2 回り始める運命
鳴り響く雷鳴。
降り続く豪雨。
日が沈むにはまだ時間があるというのに灯りを必要とするほどに暗い山道を進む、一台の馬車があった。
「くそっ、こんなに天気が悪くなるなんて!」
「バカやろう、だから雨が降り出す前に野営しようって言ったんだ!」
「イケると思ったんだ、しょうがねぇだろうが!」
「何にしてもこの山道を抜けなきゃ休むことも出来ねぇ」
天幕付きの2頭立て四輪馬車を操る2人の御者。
だが、彼らの表情は吹き荒れる暴風同様険しく、互いにいがみ合う。
この大雨で地面はぬかるみ、2頭の馬で引いているにもかかわらず馬車の進みは遅い。
山道の片側側面は斜面になっており、無理に馬を急かすことも出来ず、雨を避けられるような場所もなく。
馬車を進めるにはこの上なく最悪な状況。
御者の表情がさらに険しくなる中、天幕の中から一人の女性が顔を出した。
「すいません、私が無理を言ったばかりに」
「顔を出すなシスター、危ないぞ」
「アンタの案に乗ったのはオレだ。気にするな」
「ですが……」
「いいから。シスターは中の子供たちを見てろ。まだだいぶかかる」
「分かりました……」
御者にそう言われ、出していた顔を天幕の中に戻すシスター。
その視線の先にいるのは嵐に怖がる10歳程度の子供たちとそれをなだめる神父だ。
「シスター、怖いよう」
「馬車は止まらないの?」
「雷、キライ……」
「大丈夫よ、神様が守ってくれるわ」
「ほんとう、神父様?」
「ええ。みんな神様から素晴らしい才能を授かったのですから、怖がることなんてありませんよ」
ここに居る子供たちはただの少年少女ではない。
教会所属の神父とシスターが近隣の町村を回り、10歳の子供に対して行う神聖力検査に合格した子供たちなのだ。
神聖力検査は任意ではあるが、合格し希望すれば教会で神聖力を扱うための訓練を受けることができる。
親族に対しても支度金が支給されるため神聖力検査、訓練希望者は共に多い。
合格した子供たちも、訓練次第では神聖魔法を扱えるようになり人々の役に立てるとあって積極的だ。
そんな子供たちを探し出した帰り道。
教会の総本山、子供たちの教育施設もある街ガローラへあと山一つまで来たところ。
雲行きが怪しくなり始めたのを強行。
天候が悪化する前に山を抜けようと思ったのがこのざまである。
「セリナ、大丈夫?」
「うん。怖いけど、大丈夫……」
怖がる子供たちを心配したシスターが声をかけたのはセリナと言う名の少女。
彼女は辺境の街にある孤児院にいた捨て子だ。
孤児院で与えられていた食事は最低限。
それゆえか、彼女の体つきは同世代よりも小柄だった。
綺麗な金髪も、生活環境からボサボサで汚れも目立ち、肌も健康的とは言い難い。
セリナの瞳はそんな風貌を忘れ去るほど、見るものを吸い込んでしまいそうなほどに美しい光を放つ翠眼。
彼女はその純粋な眼差しで、声をかけてきたシスターを見上げていた。
各地の孤児院は協会直営の施設である為、神聖力検査は全員が受け、合格者は訓練を受けることになっている。
辺境の街の孤児院では少女が唯一の合格者だった為、乗っている子供達の中に友達はおらず、着ている服も一番貧相なものだ。
その為かここまで来る間も他の子と馴染めず、ずっと一人、馬車の隅っこで丸くなっていた。
神聖魔法が使えるようになると孤児院のシスターからは聞かされ嬉しかったが、10歳になったばかりの少女にはやはり心細さが強かったのだろう。
「もう少ししたら街に着きますからね」
「はい、シスター……」
鳴り響く雷と天幕を叩く激しい雨音から逃げるように。
シスターから渡された毛布を頭からかぶり、うずくまるセリナ。
すると、大きな地鳴りが響き渡り、馬車が激しく揺れ、横転した。
「畜生、山が崩れた!」
「こんな時に!」
「ヒヒーーーン」
「うわああぁぁっ」
「きゃああぁぁぁ!」
大雨の影響で山が崩れ馬車を襲ったのだ。
崩れる音に驚き足元をすくわれた馬が嘶き、御者が必死に操作しようとする。
だが、押し寄せる土砂には勝てず、山道を外れ側面の斜面へ押し流されてしまった。
水を含んだ重い土砂により馬車は壊れ、馬をつないでいた紐は千切れ、御者は投げ出される。
馬車の中にいた神父にシスター、子供たちも同様に投げ出され、土砂に飲まれながら斜面を転げ落ちて行く。
地鳴りがようやく収まった時には山肌は完全に崩れ、山道は跡形もなく。
傾斜の底にある盆地には、馬車の破片と押し流された木々が土砂に埋まりながら流れ着いていた。
全てが終わった後に響き渡るのは、たった今発生した地滑りなどなかったかのように、降り続く豪雨と雷の音だけ。
土砂の脇にピクリとも動かない馬が横たわり、馬車に乗っていた人は全員が土砂に埋まってしまった。
どう見ても、生存など絶望的。
誰一人助かる事の無かった大災害となる……はずだった。
そんな中。
唯一、セリナだけが土に埋まりながらもまだ息があったのだ。
「げほっ、げほっ……うぅ、痛いようぅ」
シスターから渡され、丸まっていた毛布が馬車の破片や土砂からのクッションになった事が幸いした。
地すべりに巻き込まれ、体をあちらこちらにぶつけ、土に埋まりながら。
それでも意識を失うことなく、生きていた。
しかし、その命ももはや風前の灯火。
いくら毛布のクッションがあったと言っても、全身を振り回され叩き付けられたのだ。
全身のいたるところに痛々しい痣ができ、額には頭部に破片が当たったことで出血し血が垂れている。
「神父さま、シスター……寒いよう……」
天幕を破り、馬車を壊して押し寄せてきた土砂の恐怖。
崩れた土は水を多分に含んでおり、毛布にくるまっていたセリナの体を濡らしてゆく。
音も光も届かない、冷たい冷たい土の中。
「私……このまま死んじゃうのかな?」
全身に力が入らないどころか、土と水の重さで潰されそうになり。
降りやまぬ雨が土にしみ込み、セリナの体から熱をどんどんと奪ってゆく。
それは幼い少女に「死」を意識させるのには十分だった。
「死にたくない……死にたくないよぅ……」
誰にも聞こえない、か細い声でつぶやくセリナ。
やがて呼吸も弱々しくなり、瞳からは光が消えて行く。
「いや……いや……い……や…………」
聞こえてくる自分の心音も弱くなり、意識が深い闇に落ちてゆく。
そして遂に意識を無くす……その時。
『む……ここは』
「…………?」
どこからか人の声が聞こえたのだ。
それは、雷鳴も豪雨の音さえも聞こえない土の中にあって、セリナの頭にはっきりと伝わった。
『ふむ、術は成功……いや……これは……おぬし、まだ生きておるのか?』
「たす……け……て……」
目もほとんど見えなくなり、声の主が誰なのか、どこにいるのかさえも分からない。
それでも、セリナは死にたくない一心で声の主に助けを求める。
「おね……し……死ぬの……は……い……や……」
『なんと、これは驚いた。あい分かった、ここはワシに任せておぬしは眠れ』
「いや……死……の……い……」
頭に響く優しそうな老人の声。
その声に安堵したのか、セリナはついに意識を手放したのだった。
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