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戦乙女は冷酷非道の王から離してもらえない  作者: 神山れい
第三章 国は変われる。人も変われる。
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エルの変化

「父と母には暇をやったよ。今頃、別荘でゆっくり過ごしているんじゃないかな」


 そう言って、レオンハルトは紅茶が入ったティーカップを手に持つ。待っていましたと言わんばかりに、アルベルトが口角を上げた。


「それには何も入ってないから安心してよ」

「……ねえ、そのネタ何回目? いまだに根に持っているんだ、器の小さい奴」

「はあ!? ねえ、エル! 何なのこいつ!」


 薬を盛るような奴が言う台詞じゃないよ、とアルベルトは口を尖らせる。

 レオンハルトがクラルス王国の国王として即位し、戴冠式が終わってからだろうか。こうしてアウレア王国へやってくるようになった。

 国を変えようと必死に動いているようで、その最中で発生した問題や悩みをユリウスに相談しに来ているのだ。ユリウスも一定の評価はしているようで、快く相談を引き受け助言している。資源の提供もそろそろ始めていいかもしれないと言っていた。

 アルベルトとは、こうして言い合いをしていることが多い。二人は同い年の二十三歳ということもあり、いつの間にか友人のような関係を築いていた。ただ、顔を合わせれば喧嘩ばかりだが。


(でも、どこか楽しそう)


 エルとレオンハルトの関係性にも変化があった。

 まず、正式に謝罪があり、民や兵士達には真実が伝えられた。兄妹でありながら利用する側、利用される側と立場が異なっていたが、目線を合わせて話せるようになってきている。それでもまだぎこちなく、あのようにくだけた接し方ができるアルベルトが少し羨ましい。

 そう思っていると、大きな溜息が聞こえてきた。振り向くと、黙って報告書に目を通していたユリウスが、アルベルトとレオンハルトを睨み付けている。


「うるさい、黙れ、気が散る。アルベルトの部屋へ行け」

「だって、エルを連れて行こうとしたら兄様が嫌がるじゃん」

「当たり前だ。何故、エルを俺から引き離そうとする」

「いや、別に引き離そうとしてないって……」


 飛躍しすぎ、と呆れるアルベルトに、ユリウスは何処吹く風。そんな二人のやりとりを見ていたレオンハルトが「エル」と小声で名を呼び、顔を近づけてきた。


「ユリウス王は、いつもああなのか?」

「そうですね、心配性なのでしょうか。ラバトリーや浴室へ行くときもついてきますよ。もう慣れましたが」

「は……? 何で?」


 何で、と言われてもエルにもわからない。どこへでもついてくるし、ユリウスがどこかへ行くときも必ずエルを伴っていく。さすがにラバトリーと浴室だけはついていけないと言うと、急いで終わらせて戻ってくるようになった。

 どうしてそんなにも離れたくないのか。エルよりも十歳ほど年上だというのに、まるで子どもみたいだと笑みが溢れる。


「……いい笑顔だね」

「……っ」

「ああ、違う。そういう意味じゃないんだ。その、エルから感情を取り上げていた僕が言えることではないけれど……綺麗になったなと」

「おい、レオンハルト。何故エルにそのような言葉をかけている」

「え!? いや、僕は一応兄で、妹を褒めただけ……」


 ユリウスの矛先が自分に向いたことに、レオンハルトは慌てふためく。これまで見たことがない兄の表情に、エルも笑みが溢れた。



 * * *



 日が沈み始める前に、レオンハルトはクラルス王国へと帰っていった。次ここへ来るときには、資源の提供を受けられるまでに変えてみせると意気込んで。

 アルベルトも部屋に戻り、ユリウスの書斎に静寂が訪れる。再び報告書に目を通し始めるユリウスに、エルは遠慮がちに話しかけた。どうしても、彼に聞きたいことがあったのだ。


「……あのとき、どうして兄上に言葉をかけてくれたのですか?」

「何の話だ?」

「兄上は、何故自分が不始末を何とかしなくてはならないのかと憤っていました」


 レオンハルトは、このままでは駄目だと思いつつも、自分が後始末をすることに納得がいっていなかった。この言葉をユリウスが耳にした時点で、クラルス王国は滅ぼされるのではないかと危惧していたのだ。

 ふむ、とユリウスは手にしていた報告書を置くと、視線が向けられる。目が合えばその顔は瞬時に赤くなるものの、これまでほど目を逸らそうとはしない。

 ──ただ、エルの心臓が鷲掴みされたかのように苦しくなる。


「国は違えど、同じ王族として許せなかった。責任から逃れようとしているレオンハルトが」


 逃げずに変革を遂げたユリウスだからこそ、気付いていて逃げようとするレオンハルトが許せなかったようだ。

 結果として、よかったのかもしれない。クラルス王国は今も存在し、レオンハルトは国を変えようと動き始めている。


「……今の兄上は、目が覚めたというのでしょうか。見違えるほどに活き活きとしています。きっと、ユリウスの言葉のおかげですね」

「いや、俺の言葉よりもエルの言葉が響いたのだと思う。憑きものが取れたかのようだった」


 ふ、と笑みを溢すユリウスに、エルは「そうですかね」と当たり障りのない返事をして目を逸らす。

 キスの一件から、何かがおかしい。目を合わせて話すことも、笑みを向けられるのも、何も特別なことではない。これまでと何ら変わりはないはずなのだ。

 だが、ユリウスと目が合えば鼓動が速くなり、胸も何だか苦しく、そわそわとしてしまう。笑みを向けられれば、ぎゅうっと胸が締め付けられる。目が合わせられなくなり、逸らしてしまう。

 それなのに、ユリウスの視線がこちらに向いていないと寂しさを感じてしまうのだ。

 赤い瞳に、自分をうつしてほしいと。

 自分の中の感情が、ユリウスの言動や行動で激しく変化する。これは一体──すると、エルの隣にユリウスが腰掛けた。

 その瞬間、うるさいほどに速くなる鼓動。別に近いわけでもなく、今までもこの距離でいたはずなのだが、何が自分の中で起きているのか。


「最近、感情を隠すことがなくなったな。左手のブレスレットにも触れていない」

「あ……そ、そういえば、そうですね」


 顔を動かして左手首を見ると、髪の毛がさらりと落ちてくる。特に邪魔にはなっていないうえに、顔が隠れてちょうどいいとそのままにしていると、すっと耳にかけられた。

 びくりと両肩を震わせると、ユリウスが慌てた様子で手を離した。


「すまない、エルの顔が見えないと思って」

「……そ、そんなに見なくてもいいのでは」

「俺はずっと見ていたい」


 離した手で今度はエルの頬に触れる。優しく撫でられたかと思うと顎に手が当てられ、ユリウスの方へと顔を向けられた。

 目が合うと、ユリウスは目を細め、口角を上げる。逸らしては駄目だと唇を噛もうとすると、彼の親指がそっとなぞってきた。


「噛んでは駄目だ。唇に傷がつく」

「あ、の、もう、離してください」

「何故だ? 最近、目も合わせてくれない。俺は、こんなにも合わせられるようになったのに」


 そう、すごいことだ。目を合わせるだけで心臓が破裂しそうになっていたあのユリウスが、こんなにも見てくれるのだから。

 でも、無理なのだ。自分でもわからないが、無理なのだ。

 今だって、こんなにも胸が苦しい。


「エル、何があった? ……俺が、嫌になったか?」

「そ、それは違います。でも、わ、わからないのです。自分でも、何が起きているのか」


 何も悲しいことはない。

 ただ、自然と涙がこぼれ、頬を伝っていた。


「ユリウスと目が合うと、胸が苦しいんです。見ていてほしいと思っているくせに、見られると、何だか、そわそわしてしまって」


 言い終える前に、顔を両手で包まれ、少し強引に上げられる。

 彼の名を呼ぼうとするも、唇で塞がれた。

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