手枷
チャポン…
「どうしたの? 顔なんか逸らして」
くぐもった声で、リンが聞く。
「だって、女性の裸体は見ちゃ駄目だって」
一葉は、湯船に顔の半分を浸かり、リンに背を向けて、見ないようにしていた。 近づく気配がすると、その分、離れて行く。
(裸体って、私は、被写体かなにかかっ!)
「私は、気にしない。 せっかく、湯船に浸かってるのに、そんな縮こまってちゃ、疲れが取れないよ。 ほら、おいで」
後ろから、体を持ち上げられる。
「うわっ、わ…」
「ほ~ら。 暴れない、暴れない」
ジタバタと無駄かもしれないが抵抗を試みた。
案の定、意味は無く、リンに抱きとめられて、背中に柔らかいものが押し付けられる。
「あぅ…」
「今日はごめんね」
リンは一葉の肩に顔を載せてか細い声で呟く。
「え…?」
「学園長室でキツイ物言いだったよね?」
「ううん。 あれは僕が悪いから…。 だから、気にしないで」
一葉は、リンの頭を撫でる。
「ふふっ。 慰めてくれるの? ありがとう」
リンの一葉を抱きしめる力がました。
それから、数分間は、無言でなされるがままになる。
「あ、そういえば」
リンの力が緩み、ガバッと顔を上げた。
「ん〜?」
「腕、キツくない?」
「ん〜。 特には、なんとも無いよ?」
「本当に? 重かったり、何か力を吸われてる感覚とか…」
「無いね〜」
え? この魔導具、なんかあるの?
「ううん。 なんともないならいいの。気にしないで。 そろそろ、上がろっか」
(あれ?おかしいな。 アレってたしか…『星蝕鉱』だったよね?)
『星蝕鉱』とは、スピカ皇国南西部に位置する都市、キュクロプスで産出される鉱石の一つ。 魔力を吸収する効果を持ち、触れている者の魔力を吸収する。 魔力を持つ人は、無意識下に身体中を魔力が流れており、身体能力を強化している。 その為、『星蝕鉱』に触れていると、無意識下にある、制御されてない魔力が吸われていき、体が重く感じる。 そして、魔力を吸われていることによって、魔法が使い難くなる。
「うん…。 ふわぁ~」
欠伸をしながら返事をする一葉は、そんな事もつゆ知らず、リンに背中を預ける。
「こらこら。 お風呂で、寝ようとしない。 そろそろ、上がる?」
「あい〜」
よろよろと立ち上がり、脱衣所に向う。
体を拭き、服を着る。
髪を乾かさず出ようとすると、リンに呼び止められた。
「待って。 髪、乾かさないと」
「ええ〜。 面倒くさい…」
「もう! 風邪引いちゃうよ。 それに、せっかく綺麗な髪なんだから、手入れもちゃんとしなきゃ。 ほら、おいで。 やって上げるから」
逃げようとする一葉の肩を掴み、脱衣所においてある椅子に座らせ、温風送風機で風を当てる。
ブァアアアアア!
温風が送風機から出る音が静かだった部屋に響く。
「動かないで」
手で、わさわさと髪を手櫛をかけていたリンは、一葉がゆらゆらと体を揺らしていることに気付く。
「はい、終わったよ」
送風機から風を送ることを止めて、元あった場所に戻すと、一葉がリンにもたれかかってきた。
「カズハ? …寝てる。 しょうがないなぁ」
一葉を抱きかかえて、リンは部屋に戻り、自分のベッドの上に寝かせ、布団をかける。
「さて、『星蝕鉱』のブレスレットをつけても体調が悪くなることは無いみたいだし、というより、なんの違和感もないって…。 まぁ、なんとも無いならいいか。 っと、鍵付きのバックルを造らないと…」
リンは、引き出しからミスリルの塊を取り出し、魔紋を刻んでいく。 『星蝕鉱』が吸った魔力は、魔素へと分解されて排出される。 ミスリルは魔力伝導率の良い金属で魔導具に適している。 本来なら、魔導具は『星蝕鉱』によって、使い物にならなくなるが、リンが魔紋を刻んだミスリルは例外の一つだ。『星蝕鉱』が吸収した魔力を分解される前にミスリルに流し、魔導具としての効果を発揮する。 余剰分の魔力は、魔素へと分解される仕組みだ。
「よし、出来た。 とりあえず、これは明日の朝、つけよう」
リンは、完成したバックル型の魔導具を机の上に置き、椅子をベッドの横に持っていく。
「今日は、徹夜か…」
一葉が『星蝕鉱』によって、体調が悪くならないか、観察して、悪くなるようなら、すぐに取り外せるように様子を見ないといけない。
「寝てると、あれだね。 女の子みたい。 あ、起きてても変わらないか…」
独り言を言って、自分で突っ込んだ。
すやすやと気持ちよさそうに寝ている一葉を見て、しばらくは大丈夫そうだと判断したリンは、本棚から魔法陣についての資料と、魔法言語大全と呼ばれる厚さ15センチはある、魔法を行使するにあたっての使用する言語の一覧の乗っている本を取り出す。
調べ物るのは、学園内で見つかった魔法陣についてだ。
時々、一葉の様子を伺いながら、紙を捲る音だけが、静寂した部屋に響き続ける。




