まさかの虫嫌い
”深藍の森”
スピカ皇国のいくつかある森のうちの一つ。 敷地はそこまで大きくは無く、生息する魔物も魔獣も然程多くない。 森の中心部は魔素が濃く、深入りしなければ、低ランク冒険者や学生の訓練相手には十分の強さのモノしかいない。 そして、この森は女性冒険者には不人気の場所だ。
何故なら……
「ヒィィヤァァアア! こっち、来ないでェエエエ!」
ドン! バンッ! グシャッ、バキッ!
「おうおう。 すっげぇ暴れっぷり」
「だね」
「でも、意外だったね。 まさか、カズハが虫が駄目だったなんて」
そう、”深藍の森”の魔物は虫しかいない。 人の身の丈を超える巨大な虫だ。 もちろん、普通の虫もいる。
カズハは、虫、というものを見たことがない。 皇都にもいるのだろうがカズハは見たことがない。 というのも、虫が近づくと人知れずと魔剣が排除していたからだ。 そして、森に入ってからアクセルらに森に住む生態環境を聞いていると、おもむろに木に近づき、一匹の虫を見せてきたのだ。
ギチギチと無数にある足を動かし、羽をばたつかせる。
「ヒェッ! き、気持ちわっる」
そう溢すと、周りで聞いていたベリー達が、苦笑する。
そういうやり取りがあって、現在の状況がこれだ。
カズハに見せた虫が手のひらサイズだったが、今、カズハが屠っている魔物は、人より大きい。 その分、気持ち悪さも倍増、そして、喰われるかもしれない恐怖まで上乗せされている。
カズハは、森に入る前に、リンから、封印処置をした”元”刀の大剣を渡された。 リンが身体強化ををして、更に、腕に仕込んでいたガントレットに腕力強化の付与を施し、それを使ってようやく持てる剣をカズハは、片手で軽々と持ち上げた。 流石に、その時は、リンも顔を引き攣らせていた。
「ゼェゼェ…」
カズハの周り一面の木は、切り倒され、魔物の死骸がそこら中に散乱していた。
「落ち着いたか?」
アクセルがカズハに近づき、頭の上に手を置く。
「ぁ…。 アクセルお兄さん…」
「おう! とりあえず、こいつらの処理をしんとな」
周りに目を向け、それに続くと、魔物の血が飛び散り、血溜まりができており、頭の無い魔物の死骸の足がピクピクと動いている。 そんな、惨劇を目にし、胃から上に迫り上がってきた。
「うっ、おぅえぇぇっ!」
「あ、おい! 大丈夫か!? ベリー! ラナ! コイツを頼む」
倒れ込み、胃の中のものをぶち撒けているカズハをクラスの中で比較的心を開いている二人に任せた。
魔物の腹を掻っ捌き、その中心部にある魔石を取り出す。 そうすることによって、魔物の肉体は消滅する。 手分けをして数十分後、全部の魔物の処理が終わり、少し離れたところにいるベリーらの元に向かう。
「あ、みんな待って!」
ベリーの制止。 どうやら、魔物の返り血を浴びているアクセルらを見て、慌てて、一葉の視界に入らないように抱きしめて頭を押さえた。
「どうした?」
「血! 血を落としなさい! みんな、猟奇的よ? そんな姿をこの子に見せる気?」
そこまで言われて、ようやく気づいたのか、魔法で服や体に付いた返り血を落とした。
「もう、良いよ」
「ぷはぁっ! もう、苦しいよ、ベリーお姉さん」
「はは、ごめんね」
ベリーの拘束から解放され、ようやくまともに呼吸ができるようになった一葉は、頬を膨らませた。
それから、何度か魔物とエンカウントし、一葉が錯乱しそうになる度に、ベリーかラナが一葉を押さえて落ち着かせるという事が続いた。
「っていうか、エンカウント率高くね?」
「まあ、これだけ、血が巻き散らかされてたらね…」
アクセルがボヤくと、シャガルが周りの状況を見て呆れる。 魔物は、魔素の多い場所や、魔力や血の匂いに寄せられる。 辺り一面血だらけのこの場所は、魔物にとっては、格好の餌場という訳だ。
「そろそろ、時間だし、湖に向かおうか」
予定では、日暮れまでに入口から中心部のちょうど中間辺りにある湖に全クラス集まることになっている。 そこで、各々のクラス、グループで固まって、2泊3日のキャンプだ。 初日は、テントを張ったり等の拠点づくりも、採点対象に入っている。 一葉達が、湖に着くまでに討伐した魔物の数は100を超える。 詳細の数は、ペンダント型の魔導具に記録されている。 それで、後ほど随伴している教師或いは講師に渡して集計を取るのだ。 集計後は、クラス毎に割り当てられた記録魔導具に記録され、生徒用の魔導具は記録が削除される仕組みになっている。 そして、生徒に返却される。
……! ……ッ…! …ォォン!
(戦闘音?)
微かに、誰かの戦っている音が聞こえた。
「みんな、止まって」
一葉初めて、全員に聞こえるように大きな声で伝えた。
「どうした?」
「前で、戦闘中っぽい。 戦う準備しておいたほうが良いかも」
「何? 前…か。 湖の方向…」
「この森の魔物達の水飲み場になってるんじゃない?」
アクセルが戦闘準備しながら思案していると、レキが、可能性の一つを示した。
「…ありえるな」
シャガルが呟く。
湖に近づいて行くと、アクセル達の耳にも戦闘音が届いた。
先頭を歩いていたガイルがハンドサインで止まるように指示を出す。
「結構な大捕物らしい。 先に着いているクラスの人達が戦っているっぽい。 おそらく、魔物はそっちに気が向いてると思う」
「なら、奇襲か」
「そうした方が良いかも。 比較的足の速い、俺とレキ、シャガルで奇襲と撹乱、でどう?」
ガイルがそう提案すると、名前を呼ばれた3人は頷いた。
「分かった。 じゃあ、ベリーは、怪我人の治療。 ラナとトアは中距離からの援護、状況によっては前に出てくれ。 俺とウィリアムは苦戦してる所に行くぞ」
「あれ、僕は?」
アクセルが指示を出すが、一葉だけ名前が呼ばれなかった。
「お前は……。 どうしような…、ベリーを手伝ってくれ。 後は、俺らで援護しきれないとこでヤバそうだったら、そこに援護に行ってくれ」
「うん、分かった」
一葉は頷き、武器の最終チェックを行う。
(弾は、対魔物用の特殊弾頭。 マガジンは、それぞれ2つづつ。 ナイフ良し、鉄扇もある。 大剣も…うん、いつ戦闘になっても大丈夫だね!)
「じゃ、行ってくる」
ガイルとレキ、シャガルが、飛び出し魔物を後ろから奇襲をかけに行く。
「なッ! 多くねぇか!?」
ブヨブヨした体皮、横に長く、先端は先細りになっていた。
「ワーム、だよな?」
「じゃないかな? でも…」
「「デカすぎないか!?」」
アクセルとウィリアムが叫びながらも苦戦してそうな場所に別れて援護に向かう。
ワームの数は見ただけでも、10体以上。 生徒だけじゃなく、教師も戦闘に加わっているが、それでも数が多い。
今さら数人加わっても、効果を成さないだろう。
だが、たとえ、普段からこちらの事を見下し、蔑んでいる人達であろうと、目の前で魔物達の餌食になりそうになっているのなら、黙って見ている事は出来ない。
「7組 アクセル! 援護に入る! 怪我したやつ、魔力がやべぇ奴は、下がれ!」




