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20. 恋人たちの足取りを追う

 

 ミリシュの残した納品先を調べて回ったマユミーヴ配下が、村役場に戻ってくる。


 蜜煮みつに屋で詳しく聞いた話では、ミリシュは二日前の終業後に休暇に出かけた。ヨプスカの町で恋人と待ち合わせをしたので、そこまでの道なりにある家々への配達をついでにしよう、と本人が申し出たらしい。テデペコの村外れからは、農地へ帰る荷馬車にあいのりをさせてもらい、ヨプスカに到るつもりだったようだ。


 三軒の配達先と、テデペコ村のすぐ外で秋き畑の準備をしていたじいさんは、ミリシュのことをよく憶えていた。しかし格段変わった様子はなく、何かに怯えていたり、焦るような素振りは全く見られなかったと言う。



「一番最後の納品先の奥さんは、少し立ち話をしたそうです」



 これからヨプスカへ行って、そこでごはんを食べてから夜間配達馬車をつかまえるとミリシュに聞いた奥さんは、自分の気に入っているヨプスカの料理屋をすすめた。若い女は興味深そうに聞き入って、そこで食べたいなと言ったらしい。


 わずかにではあるが、ミリシュのたどった道のりが浮かび上がってきた。マユミーヴがひげを揺らしつつ、思案顔でまとめていく。



「つまりカヘル侯、こういう流れでしょうか? テデペコ村の蜜煮屋雇人ミリシュは、恋人のアーギィとともに休暇旅行に出るつもりで店を出た。アーギィは夕刻ロマルーの農地を出て、彼女とヨプスカの町で合流する予定だった……」


「そうですね。アーギィの実家があるデリアド東域に到るなら、夜間長距離配達の馬車利用も手段としては大いにあり得るでしょう。ローディア侯?」


「ええ、経済的です」



 庶民感覚担当の側近騎士も、二人の推理に同調してうなづいた。カヘルはそこで、ミリシュの取った経路通りにヨプスカへ行くことにする。


 一方マユミーヴとその配下は、もう少しテデペコ村周辺での聞き込み調査を行ってからヌーナーの捜査本部へ戻るとして、カヘル一行と別れた。



「これは、デリアド城にいる私の部下への伝言です。捜査本部からすぐに、誰かに持って行ってもらってください」



 カヘルはヌーナー村へ向かう巡回騎士の一人に、通信布を託した。留守を預かるバンクラーナに確認してもらうべき事項がある……。表向きの顔は淡々と変えず、しかし内心にてデリアド副騎士団長はげっそり苦虫を噛みつぶしたような表情を作っていた。



――気が進まないが、仕方ない。



・ ・ ・



 ローディア、プローメルとファイーを伴って、カヘルは再び準街道を北に向かう。


 大した距離ではない、ヨプスカの町にはすぐに到達した。町と呼ぶにはずいぶんと小さな規模だが、フォルターハ郡全域を担当する配達業者の大きな集荷所があるから、過疎地にしては店々が賑わって人の行き来は多い方である。


 その集荷所、すなわち配達馬車の駐車地すぐ近くにある料理屋こそ、ミリシュが知人に勧められた店である。給仕たちに話を聞いたが、みな首をひねるばかりだった。二日前の晩、東部系の女性客は来なかったと言う。



――考えを変えて、食事をとらずにそのまま馬車に乗ったのだろうか?



 カヘル達は次に、集荷所で訊ねてみる。しかし窓口のあいのり采配役も同様に、東部系の女性は見かけなかったと言った。



「その女性は、イリー人の男性と一緒だったんだよ。あいのり交渉したのが男だったから、連れの方を見落としていたってことはないですかね?」



 こういった場所で、ぺらぺら先陣を切って市井しせいの人々に話しかけてゆくのは、主にカヘル直属部下のプローメルである。渋い声がよく回る男だ、一般庶民にも警戒されない。



「いや、それはないですよ。最近はぶっそうなもんでね、夜間の長距離あいのりをしたいって言う人は少なくなっているんです。昔の話じゃなし、一昨日でしょ? それらしい人を見たら、必ず憶えているはずですよ」


「二日前の夜と言ったら、テピルさんとこの丁稚でっち坊主が里帰りに乗っかってっただけだもんなぁ」


「そうそう」



 窓口おやじ二人組は確信をもって、うなづき合っている。プローメルの背後で、カヘルは少しだけ目を細めていた。



――つまり二人は、ここヨプスカには来なかったということなのだろうか?



 集荷所を出かけたところで、ふとファイーの姿が見当たらないことにカヘルは気づく。


 と、道の方から店先に向かって、作業衣姿の女性文官が歩いて来るのが目に入った。



「カヘル侯。そこの道向こうにいるご老人が、目撃していました」



 低く言われて、カヘルがふっと顔を上げたその視線の先に、確かにひしゃげた人影がある。小さな店々の壁の間、わずかな隙間にもぐり込むようにして立っている……路上生活者だろうか。裏返した帽子を両手で胸の前に持っていた。カヘルの視線を感じたのか、老人はそのままひょいっと後ずさりをして、壁の隙間の中へ見えなくなってしまう。



「だいぶ暗くなった頃、あかりの入った料理屋の手前で、若い男女が言い争っていたそうです。おじいさんは目が悪いので、女性が東部系だったかどうかまでは判別できませんでした。しかし彼女が話していたのが、潮野方言よりのイリー語だったのは聞こえたと言います」


「間違いないな、その二人がアーギィとミリシュだろう。それで、話していた内容はわかったんですか?」



 渋くうなづきながら、プローメルがファイーに問う。



「ええ。女性は、そのお店に入って食事をしたかった。けれど男性は、高そうだからやめておこうと言う。女性は自分が持つよと言ったのに、男性は細かい理由をたくさん挙げて、南の町はずれにある酒商へ行こう、と言ってきかない。とうとう女性が根負けして、南に歩いて行ったそうです」



――何だ、それはッッ???



 ファイーの話を聞いた男性陣三人、ここは仲良く同時に胸中にて突っ込んだ。



――彼女は自分で持つって言ったんだろ!? そこまでされても高い食事をするのが嫌だって、どんだけ偏屈なんだよ!


――ごはん食べるところなんて、どこでもいいじゃない! そんな細っかいところで我を通して何になるの? しかも休暇でしょ、あいびきでしょ? 倹約より相手が喜ぶ方が優先なんじゃないのか、この場合~!!



 プローメルとローディアが、そこそこ常識的な良心からそう思ったのに対し、我らがデリアド副騎士団長はやや独創的な感想を抱いた。



――何と言うことだ。庶民男子は交際時点でそこまでの自己主張ができるのか! 伴侶の意見主張はない時間を割いてでも傾聴すべし、と説く≪騎士家庭訓≫にまっこうから反する行いだ……! いやしかし、過去の結婚において自分に欠けていたのは、もしやこの辺りの自己主張だったのではあるまいかッ!? 考察の余地あり!!



 ああ迷走なり、キリアン・ナ・カヘル!!



「その向かった先の酒商について、どこにあるのかとご老人に聞いたのですが」



 事務的に低い声で続けるファイーの言葉に、衝撃を受けていた三人はふっと我に返る。



「怖いところだから近寄ってはいけない、と言われました」


「……こわい?」



 こわいごわごわあごひげをひくつかせて、ローディアが問う。女性文官は、青い双眸を鋭く光らせてうなづいた。



「たまに人が消える、という噂があるそうです」




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