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14. 朝からごきげん副団長

 

・ ・ ・ ・ ・



「……」



 ヌーナー村の集会所である。大卓子の隅に座って目前の筆記布に黙々と目を通しているカヘルを横目に、その脇に座したローディアは息を潜めていた。



――おかしいなあ。変だなあ……?



 早朝から、副団長の様子が妙だった。通常なら午後遅くになってようやく出てくる本調子が、起きてすぐから始まっているらしい。マユミーヴの伯父宅、朝食の席でもやたらにしゃっきりした調子で麦とそまの粥を食べていたし、こちらへの話し方にまるでけんが入っていない。



――朝からこんなに調子の良さそうな副団長なんて、俺は今まで見たことがないぞ!



 ローディアは戸惑いつつ、ななめ後ろに立っていたプローメルを見上げる。今朝も渋さの光るカヘル直属部下は、側近騎士に向けてちょっとだけ肩をすくめて見せた。



――ノスコはあんな風に言ってたが……。やっぱりファイーねえちゃんと、何ぞ進展があったんでないのかい??


――ですよねぇ、プローメル侯ぉー! そうとしか思えませんよねー!!



 しっかり成立している目線会話、ローディアにうなづく代わりに長い鼻をひくんと動かしてから、プローメルは壁際にたたずむファイーの後ろ姿を見やった。そこに掲げられた二枚の大判地図を前にして、女性文官はマユミーヴの弟、準騎士アルタを相手に何やら低い声で話している。


 今日のアルタ少年はちゃんと自分のやまぶき外套、デリアド騎士見習のお仕着せを羽織って、年齢相応のかっこうをしていた。



「それでは皆さん。今日も黒羽の女神の加護が、我らにあらんことをー」



 やがて、野太くものどかなマユミーヴの声がとどろいて、捜査会議が始まる。



「えー……。今朝は半刻ほど先に、第一班をロマルーの農地へ派遣してあります。彼らが被害者の所持品をまとめて持ち帰る予定ですので、それが到着しだい詳細調査を開始。第三班、第四班は昨日に引き続き、ファイタ・モーン沼の現場調査を行ってください」



 遺体発見現場の捜査は今日いっぱい続けるが、目ぼしい手掛かりが出なければそれで打ち切る。北域第十分団副長マユミーヴは、集会所内にひしめく部下の巡回騎士らに向けてそう告げた。それを聞きつつ、ファイーはそちらに同行するのだろうなとカヘルは考える。


 デリアド副騎士団長の頭の中では、彼女とこれから先に多く長く語り合う約束を取り付けたことになっているから、日中の別行動は構わないと感じている。珍しくも昨晩カヘルが比較的よく眠れたのは、おそらくその辺の気持ちの余裕のおかげなのかもしれない……。わりと単純なり、キリアン・ナ・カヘル。



「マユミーヴ侯! 第八班は、飾り匠への聞き込みを継続しますか?」



 第八班長らしき、壮年の巡回騎士が声をあげた。彼らは既に昨晩、被害者男性が首に提げていた二つの指輪を持参して、いくつかの近隣集落をまわっていたはずである。



「ああ、それなのですが……。いったん中止して、本部捜査に合流してください」



 被害者の身元が一応判明した以上、指輪について調べる必要はないとマユミーヴは判断していた。例えば、親きょうだいの形見の品だったのかもしれない。事件の核心や下手人げしゅにん情報につながる可能性は低い、と見ていた。


 その他の段取りを確認してから、北域第十分団の巡回騎士らは次々に持ち場へと散って行った。


 衛生文官ノスコは、第十分団の軍医とともに遺体の安置場へ。カヘルが予想した通りに、ファイーは第三班・第四班とともにファイタ・モーン沼へ向かった。やまぶき外套アルタ君がおともである、測量の助手にでもするのであろうか。


 カヘルとローディア、プローメルはマユミーヴとともに捜査本部詰めである。ヌーナー村の集会所に被害者の所持品が届くのを待って、下手人げしゅにんの手がかりを探すつもりでいた。


 昨夜、ファイーと話して得られた可能性について、カヘルはいまだマユミーヴに伝えていなかった。側近のローディアにも、プローメルにも話していない。


 今回の殺人は単なる個人間の怨恨によるものではなく、後ろに大きな東部組織が関与しているかもしれない。そう言ってもマユミーヴはぴんと来ないだろうし、第一に物的な証拠がない。カヘルの経験とファイーの知識だけが根拠なのだから、経緯を知らぬ北域第十分団の副長をいたずらに戸惑わせるだけだ。頃合が来るまでは、もう少し自分の中だけにとどめておこうと思っている。



「ちなみに、マユミーヴ侯。昨日来てくれたロマルー農地のおかみさんとその家族、および一緒に働いていた出稼ぎ労働の連中に、不審なところと言うのはなかったのでしょうか?」



 渋い声で問いかけるプローメルに、マユミーヴ配下の巡回騎士が代わって答えた。



「昨日農地へ出向いた際に、班員たちが確認しております。おとついの夕方、畑仕事を終えた時に最後に被害者を見て、のちにアーギィをのぞく全員で夕食を取ったそうです。その後はめいめいが自室に鍵をかけて寝てしまい、雇い主一家も母屋おもやで早寝をしたと言っていました」



 ロマルー農地の同僚たちが下手人げしゅにんである可能性は低い、とカヘルは見ていた。


 アーギィと目立った関係がなかったというのも大きいが、農地からファイタ・モーン沼までは、地図上で見てもけっこうな距離がある。アーギィ自身が宵の口に農地を去ったように、早めに出なければ徒歩で到達するのは難しい。


 また暗い中で、雇人がおかみさん達の馬を引き出すことも難しかろう。どうしたって家人に知れる。もの音が何倍にも大きく聞かれる、静かな農地に早寝したということは、ロマルーの者には一応相互の現場不在証明があるということだ。もちろん完全なものではないが……。


 聞いたプローメルと、カヘルがうなづいた時である。


 集会所の外にどやどやと騒がしさが沸き立った。



「マユミーヴ侯ッ!」



 扉を開け放ちながら、大柄な若い巡回騎士が叫ぶように呼びかけてくる。



「ロマルー農地の被害者下宿から、所持品が奪われましたッ!」



 がたん、がたがたがたッ!


 マユミーヴが、カヘルがローディアが、即座に立ち上がる。







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