18. 蜜煮屋のミリシュ
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テデペコ村出身のマユミーヴ部下に案内されて、カヘル一行は“モリーフルル蜜煮店”にたどり着いた。藁ぶき屋根の、大きな田舎家である。
突如入って来た黄土色外套の騎士達を目にして、店先にいた主人らしい年輩男性と客の二人の老女が驚いたそぶりを見せた。もう一人中年男性が奥から出てきて、裏口から倉庫の方へと通される。無数の大小の素焼壺が、壁面の壁や木箱の中に整列しているさまは圧巻だった。
「えっ、……ええ! 確かにうちで働いているミリシュさんは、東部系の方ですよ。彼女はおとついから、五日間の夏休みを取っていますが……。ミリシュさんが、どうかしたのですか?」
マユミーヴから死体の持っていた納品書を示され、ミリシュらしき女性がファイタ・モーン沼で見つかったと聞かされて、蜜煮職人は真っ青になった。
「そんな……、そんな、まさか! 何があったんです!? 事故!?」
家族経営でやっている蜜煮屋と言う。話しているうちにぞろぞろ、方々から老若男女が集まり始めて、はじめ冷やりとしていた半地下の広い倉庫は、だんだんと温かくなってきていた。しかしカヘルの背後にいるローディアは、依然として冷え切った上司の態度を浴びて寒い。
「どういうことなの」
「ほんとにミリシュさん? 似た人じゃなくて?」
しかし、蜜煮屋一同とマユミーヴが話せば話すほど、泥炭死体はこの店にいた≪ミリシュ≫に特徴があてはまってゆく。
彼らにとって東部系のミリシュは、実に都合のよい雇人だったと言う。昨年末、雑用として雇い入れてからまだ一年にも満たないが、まじめで明るく頑強で、重い配達もどしどしこなしてくれる。さらには蜜煮づくりの研修を受けていたと言って、工房の仕事もよく手伝った。今からでも遅くはない、うちで修行をして、ゆくゆくは蜜煮職人にならんかねと話をしていたところだった……。そんな風に、若い女は周囲の皆に親しまれていたのである。
「何かの間違いでしょう、騎士さま……! あのミリシュちゃんが、そんな。丘の向こうに行っちゃったなんて……!」
若い娘が、瞳を潤ませてマユミーヴを見上げた。
「ミリシュさんは、最近いい人ができて、とっても嬉しそうだったんですよ。だからって仕事をおろそかにもしなかったし、むしろさらに真面目に働いてくれていたのに……!」
娘の肩に手をかけつつ、その祖母らしい初老のおかみさんが言い添えた。
「ミリシュさんの交際相手が、どちらの方か聞いていますか?」
淡々と割って入ったカヘルの問いに、若おかみと蜜煮職人が顔を合わせた。
「ええ……。ずっと東に行ったところの人で。何て言ったっけかね」
「俺は名前は聞いてないよ。けど出身がクロベリア……だったかな?」
「そうそう。それで向こうからロマルーの種農家へ、出稼ぎに来ているイリーの方なんだって、ミリシュさんは話していました。もちろん話に聞いただけで、わたしども会ったことはないんですけど」
「夏休みを取ったのも、その人の実家へ一緒に行くと言っていましたかねぇ」
「待ってお母ちゃん、お祖母ちゃん。あたしその人、実は見かけたことあるの」
大人たちの話に、泣きべそをかきかけた少女が割って入った。
「夏至祭りの夕方に、ミリシュちゃんと腕組んで広場を歩いてるところを、ちょっとだけ見たの……。彼氏なの、ってあとで聞いたら、そうだよってミリシュちゃん言ったわ!」
「……どんな感じの人だったか、思い出せないかな?」
小柄な娘にかがみ込むようにして、マユミーヴは優しく問いかけた。
「えーと……。ミリシュちゃんとあんまり、背丈は変わらなかったと思います。割とがっしりしてて、ずいぶん明るめの金髪だったわ! そっちの騎士さまほどじゃないけど……」
カヘルの方を見上げながら、少女は言う。
「……騎士さま。まさか、その人も……ミリシュちゃんと一緒に、事故で死んじゃったんですか?」
純に問うてくる娘は、十二・三だろうか。カヘルとマユミーヴは、視線を交わしたが何も言わなかった。
「お嬢さん。ヌーナー村まで、来てもらえますか? つらいでしょうけど、亡くなった女性がこちらのミリシュさんかどうか、確かめて欲しいのです」
低く平らかなマユミーヴの言葉に、びくりと身体を震わせはしたが、少女は健気にうなづいた。
北域第十分団副長がこの娘に、男性遺体も確認してもらうつもりでいるのだとカヘル背後でローディアは気づく。思わず少女に同調してしまい、側近は胸中に寒いものを感じた……。上司の冷気とはまた別、悲しい予想にさいなまれて。
――つまりあの二つの死体、二人は恋人どうしで、一緒に殺されてしまったのだと……。そういうことなのだろうか?? でも何故、どうして……。いったい誰に?