ロティアナの変化。
ーーーもうすぐ、始まるのね。
ロティアナが、演説への緊張から、王宮のテラスがある部屋の中でこっそりと深呼吸をしていると。
「大丈夫か?」
「はい……申し訳ありません」
リザルドに気づかれてしまい、恥ずかしさで顔を伏せる。
淑女としてあるまじき振る舞い、と考えて。
近くにいるクレッサの影武者が目に入り、彼女を思い出した。
自由奔放で、口が悪くて、礼儀も礼節もまるでなってなくて。
でも、真っ直ぐで苛烈で、毅然としていて。
人を惹きつける魅力を持った女性。
ーーー淑女として……?
いつの間に、そんな価値観で物を考えるようになったのか。
父の屋敷に連れられてからこっち、そんな一挙手一投足を縛られた世界が嫌で嫌で、仕方がなかった筈なのに。
リザルドの隣に立つ為に、恥ずかしくないようにと努力はしたけれど。
ーーー人目を気にして、自分を殺して。
その結果得られたものは、何の権力もない、空虚な『聖女』の肩書きだけ。
けれど。
ーーー淑女として、では、ないわ。聖女として、でもない。
ロティアナとして、だ。
ただ一人のロティアナとして、今日は人前に立つ。
淑女としての振る舞いも。
聖女としての修練も。
それは、自分の行動の軸、ではない。
ロティアナとして、リザルドの為に。
悲劇を終わらせたい、ただ一人のロティアナとして。
それが、軸だ。
自分という軸が一人で立つためには大切なのだと、クレッサが、毅然と立つその姿で教えてくれたのだから。
横に並び立つなら、見習わなければ。
聖女の力も、淑女の立ち振る舞いも、一人のロティアナとして立つ為の武器でしかない。
でも、望まずとも身につけたその武器が、今、この瞬間に役に立つ。
力のみを求められて、辛い修練に耐えたことも。
陰で小馬鹿にされても、必死で身につけた礼儀礼節も。
全て無駄ではなかった。
ーーーきっと、今日この時の為に。
「リザルド様。わたくしは、わたくしにしか出来ない役目を与えて貰ったことに、感謝しております。そして、クレッサと出会えたことにも」
ロティアナがそう告げると、リザルドは僅かに目を見開いた。
「……どうして、驚いておられるのですか?」
「いや。……人は、わずかの間でも変わるものなのだと思ってな」
何故か寂しそうに自分の掌に目線を落としたリザルドは、ある時から少し暗い目をするようになった。
ちょうど、教会のエラー枢機卿と面会をした辺りから。
「君から、目を離せないな」
すぐに目を上げて、表情を和らげたリザルド様に、胸を高鳴らせながらも、ロティアナはふと思った。
リザルドに、今まで支えて貰ってばかりだった。
彼も、ロティアナとは比べものにならない重荷を背負っている筈なのに。
でも彼は、そんな中で素振りも見せず、ただ優しくて。
なのに、その瞳の影に気づけたのは。
あるいはリザルドがそうした姿を見せてくれるようになったのは。
ロティアナ自身も、成長できているのだろうか。
少しは信頼してくれているのだと、考えても良いだろうか。
もし、そうなら。
ーーーなら、わたしは。
「リザルド様を支える為に、弱いままでは、いられませんもの」
そう告げて微笑みかけると、リザルドがまた驚いて目を丸くした。
「ロティアナ……」
「見ていてください。わたくしは、今日、この役割をやり遂げて、少しは頼りになるということを示します。……リザルド様に、何かお辛いことがあるのなら、わたくしが少しでも受け止められるように」
胸に手を当てて、ロティアナは一呼吸置いた。
勇気が必要だ。
でも、言葉にして伝えなければいけない。
自分から示さなければ、今までの、受け身のロティアナから変われないから。
「お慕いしております、リザルド様。出会った時からずっと」
「……!」
「変わるきっかけは、クレッサ様かもしれません。ですが、そこに至るまで、ずっと支え続けてくれたのは、リザルド様です。……ありがとうございます」
一瞬、リザルドの瞳が揺れた。
「君は……本当に、変わったのだな」
「はい。今は頼りないかもしれないですが、いずれ、リザルド様がわたくしの前では無理する必要がなくなるように、なりますから」
そこで、陛下がご入室され、会話が途切れる。
やがて、兵士の号令が聞こえて、ロティアナたちは集まった民衆の前に、進み出た。




