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19. 外来デリアド市民

・ ・ ・ ・ ・



 巡回騎士たちが軍馬から鞍を外し、蜜煮屋の娘とその母親とを後ろにのせて、ヌーナー村へと発って行った。マユミーヴと配下三名、カヘル直属部下プローメルと側近ローディア、それにファイーが周辺集落での調査に残る。


 一行はまず、テデペコ村役場を訪れた。役場と言ってもごく小さな事務所のようなところで、村長夫人にして秘書と言う年輩女性が、さほど厚くもない戸籍束をる。



「ありました、ミリシュさんの戸籍です」



 新しく書かれてまだ日の浅いその筆記布には、くっきりと≪外来枠デリアド市民籍確認済み≫とも記されている。



「このミリシュさんの籍は、年末に引っ越してきた時わたしが作成したので憶えています。まちがいなく透かしの入った本物、デリアド国章入りの市民籍証を確認しました」


「……どこで発行されたものか、憶えていますか?」



 カヘルの問いに、村長夫人ははっきりとうなづいた。



「はい。アヌラルカ町役場の発行でした」



 女性が口にした地名に、カヘルはやはりなと思った。わずかに目を細め、副団長が苦々しい表情を浮かべたのを察知したのは、すぐ近くにいる側近ローディアだけである。


 一行は蜜煮屋で、ミリシュが住み込んでいた屋根裏のへやを確認したが、そこに残されていたのは衣類や日用品だけだった。職人らの話によれば、ミリシュは貴重品などを小さな肩掛け鞄に入れて、常に携帯していたらしい。それは死体と一緒に上がらなかったから、いまだ沼底に沈んでいるのかもしれない。……あるいは下手人げしゅにんに奪われたか。


 溜息をついて、カヘルはマユミーヴを見た。



「ミリシュさんは、正規の手順を踏んだ外来デリアド市民です。イリー人同様の捜査対象となりますね」


「はい。二人の関係性からして、アーギィさんとの同一事件として扱うべきでしょう」



 北域第十分団副長も、うなづきながら言う。


 そろそろ潮時か、とカヘルは思った。ファイーの推測した≪巨石への捧げもの≫を東部の文化的背景としてごく簡潔に述べ、この事件に東部組織が関与している可能性がある、とマユミーヴに告げる。



「空き巣や森泥棒を繰り返す窃盗団、軽犯罪者の網については我々北域第十分団も把握しており、逐一対処していますが。それとはまた、別の集団と言うことなのですね?」


「ええ。山間ブロール街道を跋扈ばっこしている、人身売買業者に連なっていると見られます。マユミーヴ侯が指摘していた東部系住民の失踪事件にも、関係があるのかもしれません」



 カヘルとマユミーヴのやり取りは、淡々としていた。しかしそこまで聞いていた村長夫人は、ひゅうっと息をのむ。



「そんな……。こんな田舎の村に、人さらいが出たと、そういうことなのですか?」



 実直そうな女性ではあるが、いきなり危機的状況を突きつけられて不安を感じたらしい。



「ミリシュさんは事故で亡くなったのではなくて、人さらい……人身売買業者に殺されてしまったのですか。その、イリー人の男性と一緒に?」


「残念ながら、その可能性が非常に高いのです。駐在の巡回騎士に、村内夜間警備を強化するように命じておきます」


「はい……。あの、この村にはミリシュさんの他にも、三人の東部系住民の方々がいらっしゃいます。わたしが後でお宅をまわって、気をつけるようにとそれとなく言っておこうと思うのですが……。よろしいでしょうか?」



 顔から血の気を引かせながらも、村長夫人は毅然とした表情でマユミーヴとカヘルに提案した。この人も使える・・・、と内心でカヘルは思う。



「ええ。そうしていただけると、大変助かります」



 ミリシュとともにアーギィが殺されていた、と察した賢い女性である。犯罪組織の殺傷対象が東部系のみならず、イリー人に及んでいることも理解したはずだ。遅かれ早かれ村人全員の耳に達するであろうこの事実を、今そのまま声高に村中に向かって発表すれば、まず間違いなく住民は恐慌に陥る。不安にかられて、関係のない東部系住民を攻撃する者が出るかもしれない。


 それを避けるためにはまず、準当事者たる少数派東部系住民に注意喚起をしてから、徐々に全体に向け穏やかに情報を流してゆくのが最善であろう。東部系もイリー人も、村長夫人はすべての村民を守るために、自分にできることを考え実行するつもりなのだ。


 騎士団だけでは、デリアドの人々の暮らしを守り切ることはできない。こういった共同体の末端にいる公の人たちが細かく心を砕いてこそ、日々の均衡は危うくも支えられ、保たれていくのだ。


 そういう風に見えないところで真摯に仕事をしている人びとを、カヘルは心底から尊重していた。剣その他を握り戦うことはなくとも、彼らもまた騎士なのであり、黄土色と樫葉の紋章を身につけるにふさわしい、と思っている。



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