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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

目には目を

作者: 明日 あさひ


ジュリエッタは揺れる馬車の中で腹を立てていた。忌々しい兄嫁のソフィアが王城でのティーパーティーに招待されたからだ。それも、ひと足先に到着しているという。共に馬車に揺られている最愛の両親や兄も怒っている。後で説教をしてあげなければ。

苛立つジュリエッタは気付かない。分かれて呼ばれる不自然さを。己の運命はどうしようもなく歪んでしまっていることを。


馬車は王城の門をくぐるーーーー




*****




ソフィアは下位貴族である子爵家の令嬢だった。白銀の髪に血の色の目をした不気味な子だ。


お兄様はなぜあの女を選んだのか?全くわからないわ。どうやら子爵家はそれなりの資産があったようだから、きっとお金が目当てだったんでしょう。

由緒ある我がオーギュスト伯爵家にふさわしいとは言えない縁談だったけれど、他でもない大好きな両親や兄が決めたこと。納得出来なくとも受け入れるしかなかった。


ソフィアは不出来な子だった。何をやらせても全く駄目。わたくしが直々に指導をしてあげないと床を磨くことも出来なかったの。


ソフィアは不器用な子だった。水を汲むだけなのに零すの。本当に駄目な子。わたくしのお風呂が遅れてしまうのもあの子のせいだった。毎日きちんと指導してあげたけれど、全く駄目。


ソフィアは生意気な子だった。わたくしがしっかり教育してあげているのに、謝りもしないし感謝もしないのよ。最初の頃は泣いていたけれど、いつの間にか泣かなくなった。その代わりにじっとりとした気持ち悪い目でわたくしを見るようになった。本当に生意気。最近は反応すら寄越さないのよ。


ソフィアは不真面目な子だった。言いつけた時間に起きないし、やれと言ったこともやっていない。こんなに駄目なのだから、せめて真面目であったらと何度思ったことでしょう。こんな嫁をもらってお兄様はお可哀想。


ソフィアは堪え性のない子だった。少し叱りつけただけで大袈裟に泣きわめいたこともあったわ。淑女らしからぬ顔は傑作だった。少しの痛みでも大騒ぎして、本当に煩わしい。


そんなソフィアが王城でのティーパーティーに呼ばれた時は驚いた。何かやらかして不敬罪であの子の首が飛ぶのは良いけれど、わたくしや家族に影響がないように目を光らせなければ。


皆も馬車の中でわたくしに同意してくれていた。自分たちも教育しているつもりでいるが、わたくしばかりに教育させて申し訳ないと。わたくしは素晴らしい淑女の中の淑女であり、自慢の娘だと言ってくれた。わたくしは波打つ金髪に碧眼の愛らしい容姿をしている。ジュリエッタの美と教養は由緒正しい我が一族の誇りであると、いつも褒め讃えてくださる。そんなわたくしはこれからもあの子の教育を頑張らなければ。



馬車がゆっくりと止まった。お父様はお母様を、お兄様はわたくしをエスコートして馬車を降りる。

待ち構えていた侍従の先導の元、王城内を歩いた。


誰ともすれ違わない。大きな夜会などで呼ばれた時には貴族や下働きとすれ違うのに、どうしてかしら。ああ、小規模のティーパーティーだからなのかもしれないわね。

いつも遠くからしか見られない王族の方々とこのような機会があるなんて、わたくし達の努力が認められたのね。素晴らしいことだわ。


きっとこれからわたくし達は王族と懇意にしている上位貴族としてきっと社交界で更なる注目を浴びるでしょう。身体が歓びで震える。

いけない。淑女たるものいつも淑やかにしなければいけないのだから。そっと扇子を握り締めた。


先導の侍従が階段を降りる。煌びやかな明かりが灯された美しい階段をゆっくり下っていく。


やがて、同じ煌めいた明かりが爛々と光る廊下に出た。窓はないが、外の風景が見られなくとも廊下に飾られた素晴らしい品々を見ているだけで心が躍る。


やがて、ひとつの扉に辿り着いた。侍従が恭しく下がる。


「こちらでお待ちです」


扉を開ける気配は無い。

自分で開けろということだろうか?客人に開けさせるとは、王族の侍従なのに教育がなっていない。こんな不愉快な者を案内役に付けるなんて、わたくしが王妃様と仲良くなった暁には進言して差し上げないと。


不満気に眉をひそめたお父様が両開きの左扉を、同じ表情のお兄様が右扉を押した。扉がゆっくり開かれるーーーーー





広がる光景に息を飲んだ。見たこともない形の豪華なシャンデリア。床の絨毯は美しいワインレッド。壁紙もひと目で高級さが分かるつややかな白銀。


中央には白磁のテーブルセット。色とりどりのお菓子がティースタンドを彩り、その繊細な煌めきは芸術品のよう。さすが王城のティーパーティー、全てが一級品で素晴らしいわ。


しかし室内には誰もいない。王族は多忙ゆえに仕方がないとしても、あの忌々しいソフィアですらいないなんて。

わたくし達を待たせるなんて、本当に駄目な子。


扉から遠い席から、お父様、お兄様、お母様、わたくしの順で腰掛ける。それぞれ着席すると同時に扉が閉まった。

給仕のメイドもいないなんて。わたくし達が座ったら直ぐにもてなしを開始するべきだわ。こちらも王妃様に進言をーーーーーーーーー














なんだか寒い。

身が震える寒さで目を覚ますが、なにかがおかしい。身体が動かない。

目線の先には白磁のテーブルセット、白いティースタンド、見事なお菓子。先程と同じ景色だが、頭も、腕も、腰も、足も、きつく固定されているのか全く動かない。口には何かが嵌っていて、くぐもった声しか出せなかった。

眼球だけを動かすと、両親と兄の姿が見えた。


全員黒いベルトで身動きが取れないように拘束されている。衣類は全て取り払われ、口には丸いリング状の黒い拘束具が取り付けられている。お母様は震えて涙を流し、お父様は憤怒で顔を赤く染め、お兄様は困惑と恐怖で目を泳がせていた。




「やあやあ、無様なオーギュスト伯爵家の皆さん。ティーパーティーはお楽しみ頂けているかな?君達にふさわしい場を用意したんだよ。遠慮なく楽しんでいってくれたまえ。私が直々にもてなしてあげよう」



その言葉が終わると同時に、突然兄から獣のような悲鳴が上がった。



「ふふふ、次期伯爵とあろう者がなんて声を上げるんだ。きみは堪え性のない男だね」



楽しそうな声色に似つかわしくない翳った目をした男性が兄の横に現れた。

遠目から見たことがある。我が国では珍しい黒髪に、同じ色の瞳を持つミハエル第三皇子殿下だ。異国人の母を持ち、第一、第二皇子殿下とは異母兄弟にあたる。


ミハエル殿下は黒い長いローブにブーツ、同じく黒い手袋をしていた。全身を闇に包んだ彼は御伽噺に出てくる悪魔のよう。そしてその右手に握られているものは大きなナイフとーーーーー左手には赤い液体を滴らせるナニカ。


お兄様がガクガク震えながら固く目を閉じている。顔中脂汗がにじみ、口からは苦痛の呻きがとめどなく溢れてくる。その尋常ではない様子に驚いていると、隣のお母様がぐったりとした様子で目をつぶった。どうやら気絶してしまったようだ。


一体何が…?


「本来ならば淑女に見せるモノではないのだが…お前達は人の皮を被った悪魔だ。良く見ろ」


殿下が手に握っていたモノを放り投げる。わたくしの前にゴロンと着地したソレは、男の象徴だった。


「ゔヒッ…!!」


閨教育の教本でしか見たことがないソレは、今は血に塗れ赤黒く染まっている。わたくしは信じられない光景に目を閉じることしか出来なかった。



「オーギュスト伯爵令息、グレズリー。お前はソフィアの美しさと資産に目を付け、外出中の彼女を騙して薬を盛り手篭めにした。既成事実を主張して結婚したが、ソフィアの美しさに嫉妬した妹の抗議が面倒になりソフィアの守護を放棄した。しかも、閨がつまらないと、…そんなくだらない身勝手な理由で彼女を嬲り、妻として、人間として扱うことも無く冷遇した。その大罪、お前の身体で贖ってもらう」



靴音が近付いてくる。言っている意味が分からない。お兄様の結婚の過程なんて知らなかった。でも、それは殿下には関係の無いことなのに、あの子がつまらないなんて、つまらないあの子が悪いのに、わたくし達は間違っていないのに。


隣のお母様からくぐもった悲鳴が上がった。ナイフが右手の親指の先を切断している。


涙を流すお母様には目もくれず、わたくしの目の前にある陰茎を再び手に取るとゆっくりお兄様の元へと戻って行ったーーと思いきや、通り過ぎてお父様の前で立ち止まる。



「オーギュスト伯爵、ジェイコブ。お前は資産目的で息子をけしかけ、ソフィアと婚姻させた。ソフィアの身の安全の保証として子爵家に金を無心し、その裏ではソフィアの若さ、美しさに魅入られ暴力により無理矢理関係を結んだ。嫉妬で娘がソフィアに無体を強いるのを止めもせず、ソフィアに欲をぶつけた。己の欲に塗れたその大罪、許されがたし」



知らない知らない知らない。お父様がソフィアを抱いていた?あんな貧相な女を?知らない。そうだとしても誘惑したのはあの女だ。絶対にそうよ。お父様が悪い訳がーーー


殿下は手に握っていたお兄様の陰部を、おもむろにお父様の口元のリングに突っ込んだ。



「ガァッアア゛、!ゴヴッ!」



「お前の粗末なモノはゆっくり丁寧に片付けてやろう。身体にくっついたまま皮を剥いで、先端から細かく刻んで、お前の()()()奥方に差し上げないと。」



お父様は口にあるモノのせいで声すら出せない。喉奥から漏れ出る咆哮が、殿下が有言実行していることを示していた。



高級なソーサーの上に赤い肉塊が盛られる。

お父様はぐったりと青ざめていた。


「さて」


指の痛みで気絶も出来ずひたすら涙を流していたお母様の元へと黒衣の影が近づく。


「オーギュスト伯爵夫人、アンリエッタ。お前は娘がソフィアにしている仕打ちを肯定し、自分自身も若く美しいソフィアに嫉妬していた。伯爵…夫が閨を共にしていると知ってからは尚更。己もソフィアを冷遇し、使用人以下…いや、家畜以下の暮らしをさせる娘の補助を積極的に行った。その醜い性根は正さねばならぬ」


ソーサーの中の肉塊がお母様の頭上から降り注ぐ。お母様は悲鳴もあげられず震えていた。そしてナイフがシャンデリアの明かりを受けて赤く煌めいた。


「ウ、ギ!!アアウ!ウアアアア゛!!!」


1本ずつ手の指が落とされていく。拘束具ごと椅子が揺れ、鉄錆の臭いが強くなった。それと同時に、独特のアンモニア臭が広がる。



「ああ、いくら粗相をしても大丈夫。君達はもうすぐ何も分からなくなるだろうから社交界への影響はないよ。良かったね。君達は()()()()()でこの世を去る()()だから、いくら身体がバラバラになっても大丈夫なんだ。安心して欲しい。血を失いすぎる前に…意識のあるうちに早くおもてなしをしないとね」



「うが、うがあ!!」


お兄様がうめいた。


「私がなぜこんなことをするか理解出来ない?君達は本当に愚かだね。私のーーー……龍の逆鱗に触れたのさ。ソフィアは私の幼馴染みで、恋人だった。知らなかったかい?私達の仲はそこそこ有名だったんだがね。母が異国人であり、後ろ盾が弱い私が子爵令嬢を娶るためには地盤を安定させ、周囲を納得させる実力を示し、彼女を兄上の派閥の邪魔にならない信頼出来る高位貴族の養女にしなければならなかった。外堀を固めている間に君達に愛する人を掻っ攫われた、彼女を守れなかった、ただの間抜けな男さ。……だが、ソフィアを壊した君達の事は絶対に許さない」


それから殿下はお父様とお母様とお兄様を代わる代わる刻んでいった。爪を剥ぎ、皮膚を削ぎ、目に針を刺し、鼻を削ぎ、肉を刻み…今どこをどうしているのか丁寧に解説をしながら。


真っ先に動かなくなったのはお母様だった。次にお父様、お兄様の順でその肉体から命が喪われていく。


その間、わたくしはずっと目をつぶっていた。わたくしだけは何もされなかった。きっとわたくしは美しいから、利用価値があるから、生かされているのかもしれない。

異国人の穢れた血が入っているとはいえ、殿下は美しい。並び立てばわたくしの金髪も映えるだろう。ええ、きっと、わたくしの美しさが認められて殿下とーーーーー



「待たせたね。オーギュスト伯爵令嬢、ジュリエッタ」



無意識に身体が震える。底知れぬ闇を感じさせる声色だった。



「きみは特別さ。きみがソフィアにしたことを思えば、これで終わってしまうのが残念でもある」


ぐちゃ、ぐちゃ、と水気のある足音が聞こえる。目をつぶっていたらどんなことが起こるのか分からない。だけど目を開けるのも怖い。どうしてわたくしがこんな目に、どうして、あの子さえいなければ!



「ソフィアにしたこと一つ一つ再現してあげようか。まずは腐ったネズミを食べさせてあげようか?それとも熱い湯を顔にかける?ああ、全裸で髪の毛を雑巾替わりに床を拭かせるのもいいね。それとも穴の空いた桶に井戸水を汲ませ、薄着で雪の中を井戸と屋敷と50回往復させようか?もちろん少しでもこぼしたら食事抜きにむち打ちだ。冬じゃないのが残念だけれど、できるだけ状況を近付けてあげるよ。貧民街のゴロツキに代わる代わる可愛がって貰うのもいいね。他にもたくさん覚えがあるだろう?全て再現してあげる。そうして最後は指先からゆっくりと刻んで焼くのはどうだろうか。きっと早く殺してって思うだろうね」



身の毛もよだつ憎悪を一身に浴びている。ああ、何故。わたくしは間違っていないと、皆が言っていたのにーーー



彼の言った全てがそう遠くない未来、自分に降りかかることを理解した。
















「ソフィア、ソフィア?きみを苛む全てが片付いたよ」



ベットに横たわる彼女のそばで囁くが、ソフィアは応えない。以前の姿とは似ても似つかないくらいに痩せ衰えた彼女は、心を固く閉ざしてしまった。輝くプラチナブロンドの髪は老婆のように白く細く、斑に抜け落ちている。顔は火傷の痕が痛々しく、手指はかさつき傷だらけだ。僕が触れるとほんのり頬を赤らめてはにかむ笑顔が世界でいちばん美しかった。今の彼女は一日中ぼんやりして話すこともない。


「ソフィア、ねえ…ソフィア…ッ」


「僕に力がなかったから…僕がきみを守れなかった…」


「ごめん、ソフィア…」


広い部屋に僕の声がやけに大きく響く。



「きみがどうなろうと、それでも僕は。きみを愛してるよ」





誰もが寝静まった真夜中。ソフィアは静かに涙を流した。



「ミ…ハエ………ル………あ…いし…て、る…わ………」

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