまっすぐ見つめている。
「……喉の周りに、はっきりとした縄目の痕が見受けられます。また、後頭部に大きな打撃痕が一つ。それ以外に切り傷や打撲などは見当たりません。首を絞められる際に、抵抗した様子がないのです」
毛布を取りのかれ、あらわになった男性の上半身には、本当に傷らしきものは何もなかった。ひげと同色の濃い体毛が、引き締まった身体を覆っている。
ローディアは男性の手を見た。きれいに切りそろえられた爪、黒ずみも汚れも間にはさまっていない。この男性は加害者を引っ掻かなかったらしい。
「被害者は麻の上衣一枚、下は股引に長靴と言う恰好で、沼のほとりの巨立石に縛り付けられていました。持ち物は手巾と硬貨数枚が股引のかくしにあったのみで、身元を示すものは皆無です」
村長はじめ、ヌーナー村の世話役たちに確認してもらったが、男性を知る者は誰もいなかったと言う。
「この首飾りは、手掛かりになりませんか?」
カヘルは、男の首周りにかかる鎖を示して言った。
「ええ、可能性はあると思います。……ご覧ください」
軍医が手袋をはめた手で、それを持ち上げて見せた。銀鎖に通っている飾りと見えたのは、大小の指輪である。どちらもごく単純な、装飾のない銀環だった。
「貴侯の検分を待ち、取り外して調べるつもりでおりました。銘などは見えませんが、近隣の飾り匠に確認してもらえば、持ち主がわかるかもしれません」
言い添えたマユミーヴに、カヘルはうなづいた。
「この被害者男性は、どのような状態で発見されたのですか?」
「えーと、それはですね」
まる顔・兄侯は、カヘルの背後にいたまる顔・弟の方を見たらしい。
「発見された現場で、直接説明した方がよろしいでしょう。予備の防水皮靴がたくさんありますので、皆さんどうぞご利用ください」