4 救助
「君、大丈夫か? 生きているのか?」
「う……?」
「よかった、生きてた」
「おい、生存者だ! 【治癒士】こっちだこっち!」
「ここは……?」
「怖かったろう、もう大丈夫だ」
声を掛けられ、意識を取り戻したセリナ。
何が起きたのか分からず混乱する思考と、定まらない視線で周囲を見渡す。
空は雲一つない快晴。
すっかり日も昇り、所々に点在する水たまりの水面は降りそそぐ太陽光を反射し、キラキラと輝いている。
寝ているセリナに声をかけてくれたのは2人の男性。
目線を上げ身なりを確認すると、簡易的な鎧甲冑を着ており、騎士である事がうかがい知れる。
どういう事だろうと周囲を見渡し、状況を確認。
そこには大勢の騎士たちが崩れた山の斜面をロープでここまで降下してきており。
自身の近くに、人が並んで横たわっている事に気が付いた。
そして、意識を失う前何が起こったかも思い出してしまった。
押し寄せる恐怖に表情が一気に青ざめ、両手を抱えて震えだす。
「だ、大丈夫か!?」
「安心しろ、君は生きてる。もう怖い事はない」
「私……生きてるの?」
「あぁ、生きてる、生きてるぞ。よく頑張ったな」
恐怖で震え出してしまったセリナを安心させようと、騎士は優しく抱きかかえる。
セリナは全身泥だらけであり、そのままでは鎧が汚れてしまうのにも関わらず。
震えるセリナの背を優しく叩き、頭をなでてくれる。
「あーあ、綺麗な金髪が泥だらけだぞ」
「お、嬢ちゃん翠眼の綺麗な目をしてるな。この辺りじゃ珍しい」
「ふえ……?」
人肌と優しい声に安心したのか、セリナの震えはようやく収まり、心配してくれた2人の騎士と目を合わせる。
「生存者、こちらですか!?」
「おう、遅いぞ治癒士!」
「早く回復魔法で治療してやれ」
そこへバチャバチャとぬかるむ地面を駆けて一人の男性が駆け寄ってきた。
彼も鎧を身に着けてはいるが、セリナを抱えてくれた2人よりかは軽装。
体つきも騎士の2人よりも細く、戦闘を主とする役割ではなさそうだ。
「ちょっと怪我を見せてね……ってあれ?」
「どうした治療士、変な顔して」
「いえ、この子、怪我してないですよ?」
「は? 何言ってんだ」
「地すべりに巻き込まれたんだぞ、無事な訳がないだろう」
「いやでも、痣ひとつないんですってば」
騎士に抱きかかえられたセリナへ治療士が回復魔法をかけるべく、怪我状況を確認する。
顔、瞳、腕、脚、胴体。
それぞれ手で触り、キズや打撲の痣がないかを調べてゆく。
ところが、どういう訳かセリナの体には痣どころか擦り傷一つ見つからない。
並べられている遺体はどれも損傷が激しいだけに、セリナが無傷と言うのはありえない話だ。
「顔に血の跡があるが?」
「これもう乾いてますね」
「血を辿っていけばキズがあるだろ」
「それがないんですよ。キズがあったらしき血の塊はあるんですが、ないんです」
どういう事だ、と首を傾げる騎士2人と治療士。
やがて視線がセリナへと注がれるが、少女も3人同様首を傾げる。
もっとも、彼女は傷がないという事よりも3人の話の内容が理解できていない様子なのだが。
事態が呑み込めず途方に暮れる騎士と治療士。
そこへ他の者よりもしっかりした鎧を付けた、やや年配の騎士が近づいてきた。
「待たせた。生存者はこの娘だけか? 怪我は?」
「は! 部隊長殿、他生存者は見当たらず、怪我はない模様です!」
「怪我がない……? 君、名前は?」
「セリナ……」
「ふむ……セリナ、遺体を掘り出し、狼を退治した一団を覚えているか?」
「……?」
近づいてきたのは作業を行っている騎士たちを指揮する部隊長。
セリナを抱えていた騎士へ声をかけ、続けてセリナへいくつか質問をする。
しかし、セリナは隊長が語る質問の意図が分からず、先ほど同様首をかしげるばかり。
「隊長、一団、でありますか?」
「そうだ。地すべりに巻き込まれ埋まった人々を掘り起こし、遺体を荒らそうと迫った狼を退けた何者かがいる」
状況はこうだ。
強烈な雷雨により発生した地すべりに馬車が巻き込まれ、土砂ごと盆地へ流れ落ちた。
馬車に乗っていた人々は馬車ごと土砂に埋まり、セリナを残し亡くなった。
そこへ何者かが現れ、生き埋めになっていたセリナを救い出し、犠牲者も土砂の中から掘り起こした。
さらに負傷していたセリナを治療し、亡くなった者全員を並べ、襲ってきた狼を撃退した。
これがこの現場を捜査する騎士の隊長が情報をまとめて行きついた結論だ。
「そんなことがあり得るのですか?」
「冒険者パーティーかもしれん。少なくとも一人ではないだろう」
「あの雷雨の中を、でありますか?」
「そうとしか考えられん。でなければ遺体が並んでいる事もこの娘の傷が治っていると事も説明できん」
すべて状況証拠であるが、騎士たちもそれを否定することができない。
それでも、あの雷雨の中発生した地すべりの現場に訪れ、犠牲者を掘り起こし狼まで撃退したなど、簡単に考えられる話ではない。
高ランクの冒険者一行であったとしても、だ。
「とりあえずお前はこの子を教会まで送れ。上にある馬車を使ってよい」
「は、了解いたしました!」
「セリナと言ったな。この災害からよく生き延びた、えらいぞ」
「……うん」
騎士たちと話を終えた隊長は、それまでとは違う優しい声でセリナに声をかけ、頭をなでてくれる。
当のセリナはやはりよく分かっていないようだが。
「よし、行け。お前は登るのを手伝ってやれ」
「は!」
「はっ!」
隊長の指示を受け、騎士はセリナを背に移し、もう一人のサポートを受けつつ傾斜に下げられたロープを登る。
「なぁ、隊長の言う事が信じられるか?」
「いや、無理だろ。都合がよすぎる」
「都合いいと言えば昨日の嵐。いきなり収まるとかおかしくないか?」
「教会の連中は神の思し召しだと言ってたが……」
昨日の嵐にも不可解なことが多かった。
朝から風が強く、昼過ぎより空が暗くなり始め。
夕刻の前には雷を伴った激しい雨が降りめたのだ。
その雨脚の強さと雷鳴から一晩は続くと思われていた。
だが、何故か日が沈み切る前にぱったりと止み、雲一つない夕焼け空へと豹変。
こんな事は日々街の守衛隊を務め、この辺りの天候を知る彼ら騎士団にとっても初めての事だった。
不思議に思いながらも、翌朝になり雷雨の被害確認をしている所に舞い込んできた2つの通報。
一つは「山道が地すべりで流れた」というもの。
もう一つは教会の司祭から「馬車が帰ってこない」と言う緊急性を要するものだった。
馬車の想定されるルートがちょうど地すべりのあった山道を通るルートだったことから、騎士団は最悪を想定。
普段よりも多めの人数と装備で地すべりが発生した現場へ向かった。
結果は想像通り。
崩落した山肌、盆地に溜まった土砂。
土砂に中に点在する馬車の破片。
騎士団はすぐさまロープを使い崩れた斜面を降り。
同時に随伴した魔導士が緩くなっている斜面を魔法で固め、二次災害を防止。
現場の惨状から、生存者はおろか遺体回収すら難しいだろうと、誰しもが想像した。
ところが、現場に降り立ってみれば被害者全てが土砂の中から掘り出され、綺麗に並べられているではないか。
近くには倒木を削りだしたベッドで寝ている少女。
周辺には人間との戦闘で倒されたであろう複数の狼の死骸。
明らかに何者かがこの場にいた痕跡があったのである。
しかし、これほどの事が出来る人間など多くはない。
そんな人物があの嵐の中、山道の地すべりにたまたま居合わせたという解釈には説得力がない。
現に、それを行った人物は姿を見せないのだから。
「あの嵐、もしかして魔術でかき消した、とか?」
「バカ言うな。そんな事ウチの聖魔導師団だって出来るかどうかだ」
「だよなぁ。一体何だったんだ昨日は」
斜面を登るため騎士の背中に移ったセリナ。
騎士は必死にしがみつく少女に細心の注意を払いながら斜面を登り、待っていた馬車に駈け寄った。
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