助手 ~ おさえきれない教授への恋慕
私の職務。それは、教授の仕事を助ける事と定められている。
しかし、組織における位置付けは曖昧。将来の研究者として期待され補助を行う。研究の事務を担う。そして、教授の私的な雑用をこなす。
『助手』
それが、私の仕事である。
教授は、妻を亡くした独り身。その娘は、一人暮らしをしている大学生だ。
私は、20年間、陰日向なく教授に仕えてきた。
論文の校正もしたし、清書も行った。研究発表のスライドの用意は、今も私の仕事だ。昔は1枚1枚用意しなくてはいけなかったスライドも、今は、パソコンのデータだから楽にはなった。あとは、教授の私的な雑用。言われれば、ご飯の用意だってするし、お部屋の掃除も私がする。教授が忘れていた、彼の娘の授業料の振込みだって、私が行ったのだ。
しかし、教授が、私に隠し事をはじめた。
毎週金曜日のことである。午後3時を過ぎると、いそいそと出かけるようになったのだ。
「どこにいらっしゃるのですか?」と尋ねても「ちょっとそこまで」という答え。
それだけなら、まだ良かった。
帰って来た時の胸ポケットに、小さな花。
女の影。
思い知らされる。私は、そういう対象では無かったのだと。
今の私の肌には20年前のハリはなく、深いシワが年輪を刻む。頬は垂れ、髪のツヤも失われた。ただ、教授に必要とされている。その想いで今まで助手を続けてきたのに。
引き出しから白い封筒と便箋を取り出す。これまでの感謝の気持ちを込めて文字を書く。
辞表
もう無理だろう。気持ちが折れてしまった。しかし、最後に教授の相手が見たい。そっと、彼のあとを尾行する。
「おじちゃん。お花挿してあげる。」
何ということだ。彼の胸に花を挿していたのは、小さな子供。驚きで身を隠すのを忘れてしまう。
「あとをつけてきたのか。
この子は、食堂の娘さんでね。
お母さんが働いている間、ここで遊んでるんだよ。」
そうだ。教授はこういう人だった。自分が恥ずかしくなる。
その時であった。
「センセっ。忘れものですよっ。」
食堂のドアが開き、妖艶な美女が、教授の財布を持って飛び出して来た。
「あぁ、美代子さん。ありがとう。」
女を見つめる教授。その視線の先には・・・胸。
おいっ、クソじじぃっ!
鼻の下のばしてんじゃねぇ。なんなんだ?その視線は? 女は、やっぱり胸なのか? 私がペタンコだから悪いのか?
教授の顔をニラむ私を見て、子供が泣き始める。
そして、力の入った手の中で、辞表がクシャリと音を立てた。
文字数(空白・改行含まない):1000字
こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編小説です。