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推理作家先生ニヨル空想科学

作者: 川里隼生

「君、聞いてくれよ」

 玄関に入るなり、机に向かう先生が普段より少し興奮した声で僕を呼んだ。玄関からは先生の振り向き顔と背中しか見えなかった。先生は大学に通う僕を下宿させてくれている。

「男が辻馬車に轢かれたんだ。それも道の中央で。傍に停まっていた人力車を避けたから道の中央にいた訳だが、彼の体格なら人力車と建物の間をすり抜ける事も不可能ではなかった。なぜ彼は危険な道を選んだのだと思う?」

 ああ。僕が帰るまでに思い付いたのだろうな。僕には答えが直ぐに判った。


「答えを当てたら何か貰えますか?」

 先生は腕を組み、ウーンと唸った。頭を捻られた所で、どうせ碌な物は貰えないのだが。

「そうだなあ。『天晴れ』の一言くらいはくれてやっても良いよ。何せ、最近はずっと鳴かず飛ばずだからね。君にビフテキの一枚も奢ってやれない」

「『天晴れ』ですか。……晴れていたら、その男は建物との間を通ったんでしょうね」

「あれ? もう判っちゃった? じゃあこのネタは没だな」


 先生はガッカリとした様子で机に向かい直り、裏返しの原稿用紙をクシャクシャと丸めた。余白が勿体ないと思うのは、僕が作家ではないからだろうか。

「探偵小説に拘らなくても良いじゃないですか。巷で噂の、新未来記、でしたっけ? ああ言う、ええと、サイエンス・フィクション? みたいなのは、先生は書かないんですか?」

 先生はフフッと笑った。

「未来の事など僕には判らないよ」


 紙の次は髪をクシャクシャし始めた。

「僕だけじゃない。誰にも判らないだろう。明治以前の人間が内閣制になることを想像しなかったようにね。だけど、彼らにとってはそれで幸せだったと思うよ」

 先生が言葉を切った。尋ねて欲しそうだったので尋ねてみた。

「どうしてですか?」


「『これほど素晴らしい政治があったなんて。我々は何と愚かだったのだろう』と思わないとも限らない。未来を知らされる事が必ずしも良い事だとは、僕には思えない。未来の人からは、昔の人は愚かに見える物だよ、何時だって」

 日頃から批判的な意見を聞かせてくる事が多いのは、先生が作家だからだろうか。先の露国との戦争についても、賠償金が手に入らなければ無意味だと言っていた。


「なら先生、例えば百年後の人は先生や僕を見て愚かだと指を差して笑うのでしょうか?」

「そうならないように必死で生きているのさ。君は違うかい?」

 否。先生は信念を持った熱い人だった。悲観論者ではなく。

「呼び止めて悪かったね。中に入りなよ」

 言われて、僕は雨に濡れた傘を畳んだ。傘を差したままなら、細い人間でも人力車と建物の間は通れないだろう。

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