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03. すみれうめもも☆彡メッセージ

 

・ ・ ・ ・ ・



「……それでその彼女、結局は検挙されちゃったのかい? 不法滞在で?」


「仕方がないよ、市民籍がなくっちゃ話にならんもん。殺人の濡れ衣を着せられて、何十年も牢屋にぶち込まれるよりは、追放の方がよっぽどましなんだって言い聞かせたけどなぁ……。ありゃあ、何もわかっていなかった。そのうちまた、ふらふらとデリアドに戻って来るんじゃないのかな」



 ここはデリアド。


 アイレー大陸、南部沿岸地域にこちゃこちゃ寄り添うイリー都市国家群のなかでも、西端に位置する森ふかき小国の首邑みやこである。今は翠月はちがつのおわり、暑さとは縁遠い冷涼な土地の常として、石造り城塞の重厚な壁の内側は冷えびえと暗い。


 そんなデリアド城の薄暗い廊下を歩きながら、ぼそぼそと話し合う二人の騎士がいた。



「そこまで言葉も決まりもわからないのに、よく働きに来るね? むつかしい仕事をするわけでないって言っても……。家の中なんか、東部とこっちとじゃ相当に勝手が違うんだろう? 片付けるつもりでめちゃくちゃにしたり、怒られてもわけがわからなかったりして」



 長めの金髪が囲む顔の中で、やや切れ長の目が鋭いのはカヘルの直属部下、バンクラーナ侯である。



「そんな女中に来られたら、うちは困るなあ」


「俺だって嫌だよ。けど今回の下手人げしゅにんだった例の夫人は、もともと罪を着せようと言う悪だくみ目的で、あのおばさんを女中に雇ったらしいんだな」



 低めの声をさらに低く落として、プローメル侯が言う。長い鼻柱のずっと後方、後退中の明るいとび色髪が、石壁廊下の蜜蝋みつろうあかりにてか・・った。やはりカヘルの直属部下である彼は、自分のことを渋みがかった男前、と信じてやまない。四十路よそじに入る日を心待ちにしている。



「ほんとかい? それじゃあ、入念に準備した計画殺人だったってわけか」


「ああ。そういうことになる」


「へえ……。東部ブリージ系のおばさん女中も、命拾いをしたなあ! プローメルが潮野方言の通訳をしなかったら、どうしたって弁解なんかできなかったじゃないか。人生詰んでたぞ!」


「ノスコ侯が、決定的な証拠を把握していましたよ」



 冷ややかな声とともに、二人の後方から妙な冷気がさあっと吹きすさんで来た。


 ぎぃぁっ! と叫びかけた声をのみ込んで、バンクラーナとプローメルはさっと左右に分かれ、振り返る。


 ずんずんずんず、速足で歩く副団長カヘルの脇に、二人はそのままついて歩いた。



「被害者男性の指爪はきれいな状態でしたが、たわしの様なもので強くこすられ、どれも先の皮膚がぼろぼろになっていました。格闘した際に被害者が加害者の腕の皮膚をかきむしり、微量の血が爪の間に入っていたのを夫人が後から清掃して、そうなったのです。洗い場にあった夫人専用の爪刷毛ぶらしには絹地の繊維が付着していましたし、それが当日夫人の着ていた衣類の生地と一致しました。ばら色の縁飾り紐と並んで、妻が暴力をふるったことを如実に示しています」



 あわれな寡婦を装っていた老婦人が、実は申し開きのできない罪をおかしていたことを思い返して、カヘルの後ろをゆく側近騎士ローディアはふうと溜息をつく。



「……殺人の動機は、何だったんですか?」



 気を取り直すようにして、バンクラーナがカヘルに問うた。すさまじい冷気突き抜けではあったが、副団長は別に気を悪くしているわけではない、と見てとったのである。



「ここ一年ほど、夫の老侯はもの忘れがひどくなって、やたら夫人にがみがみ怒りっぽくなっていたのだそうです。よくある老病の兆候ですが、そうと知らない夫人は理不尽な言葉の暴力だと思い、憎しみを募らせていたのでしょう」



 後継者のいない、老いた貴族末端分家の終焉……。悲惨な幕引きであった。


 がちゃり!


 音を立ててカヘルは扉の錠を下ろす。デリアド副騎士団長の専用室へと入って行った。


 かさこそ……。大柄な側近騎士のローディアが、両手に運んできた角籠を二つ、中央机の上に置く。どちらの中も、午後の便たよりでいっぱいだ。


 昼休み明けの午後初め。騎士四人は無言で仕事に取り掛かる。


 カヘルは黄土色外套を椅子の背にかけて、騎士団長と宮廷から託された書類を読み始めた。バンクラーナはまっすぐ続きの小間に入って行って、自分用の机にてそそくさと夕方騎士会用の報告書作成にかかる。ローディアとプローメルは、カヘルの大机の脇に立ち、山盛りの便りを仕分けしていった。大方は、各地に散らばるデリアド騎士地方分団からの連絡だ。急を要するものは、なかった……。


 ぴくり。ローディアが手を止めて、……息も止めている。


 それに気づいて、カヘルは側近騎士を見た。頭のてっぺんからあごの先まで、明るい栗色の毛で覆われている見た目あたたかなローディアが、その口まわりのひげをかすかにもじゃもじゃと震わせている。



「ローディア侯。何か?」


「はい、カヘル侯……。こちら、いつもの方ではないかと」



 側近に手渡された布巻き便たより、その宛先は確かに≪デリアド城内騎士団本部 キリアン・ナ・カヘル副団長≫だ。しかし、ぴちぴちと若く躍るようなその女性の筆跡には、まるで見覚えがない。差出人は隣国マグ・イーレの某町在、≪すみれうめもも生花店≫。


 カヘルは目の下を引きつらせ、口を曲げてげっそりと不快感をあらわにした。麻紐の封印をぶつりと小刀で切り、そそくさと通信布を広げる。



::拝啓 キリアン・ナ・カヘル侯


 初秋の折、デリアド副騎士団長におかれましては、変わりなくお過ごしのことと存じます。


 近頃フィングラス南域にて、東部系(成年男性)の流来がやや活発化してきている、との情報を得ました。小規模の奴隷連れ戻し代行業者、あるいはイリー系住民を対象とした新規奴隷供給業者の陰に、東部由来大型組織の動向が懸念されます。


 新生テルポシエの関与はいまだ確認できておりませんが、エノ傭兵らしき武装者の目撃談も多く聞きます。彼らがデリアドへ南下する可能性に、ご留意ください。


 冷々の折、貴侯のさらなるご活躍をお祈り申し上げます。


 すみれうめもも生花店::



「……」



 顔に青筋をたてて、カヘルは文面を食い入るように見た。いや、がん・・を飛ばしてにらみまくった。


 丸っこい字が行儀よく並び、ところどころにたどたどしい間が挟まっている。恥じらいぶかき十五・十六の乙女が、一生懸命に恋文を書いてみました! と言うような、かわいらしさ満載の筆跡だった。字面じづらだけ見たら、隣国マグ・イーレ某所片隅でこっそり物語を書いているおじさんと、その脇でもそもそ書き取り練習をしている伝説の傭兵とが、ときめきのあまり『ひゃっほう』と叫んで跳び上がりそうなくらいにゆる便たよりである。


 しかし我らがキリアン・ナ・カヘル副団長は、この便りを書いたのが自分と同年代の陰のある男性であることを、よく知っていた。



――たしかに毎回、名前と筆跡を変えろとは言ったが……。一体どういう顔をして、この字を書いているのだ? ルリエフ・ナ・ターム!




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