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29. 冷々カヘル侯のクロムレク事件まとめ(下)

「壮絶なる危機困難を乗り越えて、感きわまったところで女性の前に片膝をつき、指輪を差し出す劇的演出の求婚です! 定番にして王道です! おそらくアーギィは、そういう流れでミリシュさんに結婚を申し込むつもりだったのではないでしょうかッ?」


「……」



 カヘルは、飲み込んだはっか湯を吐き出しそうな衝撃を胸中に感じた。確かに劇的ではある……。そして成婚率は五分五分、成功した場合はのちのちの夫婦関係に末永く好影響をもたらすと、まことしやかに言われているが本当であろうか。


 先々妻、先妻にかような直接求婚をしたことがないカヘルには、わからなかった……。数回のお見合い後、仲人と母上に対しお願いしますと伝えるだけで終わっていたのである。お手軽すぎなり、キリアン・ナ・カヘル。



「また、もう一つ現実的に考えられるのは、ミリシュさんに自分の正体を知られることを恐れていた……と言う可能性です」


「そうですね。東部系を対象とした人狩り業者なのだと彼女に知られれば、間違いなく破局して去られると予想していたか……」



 しかしそれは、どの時点でも同じだったのではあるまいか。彼女のために人身売買から足を洗うつもりであったとしても、これまでに東部ブリージ系の女性を売ってきた事実はそのまま残る。ならば、未来永劫かくし通すつもりでいたのか? 結婚という枠でミリシュを自分にくくり、妻として子の母として確実にその人生を共有させるよう結びつけた上で?


 わずかに眉根を寄せて、カヘルはふるふるっと頭を振った。



「さらに非道なことを考えると……。拒絶されたら開き直って、自分の妻にならねば改めて人狩りどもに差し出すぞと脅すことも、アーギィは考えていたかもしれない。ああ、だからミリシュさんの革鞄を、業者のねぐらに放ってきたのかもしれませんね。彼女が身分証を盾に正規イリー市民としての権利を主張し、公に救助を求めることのないように」



 ぎゃひー! ローディアは内心でうめいた。さすがは副団長、可能性とは言え何と冷酷なる想像のできる人なのだ! 自分ではそこまでは思いつけない!



「そ、そこまで来るともう下衆げすとしか言いようがありません! アーギィはミリシュさんが正規のデリアド市民なのだと、知っていたのでしょうか?」


「どうでしょう。全く知らずに、どうせ不法滞在なのだろうとたか・・をくくっていたか。あるいは知った上で、それを取り上げる形でさらって行ったのか……。いずれにせよ、アーギィがミリシュさんに行ったことは重罪です。彼女に対する想いが根底にあったとは言え、彼女自身が作り上げた人生を力まかせに崩して奪った」



 アーギィはそれを、恋と呼び信じていたのかもしれない。しかしそうして大切な存在の人生を壊し奪い取ったところで、一体何になるのだろう? そんな破壊と犠牲の上に、幸せなど築けるはずがない。俺がわたしが、君をあなたを幸せにすると豪語する者はいるが……。幸せになるかどうかを決めるのは本人だけだ。自分・・の幸せがすなわち伴侶の幸せと考えるのは、傲慢でしかない。



「要するにミリシュさんは、独りよがりなアーギィの救出劇に巻き込まれてしまった……。そんなところでしょうか。そうしてアーギィ自身が、また別の恋によって命をもぎ取られたのも、皮肉と言えます」



 ぞくり! 


 長い金髪をひっつめにして、そばかすの散る白い顔に何の表情も載せていなかったアーギィ殺しの娘を思い出し、ローディアは背中に冷たいものを感じた。カヘルの流してくる慣れきった冷気と違い、心をかき乱すようなあの不穏な冷たさ。捕縛されて来た時、娘の明るい褐色の目はうつろで、現実にない目の前の何かを見つめていた。……あの娘が、カヘルとファイーをも殺しかけていたなんて……!



「そして最後に、アーギィは東部系の同業者らによって環状列石クロムレクへの捧げものにされた……。ずいぶんと折り重なった事件でした」



 カヘルは鼻から息をつく。やるせなさにかられている副団長の様子を見て、ローディアも唇をかみしめる……もじゃひげの中なので見えにくいが。



「このような悲劇を、繰り返させてはいけない。デリアド帰還後に事件詳細報告を作成して、領内の全分団に認識させましょう」


「はい。人狩り業者の摘発ですね」


「および滅殺です。……ローディア侯。私はこれから着替えますので、厩舎で待っていて下さい。ファイタ・モーン沼へ、ファイー侯を迎えに行きましょう」



 自分の毛織衣が乾いているのだから、ファイーの騎士作業衣も準備ができたはずだ。昼前にデリアドに向けて出立するつもりでいるカヘルは、こうして事務的になろうと努力・・していた。


 少しでも気をゆるめれば、女性文官に拒絶されているのではという考えが首をもたげる。経験のない未知の不安は強敵だ。我らがデリアド副騎士団長は、がらにもなく少々弱気になっていた。



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