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戦乙女は冷酷非道の王から離してもらえない  作者: 神山れい
第三章 国は変われる。人も変われる。
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身をもって示せば

 本当は、戦いたくはない。

 しかし、ユリウスが、アルベルトが、その命を狙われているのなら。


(……ユリウスが言っていたことが、少しわかった気がする)


 大切なものを護るためならば、この剣を振るうことも厭わない。

 たとえ、その相手がかつて味方だった者達だとしても。──兄だとしても。

 命令に従い、ユリウスとアルベルトの命を奪おうとしていた兵士達だが、今はエルの出方を窺っているようだ。というよりも、動揺に近いだろう。何故こんなことを、信じられない、と平静が保てていない。

 そんな空気を破るかのように、周りの兵士を警戒しながらアルベルトが「宰相くん」とレオンハルトに話しかけた。


「わざわざこんな回りくどいことをせずに、俺達の条件を呑んでいれば資源が手に入ったんだよ?」

「僕が王にならなくても、殺して奪えば済む話だ」

「あのさあ、いつまでそんなことを続けるつもり? この国の人達、みんな痩せ細ってるの知らないの?」

「……っ、そんなことわかってるよ! あんたらは国の在り方を変えろと簡単に言うがな、できるわけないだろ! そもそも、何で僕が歴代の王族の不始末を何とかしなくちゃいけないんだ!」


 上半身を起き上がらせると、ドン、と右手で床を叩く。

 歴代の王族が作り上げた流れに乗れば楽だ。その流れを変え、新たな流れを作るには気力がいる。労力がいる。

 それがわかっているからこその発言だろうが、レオンハルトは「不始末」と言っていた。彼も、心の底ではわかっているのだ。歴代の王族がやってきたことは、失敗なのだと。このままでは、もうこの国は駄目だと。

 兄上、と声をかけようとしたとき、ユリウスがエルの横を足早に通り過ぎた。彼は座り込むレオンハルトの胸倉を掴み、強引に立たせる。兵士達が動きだそうとしたため、エルはユリウスの背を護るようにして立ち、剣を向けて彼らを牽制した。


「貴様も王族の一人だろう。歴代の王族の不始末は、王族が後始末をするべきだ」

「今更だ。もう、随分と前に民からの信用も信頼も失っている。僕が後始末をしたとして、在り方を変えたところでどうなる? どうにもならないよ」

「……っ、そんなことはありません」


 そう言って、エルは口を噤んだ。

 レオンハルトの言うとおり、王族は民からの信用も信頼も失っている。それでも、どうにもならないことはない。

 在り方を変えれば、民は今の状況から脱せられるのだ。

 レオンハルトは力無く鼻で笑うと、言葉を発した。


「民がついてきてくれなければ、意味がないんだぞ」

「それは、兄上次第だと思います。兄上が身をもって示せば、民は自ずとついてきてくれるのではないでしょうか」


 ぐ、とレオンハルトは言葉に詰まり、一言も発さなくなった。様子が気になり、兵士達に剣を向ける手は下ろさず、ちらりと後ろを振り返る。ユリウスの背でほとんど見えないが、どうやら項垂れているようだ。

 そのとき、胸倉を掴んでいたユリウスの手が離された。表情は見えないが、足の力が抜け、へたりと床に座り込むレオンハルトを静かに見下ろしているようだ。


「俺は、クラルスを滅ぼすつもりだった。エルを道具のように扱い、苦しめてきたお前達が許せないからだ」


 ユリウスの言葉に、場の空気が張り詰める。


「だが、手を差し伸べてほしいとエルが願ったから、俺はここにいる」

「エルが……?」

「もちろん、無条件ではない。いくら愛しいエルの頼みとは言えど、俺はクラルスが嫌いだからな」

「その条件って、もしかして」

「クラルスが変われるかどうかです。兄上」


 この話をユリウスとしたときは、途轍もない賭けだと思っていた。

 ところが、どうだろうか。レオンハルトは気付いていた。今のままでは駄目だと。気付いていて、目を背けていただけだった。──それもどうかとは思う。が、気付いていたにもかかわらず、望まれたように生き続けることを選び、言葉にしていなかったエルも同罪だ。レオンハルトを責める資格はない。


(……兄上は、変われる。きっと)


 エルは剣を下ろし、レオンハルトを見る。


「兄上はご存知ですか? アウレア王国は、とても活気に満ちているのですよ」

「……初耳だ。死と隣り合わせの国だと聞いているけど」

「ふん、歴代の王が築き上げた国などもうない。今あるのは、俺が築いたアウレアだ」

「兄上、今からでも国は変われます。クラルスを変えませんか。民が幸せに過ごせる国へと」


 眠りこける父親を抱きしめながら泣き叫ぶ母親の声だけが部屋に響く。そんな中でも、誰一人としてそちらに視線を向けることなく、ただただ黙って三人を見守っていた。

 少しして、レオンハルトが顔を上げた。その顔は、どこか晴れやかなものにも見える。


「どうすればいい? 民が、幸せに過ごせるようにするためには」

「まずは民のことを考えられるようになれ。それがクラルスの在り方を変える第一歩だ」

「民のことを? ……生まれてからずっと、この調子で生きてきた。そんな風に、変われるのだろうか」

「変われます。兄上、わたしはアウレア王国へ行ってから……ユリウスと出会ってから。笑えるようになったのです」


 だから、きっと。

 レオンハルトの目が大きく開かれたかと思うと、ふ、と笑みを浮かべた。その笑みはこれまで見てきた中でも一際優しく、あたたかいものだった。



 * * *



「ねえ、兄様。本当に変われると思う?」


 アウレア王国へと戻る馬車の中で、アルベルトがユリウスに問いかけた。


「さあな。だが、最後はいい表情をしていた」

「……母上だけは、最後まで納得していないようでしたが」


 会談は言うまでもなく途中で打ち切り。条件を呑むかどうかも答えは得られなかったが、交渉の場を設けられるよう、準備を整えるとレオンハルトが言っていた。

 これから、クラルス王国は変わり始めるのかもしれない。そんな期待を、あの場にいた者達は抱いていたはず。何故なら、帰り際に見た兵士達の表情が、とても穏やかだったからだ。

 ただ一人──王妃である母親だけを除いて。


「すごい叫んでたね。こんなことは認められない、馬鹿なことを言うなって」

「父上が目を覚ませば、新たにそこへ加わるのでしょうが……兄上は、大丈夫でしょうか」

「叫ぶだけなら、誰だってできる。エルも言っていたではないか。身をもって示せば、民は自ずとついてきてくれると」


 あの男なら大丈夫だ、とユリウスは笑った。

 そして、あの会談から数日後。

 クラルス王国の王が退位し、宰相が新しく王となったと一報が入った。

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