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28. 冷々カヘル侯のクロムレク事件まとめ(上)

 

・ ・ ・ ・ ・



「カヘル侯、ローディアでーす。申し訳ありませんが、開けていただけますか~」



 がちゃり。


 個室の扉が開いて、冷気が流れ出てくる。昨夜殺人犯をひっ捕らえてからというもの、それまで多少生ぬるかった副団長の雰囲気は通常仕様に戻ってしまっていた。真犯人とその動機があれ・・だし、殺伐とした状況だったのだから仕方がないな、くらいにとらえている側近である。


 ローディアは明るい栗毛をふるっと震わせ、見上げてくるカヘルに抱えて来たものを見せた。



「はっか湯いただいた時に、お女中さんから副団長の衣類を託されましたので」



 沼水に浸かって泥臭くなったのを、一式まるっと洗ってもらったのである。田舎の屋敷に特有な大暖炉干し、さらに鉄ごて駆使でマユミーヴ伯父宅の使用人が乾燥まで持ち込んでくれた。


 その角籠の中の衣類を寝台の上に載せ、湯のみを手に持ったまま窓際小机の近くに立って、カヘルはローディアを見据えた。



「……ローディア侯は、指輪の一報を聞いてどう思いましたか」


「えっ?」


「そこ、閉めて下さい。……ミリシュさんとアーギィの死について、自由に意見を言ってもらえますか」


「はい……」



 来たなー、と側近は思う。昨夜からこれまでに得られた全ての事件情報を通し読みし、ローディアはずっと考えていた。どうして二人は死ぬ羽目に陥ってしまったのか、と。


 ミリシュとアーギィが死んだ過程は明らかになった……。しかし二人がそこにいたるまでの背景を、恐らくカヘルもはっきりとは想像しかねているのだろう。だから自分に意見を求めている。



「……自分としましては。まずミリシュさんは完全に被害者だった、と思うのです」



 若い東部系女性の心情を想像してみる。ミリシュは苦労してデリアド市民籍を取得し、知らない土地でまじめに暮らそうとしていた。ところが人身売買組織のアーギィに近づかれ、囁かれた恋を信じてしまう。それが自分をさらって売り払うための方便だったと気づいた時には、アーギィの御す馬車の荷台に揺られていた……。



「持ち物もとられていたし、彼女が恐慌に陥るのは当たり前の状況です。ミリシュさんは荷台から飛び降りて、がむしゃらに準街道を南下した。走って走ってファイタ・モーン沼にたどり着き、あの環状列石クロムレクの陰に身を隠したのでしょう。けれど馬車は迫ってくる、ついでに野次馬をしていた農家の娘の馬の蹄音ひづめおとも聞いたかもしれません。捕らえられて北部穀倉地帯に奴隷として売られるくらいなら、と観念するか自暴自棄になるかして、ミリシュさんは絶望の末に沼底へ踏み込んでいった……」



 カヘルは湯のみ片手に立ったまま、ローディアの話を静かに聞いている。同調しているらしい。



「追いついたアーギィも、それを知って絶望した。本当はミリシュさんを連れて、業者組織の目の届かないところへ逃げ去るつもりだったからです」



 今朝早く、アーギィの指輪について地道に調べて回っていた巡回騎士の一人が、成果を持って帰って来た。ヨプスカの先にある村の店の主人が、結婚指輪を求めに来たアーギィのことを覚えていたのだ。


 アーギィは女性の指の寸法を測ってきたと言い、自分のも測らせて、そこの店でひと月前に二つの指輪をあつらえさせた。仕上がったのが七日前。安物の鎖を一緒に買って、首につるしていったと言う……。



「つまりアーギィは、ミリシュさんを売るつもりでさらったのではなかった。アーギィは彼女を心から想っていて、新天地に連れてゆき結婚するつもりだったのです」



 副団長はうなづいた。


 当初、商品・・とする目的でアーギィがミリシュに近づいたのは間違いないだろう、とカヘルも思う。しかしアーギィはミリシュと過ごすうちに、本当に彼女に恋をしてしまったのだ。だから彼女を守るため、救うため、ともに幸せになるために、自分一人で・・・・・計画を立てたのである。


 それこそヨプスカから、配達業者の夜行馬車あいのりで静かに逃げれば良かったものを、わざわざ人身売買業者の馬車を奪ったのは何故なのか。アーギィはあくまで公衆の目を避けたかったか、あるいは相当遠くへ行くつもりだったのか……。いずれにしても、この辺は抜けている。



「……しかし。にせ酒商で薬をかがされ眠らされて、馬車の中で目覚めたミリシュさんはそうとはわからない。アーギィが人狩り業者として自分をどこかにさらってゆくのだ、と考え絶望して逃げ出したのです。アーギィがミリシュさんに事前に計画を打ち明けていたなら、二人ともに死んでしまうという最悪の事態は避けられたかもしれません。そう思うと残念です」


「……そうですね。ではローディア侯、どうしてアーギィはミリシュさんに前もって計画を話さなかったのだと思いますか?」



 あれ、と側近は小首をかしげたくなった。副団長の問い方は、答えを知っている教師の口調ではない。カヘルの言葉はいつも通りに冷えひえ淡々としていたが、それは純粋なる疑問としてローディアに向けられていた。……副団長には本当にわからないのだ、この部分が。



「ええと……。ものすごく単純ですが、ミリシュさんを驚かせたかった、と言う可能性があります!」



 カヘルはわずかに、怪訝けげんそうな表情を浮かべる。



「アーギィはあつらえ物の指輪を購入しました。出来合いの既製品だっていいのだし、新天地についてからミリシュさんと一緒に選んだって良かったんです。それなのに、あえてこの状況で指輪を購入していたと言うことは……、やはりあれ・・をしたいという願望があったのではないでしょうか~!!」


あれ・・?」


「壮絶なる危機困難を乗り越えて、感きわまったところで女性の前に片膝をつき、指輪を差し出す劇的演出の求婚です!」




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