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15. アーギィの失踪

 

・ ・ ・ ・ ・



 カヘル、ローディア、プローメル、マユミーヴとその部下らは、ロマルー農地へと軍馬を走らせる。


 首邑デリアドからここフォルターハ郡へと至るのに、カヘル達が辿たどった南北に伸びる準街道。それを挟んで東へ行ったところに、大型農地がひらけていた。


 と言っても、地平線を見渡すような広々とした農園ではない。ゆるやかな傾斜にあわせて切り貼りしたような畑が連なっている、その段々丘の向こうに大きな石組み家が見えた。牛か山羊、家畜の匂いがかすかに漂う中を進んで行ってその扉を叩くと、憔悴しきった様子のおかみさんが現れる。



「昨日マユミーヴ様に言われたことを守って、アーギィさんのへやには手をつけなかったんです。さっき騎士様が見えるまで、鍵もかけたまんまでした」



 いかつい農婦の後ろには、日にけた小柄な中年男性と若い娘が、緊張した面持ちで立っている。これがおかみさんの家族で、さらにその背後には粗末ななりの男達が三人。みな所在ない様子で、火の消えた居間の炉の前に立ち尽くしていた。


 現場保持のために残っていた巡回騎士に伴われ、一行はアーギィの個室のある別の小屋へと赴く。掘立ほったて小屋ではない、質素ではあるがきちんと平石を積んで頑丈に建てられた住まいだった。


 廊下を挟んで二つずつ向かい合っている個室の一つ、アーギィのへやには細い寝台と小卓があるっきり。小さくなった蜜蝋みつろうの入った手燭、寝床の上にたたまれた毛布と寝巻衣。これらは下宿の備え付けで、アーギィは持ち物を全て麻袋の中にしまい、寝台と小卓の間に挟んでいたとおかみさんは言った。それがなくなっているのだ。



「……一昨日の朝、アーギィさんが畑に出た際には、確かにそこに荷物があったのですよね?」


「ええ、はっきり見ました。いつも通り、麻袋の中から……こんな、こういう……革のさやに入った山刀みたいなのが、突き出ていたのを憶えています」



 見たものを両手で空に形どる仕草をしながら、おかみさんはカヘルの問いに答える。



「その時お嬢さんも、一緒にご覧になったのですか?」



 母親の後ろにいた娘にも、カヘルは問いかけた。二十歳を越えたくらいだろうか、面長おもながの顔にそばかすを大量に浮かせた娘は、ひっつめ金髪の頭を揺らして、こくんとうなづく。緊張しているらしく、かたい表情だった。


 側近ローディアは、狭いへやの奥に開いた唯一の窓を見つめる。外光をとるための小さな孔は、板でふさがれているだけだ。外側から強く押せば、簡単に開くかもしれない。しかし……。



「……窓から何者かが侵入してって行った、ということはなさそうですね」



 ローディアの考えを代弁するかのように、カヘルが平らかに言う。



「確かに。子どもでも、こんな小さな窓は通れっこない」



 プローメルが、低く同調しながらうなづく。



「そして、このへやの鍵を持っていたのはアーギィさん本人と、おかみさんだけ。昨日の朝から解錠していないと言うのなら、アーギィさんが自分で持って行った、と考えるのが自然でしょうかね」



 マユミーヴが、落ち着いた声でまとめる。



「えっ」


「ええ?」



 アーギィの所持品を奪われた、と捜査本部に連絡に来た巡回騎士と、おかみさんが同時に声を上げた。



「一昨日、畑仕事を終えたアーギィさんは一度ここへ戻り、持ち物を回収してから外出したのではないでしょうか?」



 農婦ははっとした様子だった。巡回騎士は面目なさそうに顔を下に向ける。



「申し訳ありません、マユミーヴ副長。とんだ早合点をしてしまいました」


「いえ。不穏な事件の流れから、誰かに奪われた、盗まれたと思うのは自然です。しかし……。これでは、つかんだはずの手がかりが消えてしまいましたなぁ」



 謝る巡回騎士に平らかに答えつつ、マユミーヴはまる顔を左右に振って、考え込んでいるらしかった。相変わらず、今日も赤みがかった金のひげやもみあげが、のどかにふか・・ついている。


 後で思い出すことがあったら、すぐにヌーナー村の捜査本部まで伝えてくれとおかみさん達に言い置いて、一行は農地を後にした。


 細い田舎道に軍馬を歩ませつつ、カヘルは考え続けている。


 消えてしまったアーギィの所持品についてただした時、おかみさんの手が形づくった≪革のさやに入った山刀みたいなもの≫の形態が少々引っ掛かっていた。農婦の手が大きかったせいではない、それ・・は本当にやたら幅広な刃だったのだ、と確信している。


 脇を行くマユミーヴが、ふいとカヘルに話しかけてきた。



「自分で荷物を持ちだしたと言うことは。つまりアーギィは一昨日の夜、これっきり去るつもりで農地を出て行ったのでしょうかね?」


「ええ、そうでしょう。何か思うところがあって、誰にも何も言わずに姿を消そうとしていた」


「……何だか、東部流入民のような立ち去り方ですなぁ」



 マユミーヴは何気なく言ったまでなのだが、この類似もまたカヘルの思考に引っかかる。



≪……どこかにより良い場所を見つけて、そこへ移ることしか頭にないから、ふいと姿をくらましちゃったと言うなら、それはそれで良いんだと思いますよ。……≫



 消えた東部系の住民について、マユミーヴの伯父夫人が不安そうに言っていた言葉が思い出される。


 姿を消す前アーギィには変わった様子はなく、いつも通りに落ち着いて仕事をしていたと言う。恐らくアーギィは、計画的に失踪するつもりでいたのだ。ロマルー農地に滞在していた目的が果たせたからだろうか。出稼ぎの報酬はまだ支払われていなかったから、金銭ではない。アーギィには何らかの、別の目的があった。他人には隠しておかなければならないような、秘密の目的……。そこに絡んで殺害されたのであれば、やはりくだんの≪東部系大型組織≫が関与している可能性が膨らむ。




「この指輪ですが。やはり第八班、飾り匠への聞き込みを再開してくださいー」



 ヌーナー村の捜査本部に到着するや、部下に遺品の包みを出させて、マユミーヴは巡回騎士らに指示を出している。


 被害男性アーギィについての地道な捜査続行は、誰の目にも必須と思われた。集会所の開いた戸口そばでカヘルが腕を組み、思考に没頭しかけた、その時。



「カヘル様ぁー! 大変ですぅーっ、兄ちゃんいますかぁぁぁ!?」



 アルタ少年の声が、村の本通りの向こうから聞こえてきた。カヘルが顔を上げると、まる顔を真っ赤にし、やまぶき外套をひるがえしながら、準騎士がものすごい勢いで爆走してくる!



「あれっ、アルタ君! どうしたの!?」



 扉の外側にいたローディアが聞き返す。マユミーヴ本人も、怪訝そうな顔をしてひょいと戸口に立った。転びかけてとどまった少年は、集会所の前にたどり着いたとたん、目をまん丸くひんむいて言った。



「沼でもう一人!! 女の人が、死んでるのであります!!」



 胃の腑をぎゅぎゅうとひっくり返されたような不快感に襲われて、カヘルは眉根にしわを寄せた。副団長の青い瞳が不安にとがった、その一瞬をかいま見てしまった側近ローディアはぎくりとする。


 アルタ少年は一人きり……誰も伴ってはいない。朝、一緒に沼へ向けて発ったはずの女性文官は?


 女の人・・・が死んでいる。


 少年のもの言いの中に、不在のファイーが消えてなくなってしまったような錯覚を一瞬おぼえて、柄にもなくカヘルは不安に支配されてしまったのであった。



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