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22. ファイーの覆面調査

 

・ ・ ・ ・ ・



「どうも、こんにちはー」



 低いが実によく通る声で、ファイーはその店の扉に向かい呼びかけた。


 樫の木がややばらけたところ、小さな空き地に建つ古い家。一応外見は取り繕ってあった……。フォルターハ郡のどこにでもありそうな、平石積みのどっしりした壁にわらぶき屋根。


 がっしりと厚みのある扉を、ぎぎぎと内側から開けて、男が顔を半分だけ出した。



「……何か、用ですかい」



 まだ若いらしいのに、男の声は妙にしわがれていた。



「すみませんね。お店が準備中のうちに、井戸の水質検査をさせてもらえますか?」


「……はぁ? 井戸ぉ?」


「デリアド市庁舎の地勢課です。現在フォルターハ郡内で、飲食店の抜き打ち水質検査を実施しております」



 男はぎょっと驚いた様子。そこで初めて、目の前の女性が黄土色の騎士作業衣を着ていることに気づいたらしい。ゆっくり扉を大きく開け、全身に警戒心をみなぎらせて、引きつるような笑顔を浮かべた。



「……何かの間違いでやんしょう、おねえさん。飲食店だなんて、うちは食いもの屋じゃござんせんよ」


「そんなにたくさん、卓子と腰掛が置いてあるのに?」



 ファイーはすいっと男の背後を眺めて言った。上背がある女に肩先を見透かされ、後ろを隠しきれない男は居心地が悪そうな表情になる。



「ええ……。野良仕事に出てる人らにめしをふるまったり、弁当を持ち込んで食ってもらうこたぁありますがね。場所を貸してるだけなんだ。……いったいどこで聞きつけたんです? 店だなんて」


「アーギィさんという方に、ここが酒商だと教わりましたよ」



 女性文官の笑わない目を、男はじっと見た。


 次の瞬間ぐいとファイーの二の腕をつかみ、勢いよく室内へ引き入れてから扉を閉める。



「……あんたも商品・・を、仕入れているくち・・か?」



 片腕をつかんだまま、男はファイーにぐっと顔を寄せて言った。女性文官は身じろぎも、たじろぎもせずに低く答える。



「そう言うことになるね」


「正直に言えよ? ……でないと、あんた自身が商品になるぜ」



 薄暗い店の奥から、音もなく男たちが歩み出て来た。計七人、皆イリー農夫のようなかっこうをしているが、うち半数が東部系である。



「正直なところを教えてもらいたいのは、わたしの方だ。あなた方こそ、どうして貴重な商品をだめにしてしまった?」



 ファイーの腕をつかんでいる男の握力が強まる。いててと感じても、文官は顔に出さない。



「……何だと?」


「せっかく捕らえた商品を、水に沈めてだめにしてしまった理由を聞いている」



 腕をつかんだ男はじめ、後ろのごろつき連中一同は変な顔をした。



「何か……。話がかみ合ってねえぞ? このおばさん」


「どの辺が合っていないの?」



 一番若いらしいひとりに、ファイーはあごをしゃくって問うてみた。



「アーギィのやつは、俺らを裏切ってを抜けやがったんじゃねぇか。薬のました商品の女をこっから車に乗せて、準街道まで出たところで、運び役二人を蹴落としやがってよ。なぁ?」



 東部系の男二人が、うんうんとうなづいている。どちらも片腕にさらしをぐるぐる巻いて、さらに三角布で首から吊っていた。



「それは全然聞いていない。アーギィは裏切者だったのか?」



 地にとどろくようなファイーの低音を、男達は自分たちへの同調とみなした。初めに応じた男は、するりと手を放してファイーの腕を開放する。



「そうなんだよ、あんちくしょう! けどな、手首折られたおいらの呪いが通じたらしくってよ。少し皆で探したら、アーギィのやつ! 死んで見つかったんだぜぇ!」


「……あなた方が、手を下したのではなく?」


「いいや、俺らじゃねぇ。ずうっと準街道を下ったところに、沼があんの知ってっかい? そこの近くに馬車が乗り捨てられててよ。俺らが着いた時、アーギィのやつは浜辺にぶっ倒れてて、もう死んでたんさ」


「まちがいなく、あの沼の精霊に魂くわれたんだな。あのでっかい石の輪っか」


「んだんだ。どんな精霊か知らんけど、手間が省けてありがたいこっちゃ。だから俺らも、アーギィの首切って焼くのはやめにして、石の輪っかへのお供えにしたんだよなぁ」


「もう丸々二日が経ってるし、石にくくった身体も、今頃はぜんぶ食われてるだろうねえ」



 野卑なイリー語と潮野方言でべらべら男達が話す中に、ファイーはついと割って入る。



「ちょっと待って。それじゃあ、商品の女性のほうは?」


「女かい? 見つけた時に馬車は空っぽだったしな。ありゃ逃げちまったんだろう。アーギィのまぬけめ」


「いや~? アーギィが沼の精霊に喰われちまったんだ。女だって、一緒にいたんなら喰われてるはずだろうがよ」


「そのうち、あの辺りの村から噂が立つぞー。沼にはらわたが浮きました、ってか」


こえこえぇ」



 ひゃひゃひゃ、ひひひ、男達は下卑げびた笑い声をあげた。



「なんだ。それじゃ皆さんは、アーギィさんとミリシュさんを殺してはいないんですね?」


「ないよ。さてねえちゃん、あんたの商品についてもそろそろ教えてくんな?」


「アーギィの裏切りを知らなかったってことは、あんた無関係の新人なんだろう。どこの村に住んでる女を確保した?」


「やっぱり女どうしだと、気もゆるんで打ちけやすいんかね」


「よくしゃべる悪党だな」



 平生どおりのびしっとした表情で、ファイーはすうっと息を吸った。同時に、背負っていた矢筒のような黒い地図入れを下ろし手にする。



「準備、完了――――ッッッ」



 びしいいいいいいッ!! 


 その低い怒鳴り声が響き渡ると同時に、男達の背後の裏戸、炉脇の大窓、ファイーの後ろの正面扉がどばんと開いて、黄土色外套の男達がおどり出た。



「な、何だてめえらはぁ、」



 振り向きざまに腰の山刀を抜いた男は、冗談のような速さで間合いに入りこんで来た毛まみれ巨躯の男にびびった次の瞬間、眉間に長剣柄頭つかがしらの打撃を喰らって、光の中へ眠り入った。


 次いでローディアは、右から差し込みかけた東部系の男の短剣一撃を、もじゃっと一回転してかわす。自分と平行、ひらたく構えた長身の刀身を、そのまま男の後頭部にばしんと打ち下ろした。



「せまいなぁ、ここ~~……」



――ぼやくくらいなら、扱いやすい他の得物えものも導入すりゃ良いに……。



 内心でローディアに突込みを入れつつ、半開だった窓の鎧戸よろいど板を蹴破って入ったプローメルは、その辺の腰掛を二つひょいひょいとつかみ上げてぶん投げた。



「うおッ」


「わっ」



 よける者と、よろける者。三角巾で腕を吊ったそいつら二人の間にすべり込み、プローメルはやわらかく足払いをかける。



「ぎゃっ」



 一人はしたたかに、床に頭を打ち付けた。何とか持ち直して起き上がりかけたもう一人には、さやに入れたままの中剣で鳩尾みぞおちに突きを入れる。ずどん! 男は白眼をむいて、ぐったりと床にのびた。



 ばっこーん!!!


 そして正々堂々、正面扉より侵入せし我らがデリアド副騎士団長は、打席につくなりいきなりファイー横の男に一撃を見舞う。


 戦棍の先に取り付けられたいぼいぼ鉄球に腰を強打され、そのイリー系の男は反撃する間もなく、意識を場外へと飛ばしてしまった……。


 次いでカヘルは短剣を構えかけた大男に向けて、ここ最低気温の冷ややか視線がんをおくる。と同時に、むんッと水平に戦棍を突き出した。胸のど真ん中に鉄球の強圧押し出しを喰らい、男は派手な音をたてて椅子や腰掛の中に倒れ込んでいく。ああ奇跡の安打率なり、キリアン・ナ・カヘル!



 とーんッ!


 カヘルが倒したその男の上に、横から吹っ飛ばされてきた別の男が、背中側から折り重なるように倒れ込んでいった。ふいとカヘルが横を見れば、ファイーが伸ばした右腕の先、極細の木剣がさらにのびて一直線である。



「実に格好良いですね。ファイー侯の突剣は」



 冷ややかなる声に純粋なる賞賛の意をこめて、カヘルは平らかに言った。



「しかし腰に提げず、地図入れの筒にしまっているのは何故です?」



 正確に相手の急所を突くことで、より効果的に戦闘不能に持ち込めるイリー突剣の使い手は、すちゃと立ち姿勢を直した。木剣を下方向に振り構えて、ファイーはようやくカヘルを見る。



「……本官は文官です。堂々と帯剣していてはまずいでしょう?」



 副団長は微妙に戸惑った。確かにそうだが、出張中の文官が護身用の武器を携帯しても不思議はないし、第一とがめられない。誰でも好きに武装してよいのだ、自分の心身は自分で守らねばならないのだから。さらにファイーの剣は木剣であるし……。いやそもそも、地図入れにぴったり収納できるのなら便利ではないか? ファイーが機能第一主義なら、ますますいと言うものだ。



「カヘル侯、こちらの四人の得物えものを確認しました。一般的なイリー量産品ばかりです」



 すでにごろつき共の拘束を完了していたローディアが、カヘルに向かって声を上げた。



「こっちも……おや、こいつは?」



 腰掛の間にのびている三人から、山刀と短剣を回収してプローメルが目をみはった。差し出されたその武器に、カヘルも見入る。ファイーが隣からのぞき込んだ。



「古い型の山刀と……。短剣のほうは、ずいぶん刃幅が広いものですね?」


「ええ。こっちの二人はエノ軍母体、旧海賊の出身です。それにしてはずいぶんと若いので、前世代から譲り受けたのかもしれない。アーギィが所有していたものも、おそらくは同じでしょう」


「……?」



 沈黙をって、ファイーが問いかけてくる。カヘルは幅広短剣から視線をがし、ファイーへと移した。



「そして山刀は、以前≪銀の浜≫に流れ着いた首無し傭兵が鞘掛さやがけを持っていたものと、同型です」



 女性文官は、青い双眸を見開いた。



「春のテルポシエ戦役の際、水陸双方から我々混成イリー軍に対峙し、その一端をあらわした武装集団と同等のものと。私はそう推測しています」


「……テルポシエのエノ軍とは、似て非なるものと言う?」


「ええ、そうです。いま現在、我々が仮に≪蛇軍≫と呼んでいる、全イリーの敵たる謎の集団です」




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