昏睡
パタパタと廊下を走る音を響かせ、リンは教室に向かっていた。
教室のドアを乱暴に開け放つと、そのまま、大急ぎで教室の前に行く。
「ごめんね、みんな。 遅くなった」
教室中がリンに釘付けになる。
「どうしたの?」
コテンと首を傾けた。
「りんちゃん、ローブは?」
ベリーが聞く。
「教師をちゃん付けで呼ばない!」
黒板に備え付けてあるチョークをベリーの額に投げる。
「あいたっ!」
「ローブは、カズハが握りしめて離してくれなかったから一緒に置いてきた。 そんな事より、今から紙を配るから、そこに、1〜5の数字を書いてね」
そう言って、紙を配っていく。
「なんの数字だ?」
アクセルがリンに聞く。
「今度あるクラス対抗戦の種目決めに使うのよ。 種目は5つ。 魔物討伐。 ダンジョン攻略の最高踏破数。クラス毎で総当たり戦を行い代表を決めて、その代表同士のトーナメント戦。 クラス毎のチームで陣地戦。 最後に、クラス毎の学力ね」
「…最後のが意味わからんな」
アクセルの困惑する声が届く。
「最後? ああ。 要するに、定期考査とは別に試験を受けてもらってその点数の合計点数を競うのよ。 正直、これに当たったら、うちに勝ち目は無いわね。 そもそも、クラス人数が違うし」
「ちなみに、どの数字がどの種目かは教えてくれないんですか?」
トアがリンに尋ねる
「ごめんね。 これは、私達教師や講師も教えてもらって無いの。 学園長先生がどの数字にどの種目かを決めてるみたい。で、その後に、みんなが紙に書いた数字を集計して、1番多い物が選ばれるみたい」
「つまり、俺等は中が見えない箱に票を入れて、後で、学園長先生が種目を決めると」
「そういう事だね、アクセル。 だから、みんなも学力テストにならない様に、祈っててね」
今日のコマが全て終わった。 とは言っても午前授業だから、4コマ分だ。
「今日は、もう授業は無いから。活動は、各自自由に行って。 ただし、怪我には十分に注意すること。 私は、一葉を迎えに行くから、その後に顔を出そうと思うけど…」
「今日は、活動も休みにするつもりだ」
アクセルが答えた。
「そう? じゃあ、ゆっくり休んでね。 最近、みんなもオーバーワーク気味だから。 じゃあ、おしまい! 号令は、無し。 解散!!」
リンはそう言い残すと、足早に教室を出ていく。
医務室は、誰かに襲撃されたみたいに荒れ果て、凄惨な状況だった。
「嫌な予感がしたから、急いで来たけど…どういう状況?」
ホノカが、ひしゃげ、ひっくり返ったデスクの脚に腰がけていた。
「まぁ、ちょっとね…」
「ちょっとで済む状況じゃないよね。 うちの子に何をしようとしたの?」
「母親みたいな言い方ね」
「茶化さないで」
「『星蝕鉱』の効果の確認よ。 結果は…このざまよ。 何かしら制限は、受けてるのでしょうけど、あまり効果は無いみたい。 まぁ、魔剣が暴れれば、暴れる分だけ、所持者が苦しんでいたから、本当に危ない状態にならない限りは、魔剣も自立行動はしないでしょうね」
「苦しんでいたって…何をやらせてるの!?」
リンは、ホノカの話を聞き、激昂する。 その体から、魔力が滲み出し、ホノカを威圧する。
それに対し、ホノカは肩を竦めた。
「悪かったわよ。 まさか、こんなにも、力強い抵抗を受けるとは思わなかったわ。 ただ…」
「ただ、何?」
「この子、すごいわね。 主の危険に反応して暴走する魔剣をたったの一言で、鎮めるんだもの。 あれは多分、無意識ね。 だからこそ、威圧とかじゃない、無機質で、底冷えするような感覚だったわ。 まるで、Sランクの魔物を前にしてるみたいだったわ」
Sランクの魔物は別名『災害級』や『天災級』と呼ばれる非常に危険度の高い魔物の総称だ。
「…むしろ、殺されなくてよかったね」
「まったくよ…」
一葉を見ると、何事もなかったかのように、スヤスヤと寝ている。
「…ずっと、寝てるの?」
「ええ。 魔剣を止める時に、一言発しただけで、後はずっと。 おそらく、『星蝕鉱』の吸収する魔力量に耐えきれて無いのでしょうね。 だからこそ、すぐに外してあげたいのだけれど…」
「魔剣が取り込んでしまった…と」
「「はぁ…」」
二人してため息をつく。
「これじゃ、私にはどうすることも出来ないわ。 願わくば、この子が、『星蝕鉱』の魔力を吸収する力に抵抗できるようになるか、かしらね」
「出来るの? そんな事」
「やって、やれないことはないでしょうね。 『星蝕鉱』はあくまでも、魔力を吸収するだけ。 要は、自分の中の魔力を全て制御しきって、他所から干渉されないようにすればいいだけ」
「それが、普通は難しいんじゃない?」
「あら? でも、リンは出来るでしょう?」
「まぁ、ある程度は。 だけど、常時は無理」
「私だって、常時は無理よ。 でも、ずっと『星蝕鉱』を身に着けて日常生活を送るにはそれを行う必要があるわ。 特に保有魔力量が少ない人には、ね」
「そう、だね。 まったく、心配ばかり掛けて…」
リンは、気持ちよさそうに眠る一葉の頬をつつく。
(本当に、親みたいになちゃって…なんて言ったら怒るのでしょうね、この娘は)
ホノカは、微笑ましいものを見る目でリンと一葉を見る。
「それにしても…」
リンが手を止めた。
「今、思ったんだけど、私の着ていたローブを抱きしめて寝ている様を見ると、恥ずかしいというかなんというか…」
頬を少し赤く染めて、ポリポリとかく。
「あなたの匂いが落ち着くんじゃない?」
「そうなのかな? でも、うん、 なんか、恥ずかしくなって来た…」
「まぁ、いいじゃないのよ。 嫌われるよりは断然マシでしょう?」
「そうだけど…」
リンは、一葉を抱き起こし、抱え上げる。
「ぅん…。んん~?」
一葉が唸り声を出しながら、リンに顔を押し付ける。
「んっ。 もうっ。 しょうがないなぁ。 とりあえず、うちに連れて帰るね」
一葉が顔を押し付けた場所が擽ったくて、変な声が出た。
でも、寝ている一葉に文句は言えず、諦めて早く家に連れて帰る事にした。
リンは、一葉を抱きかかえていて、両手が塞がっているため、足でドアを開けようとするが、うまく開かず、蹴り飛ばそうと足に力を込める。
「ちょっと、待ちなさい! 開けてあげるから、これ以上壊さないでくれない!?」
ホノカが慌てて止めに入り、一葉が齎したダメージによって立て付きの悪くなったドアを四苦八苦しながら開けた。 すると、前にシャイルが腕を組んで立っていた。
「「げっ!」」
「二人共、人の顔を見るなり『げっ!』はないんじゃないかしら」
「「あ、ははは…」」
「ふふふっ」
「じ、じゃあ私は、この辺で」
リンは、シャイルの横を通って行く。
「明日、話を聞くわ」
シャイルは、ニコッとものを言わさぬ様に圧をかけてきた。
「…はい」
「さて、ホノカ」
「…はい」
「原因は後で聞くわ。 部屋の修繕、手伝いなさい」
「……はい」
リンはそそくさと女子寄宿寮に帰宅して行き、一葉をベッドに寝かせる。 今度は、服を掴まれる事は無かった。
「これで、良し! …早く、良くなると良いね」
一葉が眠り始めて、早くも1日が過ぎようとしている。
ベリー達が、一葉を心配して様子を見に来たが、終ぞ目覚める事は無かった。




