戦術訓練
第一修練場。 主に授業で使われる、特殊な結界で覆われた場所で、一葉達は戦術訓練の授業を受けていた。
「それでは~、授業を、始める。 ふぅ~」
紫煙を吐きながら、無精髭を生やした中年男性が開始の合図を出した。
「あ~。 一応、初めて…ではないけど、名前を知らん人もいるから、自己紹介しとこうか。 私は、ワイナリー。ワイナリー・ワララキアだ。 以後、よろしく頼むよ。 という、事で。 みんな、準備体操始めてくれ」
ワイナリーの言う通りにアクセルらは行動を始めるが、一葉だけは棒立ちしていた。
(準備体操?って何するの?)
「ああ、カズハ」
「あ、はい」
「俺らの動きを見て、同じように体を動かしな」
「うん」
両手を上にあげて、横にゆっくりと下ろしていく。そして、下ろしきったら再び、両手を上に…って、ラジオ体操じゃん!
「お? 知っているのか、Radio体操」
「ん? レイ…ん?ラジオ体操でしょ?」
「は? Radio体操だろ?」
発音良すぎでしょ!! 歴代勇者さーん!そこだけ、どうして、英語にしたのー!?
「お? 終わったね。 じゃあ、ペア作って、組み手しよっか。 えっと…カズハ君、だっけ? 君は私とね。初回だし、君の実力も知っておきたいし」
「あ、はい!」
ワイナリーに呼ばれ、向かい合う。
「いつでもかかっておいで」
ワイナリーは構えすら取らずに、タバコを吸っていた。
紫煙を吐いた時に、一葉は体を前に倒し、踏み込む。
ドン! と地面を蹴る音にしては鈍く、大きな音をたてて、ワイナリーに迫る。
ワイナリーの手前で飛び上がり、体の中を左に捻り、右足で回転蹴りをワイナリーの首めがけて放つ。
「おお〜、いい蹴りだね〜」
左手で首を守られ、岩でも蹴ったかのようにびくともしない。 そして、足を掴まれ、放り投げられる。
「うわっ!」
なんとか、空中で受け身を取って着地をする。
「へぇ〜、身のこなしも、なかなか」
「このっ!」
再び、ワイナリーに突っ込んでいき、拳を振り上げた瞬間、背筋が凍る感覚を感じた。 咄嗟に膝の力を抜き、後ろに仰け反りながら、前に滑って行くと、ワイナリーの腕が顔の上を通過していった。
横に飛び去り、ワイナリーから距離を取る。
「危険察知も速いし、反射神経も良さそうだね〜。 うん。じゃあ、次は、こっちから攻撃するから防いでごらん。 もちろん、避けるのでもいい」
「うへぇ…」
ワイナリーの雰囲気が変わり、一葉の頬に冷や汗が伝う。
風が吹き、一葉の髪を靡かせる。
「ふぇ」
靡いた髪が顔にかかった。
ワイナリーの体がブレた。
「ぶえっくしょい!!」
一葉は勢いよく体を前に倒した。
「いぃいいい!」
ゴッ!
「ええ…」
頭に今まで感じたことの無い衝撃が奔り、倒れ込み、地面をのたうち回る。
「うがぁあああああ!」
「えっ、ちょっ! ごめん! 大丈夫!?」
「いっっったぁあああ!」
ワイナリーがすぐさま一葉に駆け寄り、顔を見る。
「先生…顔はないっすわ」
こちらを見ていたアクセルがワイナリーに言う。
「わざとじゃないからね!? 避けるなり、防ぐなりすると思ったら、くしゃみでヘドバンなんて、想定外だよ!?」
避難の目で見る生徒らに抗議しながら、頭を押さえ、泣いている一葉を抱きかかえ上げる。
「とりあえず、医務室に連れて行くから、みんなは…ペアを変えてそのまま継続。 あと、怪我はしないように」
そう言い残し、一葉を医務室まで、駆け足で連れて行く。
医務室の戸を蹴飛ばし、中に入って行くと…。
「急患だ!」
「そうだな。 たしかに、急患だな?」
妙齢の女性がマグカップを片手に、おそらくそのカップに入っていたであろうコーヒーの染みが出来た白衣を着て、頭から血を流しながら、椅子に座っていた。 顔には青筋が浮かび上がり、直ぐ側には扉の残骸が落ちていた。
「で? 何か、言うことは?」
「この子を、診てやってくれないかな〜?」
「違うだろ、お馬鹿!! まずは、謝罪だろ!? ったく。 で? 今は授業時間の筈だね。 何があったんだい?」
「組み手中に顔面にいいのがはいちゃってね〜。 骨は逝ってないと思うけど、念の為ね」
「こんな幼い子の顔面に拳を叩き込んだのかい!? 鬼畜の所行だね。 って、例の子かい…まぁ、良いさね。 どれ、そこの椅子に座らせな」
ワイナリーは、女医の前の丸椅子に一葉を座らせる。
「ほれ、少し殴られた程度で泣くんじゃないよ。 顔をお上げ」
女医は胸ポケットから眼鏡を取り出し、一葉の顔を上げさせ、様子を診ていく。
「ふむ、前は特に問題ないね」
一葉の肩を掴み、回して、後ろに向かせる。
「首の骨も特に問題なし。 首は回せるかい?」
「う、うん。でも、い、痛い」
「ほーん。 筋でも痛めたかね。 ま、しばらくは固定して、様子見だね」
女医は、立ち上がると、壁際に置かれた棚から、白い布状のものを取り出し、バケツに湯を張り、そこに布を浸す。
少し布を揉んで、軽く湯を切ったあと、一葉の首に合わせる。 鋏でカットして、大きさを合わせると、一葉の首に包帯を巻き、その上からカットした物の顎の下に巻き付けて、さらに、その上から包帯でズレてこないように固定していく。
「苦しくないかい」
「うん」
「一週間は着けてな」
「あい」
「これで、処置は終わりだよ」
「ありがとう、ホノカ先生」
ワイナリーは、女医――ホノカ――に会釈して一葉の脇の下に手を入れる。
「わわっ。 ワイナリー先生?」
「いいから、いいから。 今日は大人しくしておきな〜」
「そうだね。 今日はもう、運動はやめときな。 それと、ワイナリー!」
「はい?」
「後で、直しな」
顎で、扉の残骸を指す。
「わかってますよ」
「「わかってますよ」じゃない! 元から、壊すんじゃないよ! 馬鹿たれ!」
「ははは…」
「ったく。 もう行きな」
ホノカは手をひらひら振るとワイナリーから視線を外し、自分の怪我の処置をしていく。
「じゃあ、戻ろうか」
一葉を抱えて、修練場に向かう。
「あ、先生!」
「お? 感心、感心。 ちゃんと、やってるね〜」
修練場に戻ると、ウィリアムとガイル。 ラナとトアが丁度、組み手をしていた。
ウィリアム達の方に目を向けると、ガイルが防戦一方で、ウィリアムが猛攻を続けていた。 ウィリアムがハイキックをすると、ガイルは手の甲で防ぎ、足払いを掛けて、ウィリアムを床に叩きつけた。 そして、膝でウィリアムの胸を押さえつけ、貫手を突きつける。
「そこまで!」
アクセルの静止の声がして、ガイルをウィリアムの上から退き、手を差し伸ばす。
「ありがとう。 やっぱ、強いなぁ」
「ウィリアムも。 腕を上げたね」
労い合いながら、あそこが良かった。ここが駄目だったと助言をしあっていた。
一方、ラナの方は、というと。 地面を足が踏みしめる音、滑る音しかしなかった。 少なくとも、少し離れている一葉の耳には聞こえなかった。
二人共、お互いの攻撃をしゃがんだり、横に避けたりしていた。
極めつけは、ラナが上段回し蹴りを繰り出し、トアが頭を下げて避ける。そして、そのまま、前に踏み込むと、ラナは回し蹴りで出した足を素早く戻し、地面を蹴って、飛び上がり、トアの体を飛び越える。 トアはすかさず、反転し、ラナの着地時を狙って裏拳を出す。
「ッ!」
「〜っ!?」
ラナは、着地と同時に、体をのけ反らせて裏拳を避け、トアの腕を掴んで、引く。 突然引かれたトアは、そのまま引かれる方へ体を倒してしまう。
「!!」
ラナは、そのまま、体を回すようにして、トアを振り回し、地面に転がした。
「これで!」
「まだ!!」
ラナが、トドメの一撃を出そうとしたときにトアは体を横に転がして避け、足を振り上げて飛び起きる。
「まだ、やるんですの!? しぶといわね、貴方!? ゼェ…ゼェ…」
「ラナさんの方こそ、そろそろ、倒れてくれませんか?! はぁ…、はぁ…」
二人共、息をきらせて、肩で息をする。
「ああ、ベリー嬢? 二人はいつから?」
「先生がカズハ君を連れて、医務室に向かってからずっとですね」
「わぁ…、少なくとも30分は戦いっぱなしかー。 そら、息もきれるわな〜」
ずっと、戦いっぱなしと聞き、呆れるワイナリー。
「そこまで! 二人共、終了だよ〜。 君ら二人で戦いっぱなしは駄目だよ」
「「あ!」」
「ごめん、ベリー」「ごめんなさい、ベリーさん」
「ううん! いいの、いいの! 二人の戦いを見てて、演武を見てるようで楽しかったしね」
ベリーは手を振り、「気にしてないよ」と言って、微笑する。
「さて、いい時間だし。 みんな、今日は終わりだよ! ストレッチを始めて」
カズハは、見学していたシャガルの横に座らされ、みんなのストレッチを見る。
見ていると、みんな、身体が柔らかい事に気がついた。
(ああ。 だから、あんな動きが出来るんだ。 身体が硬いと、あんな動きしたら、痛めちゃうからね)
と一人で納得した。
「首は大丈夫?」
「うん。 動かそうとすると少し痛いけど、固定してあるから大丈夫だよ」
「そっか。 なら、良かった。 にしても、お互いこんなんだし、手合わせは当分先だね」
「はは…、そうだね」
シャガルと話している内に、みんなのストレッチが終わり、授業時間終了のチャイムが響き聞こえてくる。
こうして、戦術訓練が終わった。




