04. やる気の噴き出る出動要請
――いったいどういう顔をして、この乙女系まる文字を書いているのだ? ルリエフ・ナ・ターム!
その便りは数年前からカヘルが小者として利用している、間者からのたれこみであった。
タームのもたらす情報それ自体は、わりかし有用である。
デリアドが属する≪イリー同盟≫は、新興武装集団エノと融化した東端国テルポシエを常敵とみなし、都市国家群内のつながりを強化して対抗戦線を敷いていた。この底知れぬ蛮族傭兵政府の動向を、在野の視点から探るためにカヘルはタームを重宝しているのだが……。その伝達方法が、毎回彼をおちょくるような仕様だった。
前回は極太硬筆を使って≪やきあげ金融≫、どすを利かせた取り立て風の筆致でよこしたし、その前は香水をしみ込ませた通信布に熟年高級娼婦の源氏名を書いてきた。≪まつば艶女館≫とな……? 知らぬ!
側近ローディアはじめ直属部下たちは面白がっているが、カヘルとしては憤然ものである。誰ぞの目に、例えば反カヘル派の老害窓際騎士などに見られたら、格好の糾弾ねたにされそうではないか!
デリアド王家と血の繋がりが濃い名門カヘル家に生まれ、たゆまぬ努力の果てに副騎士団長の座をもぎとった、若きキリアン・ナ・カヘルに嫉妬する輩は多い。小さな醜聞であっても命取りになりかねないというのに……。タームの便りはまさにそれ、醜聞を装った有益情報である。じつに迷惑であった。
ターム自身とは過去に一度会ったきりだが、次回対面できたあかつきには、ぜひとも自前の戦棍で一発かっとばしてやりたい……カヘルはそう願っていた。
す~、は~……。鼻から息と怒気を逃がし、カヘルはタームが伝えてきた情報の内容のみに集中する。
……そして、先日起こった妙な事件との関連性に思い当たった。
通信布を差し出して、笑いをこらえるあまりものすごく怖い顔になってしまったローディアとプローメルが読み終えるのを待ち、カヘルは問いかける。
「……先月、アヌラルカの町近郊で捕らえた者たちの身元は、わからずじまいでしたね?」
「ええ、以降の捜査進展も全くありません」
側近ローディアが答える。
デリアド東域で騒動を起こし、地元騎士分団に捕縛された一味があった。イリー世界の外側、遠く穀倉地帯からの脱走奴隷を連れ戻しに来た違法業者とみられたが、武装の様子からして宿敵エノ傭兵の一員ではないのか、との疑いも持たれた。
この外国の男たちが敵国間諜である可能性をふまえて、デリアド騎士団は薬剤を用いた尋問を試みる。しかしその直前、不審者一味は全員、牢内で自死してしまったのだ。身体のどこかに自決用の毒でも隠し持っていたのかもしれぬ。どこまでも不審なままに、事件は終結してしまったのである。
「彼らは今回タームが書いている、≪大型組織≫に連なっていたのかもしれない」
端正な眉をひそめつつ、カヘルは低く言った。
この予想が当たっていたら、タームが忠告している通り、すでにデリアド領内にてその組織の暗躍が始まっているということだ。
「気になりますね。騎士団長の耳にも、入れておいた方がいいのではないでしょうか?」
プローメルも眉を寄せてカヘルに同調した。渋さ二割り増しである。
「ええ。現時点においては、領民市民に直接被害が出ているわけではないので、注意喚起にとどまりますが。地方各分団に警邏強化の通達を行うよう、騎士団長に提案しましょう」
「……あの、副団長。アヌラルカの事件で奴隷業者にさらわれて、そのまま行方不明になっている東部ブリージ系の女性というのは……、」
直接被害が出ていない、という部分につい引っ掛かりを感じて、プローメルは口を出した。
「彼女は、デリアド市民籍取得の申請をしたところで消えてしまいました。よって残念ながら、いまだ市民ではありません」
「そうでしたね。失礼」
平らかに返すカヘルの言葉に、プローメルはうなづいた。縁あって潮野方言を流暢に話す分、プローメルは他の者たちよりも東部ブリージ系住民に親しい。諸所で彼らに寄り添う姿勢をとるのは自然なことだ、とカヘルは思っている。よって残念ながらと自分の立場で言える最大限の表現を行った、……その辺も部下たちは納得の上だ。
たん、たん……。
室の扉が短く叩かれて、伝令役の文官が改まった態度で入って来た。
「カヘル侯に出動の準要請です。北域第十分団の管轄地にて、身元不明男性の変死体が発見されました」
「!!」
ローディア、プローメル、そして続きの間の入り口に立ったバンクラーナは眉を上げた。
準要請……つまりできればカヘルに来て欲しいが、何が何でもという程度ではない。来るかどうかの判断を、カヘル自身にゆだねている要請である。
――変死体! 何がどう変なのだッ!?
カヘルの直属部下三名は、胸のうちで同時に問いを発していた。
「詳細をどうぞ」
副団長に冷えびえと促され、伝令役は手中の通信布を読み上げる。
「今朝、フォルターハ郡のファイタ・モーン沼岸にて、イリー成人男性の絞殺死体が発見されました。沼岸にある巨立石の一つに、縄で括りつけられていたそうです。 ……侯?」
巨立石、と伝令が言ったその瞬間に、カヘルは椅子から立ってその背にかけてあった黄土色外套を手にしていた。机脇に立てかけてあるいぼいぼ鉄球付きの棒、戦棍をすちゃっと持ち上げて腰につるす。
「私が現場に行きましょう。ローディア侯、プローメル侯、同行をお願いします。それと……」
カヘルは伝令役の文官に向かって、きびきびと指示を出した。
「衛生部のノスコ侯、および地勢課のファイー侯にも、直ちに同行依頼の伝達をしてください」
「はッ、ノスコ侯と……、もうお一方が、……?」
「市庁舎地勢課のファイー侯です。急いでください」
戸惑いながらも、伝令役はすぐに室を出て行った。
「今回、バンクラーナ侯は本城で待機してください。夕会報告はそのまま作成して代理報告。フォーバル騎士団長との事前打ち合わせの代役もお願いします」
「了解しました」
急務出張である! その辺をばたばたと片付けながら仕度をする中で、プローメルのにが渋目線とバンクラーナの切れなが双眸が、一瞬ふわっと交差した。
――なー、だから言ったろプローメル? 副団長は何がどうでも、あのファイーの地図姐ちゃんに、なびいてんだよッ。
――ほんとだ! 同行依頼って言う時に、めちゃくちゃ気合がこもったよなッ。お前の代わりに、この俺が二人の関係性をしっかと見届けてこよう! 続報を待て、バンクラーナ!
――頼んだぞう、プローメル!
ともにカヘルの直属部下として、付き合いの長い二人である。このくらいの目線会話は朝めし前! ひろい額をきらッと輝かせ、プローメルは踵を返す。颯爽と廊下に出たカヘルとローディアに続いて、勢いよく副団長室をあとにした……。
「気をつけてッ」
三人の黄土色背中に呼びかけたバンクラーナの短い声が、デリアド城の石壁廊下に冷えびえと反響する。