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25. 闇夜の沼へ

 


「はいっ、おーしまーい。ファイタ・モーンが沼になったのは、こういうわけだったのよ~!!」



 最後まで楽しげに語って、お婆さんはしめくくった。



「うーん、実に珍妙で面白い話でしたね」



 ファイーがうなづきながら言っている。素で楽しんでいる、やわらかい表情だった。



「けれどお婆さん。それじゃ巨立石メンヒル達はわたしたちに姿を見られたら、気を悪くするんじゃないのですか? それで呪われてしまった人たちの話などは、あるのでしょうか」



 女性文官の誘導、引っかけ質問である。環状列石クロムレクと地元の人々が、どのように関わって来たのかに注目したいのだろう。



「ははー、それがね。石環の娘たちはまるで悪気なしのおばかちゃ……おっとっと、器量よしのもんだから。暗くて寂しい晩に会いに来てくれた人には、むしろ喜んで福を与えるっても言われているのよ」


「へえ……福??」



 疑いのまじる声で、アルタが聞き返す。



「そうそう。あんまり星の出ていない暗い夜に、水辺にいるいちばん大きな姉さま姫の巨立石メンヒルに願いを言うと、叶えてくれると言うよ。わたしの若い頃は、それを信じて夜中に沼に出かけていく女の子もいたわねぇ……。誰々さんと想い合いたいとか、お婿に欲しいだとか。恋のお願い成就が主流だったわ、なつかしい」


「女性がお願いに行くと言うのは、やはり石たちが女の子だからでしょうか?」


「でしょうね! でも、別に男の子お断りってわけじゃないと思うわよ。坊ちゃんもそのうち、何ぞお願いしてみたら?」


「ええー、俺はいいよう」


「……今でもそういう願掛けをしている方は、いるのでしょうか?」



 冷やっと聞いてきたカヘルに、お婆さんは一瞬びっくりしたようだった。しかしすぐに微笑を返す。



「ヌーナーの村門は日暮れで閉じられて、後はおまわりさんたちにいちいち開けてもらわないと出られないでしょう? だから村の人はまず行きませんね。こういう願掛けって、していることを他の人に知られちゃいけないものですから」



 カヘルはうなづいた……。全然知らないことであったが。



「だから願掛けのお話って言うのは、村の外や道向こうの農地の人たちの間で受け継がれてきた言い伝えなんですよ」



 お婆さん自身もずっと北東の農地の生まれ、道具屋へお嫁に来るまでそちらで暮らしていたと言う。……ひょっとして彼女も、ここへ来ることを環状列石クロムレクに願ったのではないか。そんな考えが、ひょいとカヘルの頭をかすめた。



・ ・ ・ ・ ・



「ずいぶんと、軽妙な語り口のお婆さんでしたね」



 自分の口調もあまり重々しく取られていないと良いが、と思いつつカヘルはファイーに言った。


 村の厩舎から軍馬を出して乗るところ、手綱たづなを引きつつ女性文官と並んで歩く。



「ええ。あんな風に話してもらえると、昔の話でも何だか親近感がわきます。物語自体が、お婆さんの口と声とを借りて、わたし達の前に現れてくれたように思えます」



 笑ってこそいないが、返してくるファイーの口調は楽しげに聞こえる……。通常のようにびしびししていない。何かの拍子を取るかのように、弾んでぴしぴし・・・・しているのである。



「しかし、カヘル侯。願掛けのことについて、突っ込んでお婆さんに質問されたのはなぜですか?」


「事件の目撃者がいたかもしれない、と思ったのです」



 びしーッ! 女性文官は即時に通常仕様に戻った。叡智圧のある視線で、カヘルをまっすぐ見つめてくる。



「……なるほど。そう言えば、ここの地域は事件のあった晩も……。アルタ君! 二日前の夕べ、星々は出ていましたか?」


「えっ? えーっとぉ……。星はなくって、月だけ出てたかなぁ? 伯父ちゃんと沼釣りの話をしてて、次の日の天気を予想するのにしばらく露台に出て見張ったから……。うん、そうです。ぼんやり月明かりだけの、わりと暗い晩でありましたッ」



 ちょうど今夜のようだ、とカヘルは思う。昨夜もそうだった、ファイーとともに屋上露台にいた時も、雲が多くたなびいて星々はほとんど見えなかった。



「カヘル侯。ついでのついで、です。沼の環状列石クロムレクを見て行きませんか?」


「え~~、精霊出るかもですよー!? ザイーヴさぁん!」



 ファイーの申し出に、次いで少年の口から出たファイーの個人名に、ぎくりぎくりと胸の内を震わしたカヘルである。



「危ない水棲馬エッヘ・ウーシュカはいないと、お兄様が言っていたでしょう? 大丈夫だよ、ほんのちょっと見て回るだけならば」


「怖いなぁー。何か出たら、ザイーヴさん助けて下さいよ?」


「わたしは飴を持ってるんだから、平気へいき。お供えをあげれば見逃してもらえるよ」



 二人のやり取りを脇で聞いていて、何だかカヘルは噴き出したくなった(※彼にとっては非常に珍しいことである)。弱気へっぴり腰の騎士見習アルタ少年をたきつけているファイーのほうが、むしろ十代の少年みたいな態度だったからだ。四児の母親とは、とても思えない。



「……良いのではないですか? 何もなければ、それこそ巨立石メンヒルに願掛けをして帰ってくるだけです」



 つとめて軽く言った副団長の言葉を聞いて、ファイーは眉毛を上げながら少年の方を見る。



「ほらごらん、デリアド副騎士団長も行くと言っている。それにアルタ君、そんなに怖いのなら先に一人で帰ってもいいんだよ」


「え~、行きますってばぁ。けどカヘル侯、大っぴらに願掛けしちゃっていいのでありますかー?」


「デリアド安泰の祈願です。誰に知られても特に構いません」



 馬上から、夜間警備の巡回騎士らに合図をする。やや細めに開けられたヌーナー村の門から、カヘルとファイー、アルタの三騎はそろりと外に出た――。

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