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13. 夜空の下で抱きしめたい

 

「……カヘル侯には以前、エルメン村の巨立石メンヒルの前で、≪巨石記念物≫の話を聞いていただきました。憶えておいでですか?」


「ええ、もちろん。人の手によるものであり、非常にふるい、と。今回事件現場になっている環状列石クロムレクも、同じ年代に作られたのでしょうか?」



 月光に照らされたファイーの顔が、ゆるやかに笑ったらしい。



「……さすがですね、カヘル侯。環状列石クロムレク、とすぐに名を覚えて使ってくれる人は珍しいです。嬉しいですよ」


「……」



 そんな風に言われて嬉しいのはカヘルなのだが、顔には出さないでいる。



「仰る通りに今回の死体発見現場、ファイタ・モーン沼の環状列石クロムレクも、およそ八千年前に築かれたのでしょう。誰が、何のために建造したのかはわかっていません。あのように石を配置した意味も理由です。……ですがわたしとしては、≪二次使用≫の観点から今回の事件への関連を考え、そこに注目すべきと感じました」


「二次使用?」



 カヘルは首をかしげる。



「ええ。巨石記念物を作った人々が去った後、新たにこの地にやってきた別の人々がそれを見れば、これは何なのだと思うでしょう? その時、本来の意味や機能などとは一切ことなる、独自の使い道を見出してしまうのです」



 未知のものに対して自分なりの解釈を行う、ということだ。確かめようがないのだから、これは仕方がないこと、自然ななりゆきとも言える。



「我々イリー人は、これら巨石記念物にさほど関心を持たず、風景の一部のように受け止めてきました。しかし東部ブリージ系の人々は、ずいぶんと豊かな想像をしたようなのです。どうも、巨石を聖視していた……。神々あるいは強力な精霊の化身として、あがめていたようなふしがあります」


「と言うことは……。崇拝の対象になっていた、ということですか?」



 カヘルは前回の事件の舞台となった、デリアド東域の村の巨立石メンヒルのことを思い出している。周辺の住民は後付け伝説をうのみにして、石を悪い精霊とみなし恐れていた。



「ええ。例えば巨立石メンヒルの周囲で祭祀を行ったり、供物を捧げていたという記述が、東部大半島を旅した学者たちの風土誌に見受けられます」


供物くもつ……」



 その語が、カヘルの脳裏に引っかかる。



「イリーの田舎でも、精霊に食べ物をお供えして害のないように願う、という風習は広く浸透しています。これは十中八九、東部ブリージ系文化の影響でしょう。お供えと言うとささやかな贈り物の印象ですが、元をたどればその規模は重く大きくなる。要するに、生贄いけにえです」


「……」



 生贄。生々しく残酷なその言葉を、カヘルは声に出して繰り返すことなくうなづいた。沼のほとりで彼女が低く呟いたのは、これだったかと思う。素早く思考を巡らせて、ファイーの言わんとする憶測についても見当をつけた。



「ファイー侯。今回の事件の、前例となるようなものがあるのですか?」


「ごくごく古い、学識者の紀行書にある記述というだけです。確証はありません」


「教えて下さい」



 心もち、女性文官にカヘルは詰め寄った。ファイーの視線はまっすぐ水平……ぴったり同じ高さにて、副団長を見返してきている。



「テルポシエ東方辺境から東部大半島に入った地域にて、その学者は湖畔にあった環状列石クロムレクの内側に、殺された山羊と羊とが縛り付けられているのを目撃しました。現地住民にその理由を尋ねると、その年の豊穣を祈願して、夜明けに曙光を浴びる位置にある石に供えて・・・いるのだと答えたのです」



 カヘルは両眼を見開いた。その双眸いっぱいにファイーが、闇に浮かぶ女の姿が映りあふれる。



「カヘル侯。今回の犠牲者は、まったく同じやり方で石のひとつにくくりつけられていました」



 西側に寄った一番大きな巨立石メンヒルの、環に向かって内側に。朝日の差す時あの平たい石の前で、男の顔と手のひらと、心の臓を包む胸とは、その光をいっとう先に浴びていたのだろう……。



「つまりはそういった生贄の風習を、いまだに強く持つ人間が手を下したのかもしれない、と。それがわたしの憶測です」


「東部ブリージ系の人間ですか」



 カヘルから目を離さず、ファイーはこくりとうなづいた。しかし女性文官は次の瞬間、ふいと顔を下に向けた副騎士団長の変化に気付く。



「……どうなさいました? 侯」



 衝撃に、胸が重くつかえたのである。カヘルの脳内で、ファイーの推測がけさ届いたルリエフ・ナ・タームからの忠告に結び付いた。東部系大型組織の影……まさか。


 もう一つ、結びつこうとしている要素がある。


 数年前、領内の浜に漂着した傭兵の首無し死体……。結局未解決となったその事件を追って、重要情報をもたらしてくれたある一人の人物がいた。


 ガーティンロー市庁舎、総務課勤務の一文官……。現時点において、東部世界のことを誰よりもよく知っているイリー人であろうその人物と、カヘルは個人的に交信を続けている。その中で得たいくつかの知識が、不吉な奔流のようにカヘルの思考を裏付けていくのだ!


 自分の推測についてファイーは根拠がないと言ったが、カヘル自身の知識と経験の中に、すでにその確固たる証拠があったのである。今回の事件の下手人げしゅにんは……その裏には、とてつもない闇がとぐろを巻いている!



「すみません。さすがに少々、疲れたようです」


「大丈夫ですか」



 はっとした。カヘルの袖の麻地を通して、あたたかさが腕に触れていた……。


 男性どうし、騎士どうし、同僚どうしの間でよく行われるあの仕草。ファイーが、カヘルの腕を軽くつかんで……心配していた。



「ええ」


「申し訳ありません。お疲れのところに、こんな話を」



 離れてゆく手のひらが、名残惜しくて仕方がない。こんなに近くにいるのだ。お互いの瞳の中に映り合っている、……


 ……そのまま捕まえてしまってもいいのではないか、頭上に晩夏と初秋が重なりあう夜のもと?



「……貴女あなたの話は、いつも興味深い。ファイー侯」



 しかしカヘルは、自分の中の自然・・には従わなかった。デリアド副騎士団長としての自分自身にしか、従わないキリアン・ナ・カヘルである。



「明日、さらなる詳細についても教えていただけますか。私からも、貴女あなたに話して一緒に考察して欲しいことが、いくつかあります」



 口角を片方あげて、ここ一番の生ぬるさでカヘルは言った。それでも、人並み外れた冷やっこさであることに変わりはないが。



「ええ、本官で役立つならば。お任せください」



 こちらも口角を片方上げて、びしっと低音でファイーは言う。


 それで二人はほぼ同時に、階下に続く石段に足を向ける。


 暗がりの中、からころ借りものの木靴を鳴らし、毛織肩掛けを揺するようにして羽織り直すファイーの後ろ姿を横目に見つつ、カヘルは安堵した。


 自然の衝動に負けて、ファイーを両腕の中に捕まえてしまうなどと言う愚行をおかさずに済んだことを、喜んでいた。


 考えてみれば、洗い場に入る直前だったのだ。一日分の汗がたまってくっさい胸中に抱きとめられ、嬉しくなる女性は恐らく皆無。あるかもしれない好意が冷めて、ファイーに求婚→成婚→跡継ぎ誕生でカヘル家安泰、という壮大にして綿密な計画が大崩壊してしまうところであった……実に危なかった。



――ものごとに≪完全≫は存在しない。しかし≪最善≫には向かえる、そこに向かって慎重に足場を固めることこそが、最も確実なる願望成就への道である!!



 とりあえず明日以降への希望をつないだことを良しとして、色々と間違っているデリアド副騎士団長は、石段を下り始めた……。



〇 〇 〇 〇


青霊『何や、も~!? 時季イベント的にこれはファイーはんと進展ありや! それゆけカヘル侯! と思うて読んどったのに。肩透かしやんけー?? ぶうー!』


おでこ理術士「そもそも、こっち異界にバレンタインとかないやん……」


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〇 〇 〇 〇




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