雷光と鉄
北條一馬には憧れているものがある。
かつての世界。まだ太陽の光が遮られる前のこと。吸血鬼が人間と戦いを始める前のことだ。
人間同士で争ったこともある。多くの血を流したと聞いている。それでも戦いは終わった。戦いとは無縁の生活。食べるものには困らない時代。そんな時もあったと聞いていた。
それを聞いたのは孤児院でのことだ。
そこから北條はかつての世界に憧れを持つようになった。殺し合いもなく、人が人を助けるのは当たり前の世界。太陽が差し込む世界。そんな世界を見てみたくて——。
武器を持っていても、簡単に殺す力を行使しないのはそれが原因だった。
「——ハッ‼」
男の腹に拳を叩き込む。
腹に思い拳を叩き込まれた男は、吐瀉物を吐き散らし、地面へと倒れる。周りには男と同様の格好をした男達が倒れていた。
その数——9。
全て北條が倒した数である。しかし、これはほんの一部に過ぎない。引っ切り無しに敵は現れる。部隊の1つと争っていて援軍としてきた者達や音を聞きつけてやって来た他の部隊もいた。
流石に北條もタダでは済まない。拳だけでは制圧もままならず、ミズキから与えられた装備を全て使って応戦した。
「——ッ」
『宿主。無事か?』
「大丈夫、掠り傷だ」
顔を顰めながら北條は怪我をした左腕を抑える。
傷は深くはない。しかし、折り畳み式の盾で敵の攻撃を防ぎ続けていたせいで左腕が痺れているのである。
一通り周囲を見渡す。
「隠れてる奴とかいないよな?」
『あぁ、いない。生きている者は逃げただろう』
北條の問いにルスヴンは大様に返す。
機械よりも性能が良いルスヴンの感知能力ならば、問題はないだろうと考え、北條も少しばかり気を緩めた。
「不慮の遭遇が多くないか……滅茶苦茶疲れたんだけど」
『仕方が無かろう。あれだけ派手に戦っていれば、ここに人がいるぞと言っているようなものだ』
「そうだけど。わざわざ人がいる所に来るか?」
うげぇと顔を歪めて肩を落とす。
北條ならばわざわざ敵と戦って目的の遺物を回収したいとは思わない。こちらから襲撃をかけた部隊の者達は兎も角、途中で乱入してきた者達の気が知れなかった。
北條の手持ちの銃弾は半分まで減っていた。余裕を見てかなりの量を持って来たのにこれだけ減ったのは北條も予想外だ。全ては戦闘中の他部隊の乱入を考慮していなかったせいである。
北條の装備全てはミズキからの貸し出しだ。終わった後は、報酬から天引きとなる。1000万というこれまでとは桁違いな報酬だが、減らせるものは減らしておきたいのだ。
『どうだろうな。ここで遺物の奪い合いをしているとでも考えたのではないか?』
「そっか。そういう考えもあるのか」
ルスヴンが考えた言葉に北條は真面目に反応する。
彼らももしかしたら北條と同じように戦いを回避してきたのかもしれない。しかし、探しても探しても遺物は見つからない。
そんな時に争い合う音が聞こえた。どうしても遺物が欲しい者達が一類の望みを賭ける程度には希望があるか。と考え納得する。
「それじゃ、拘束するか。警戒よろしく頼むよ」
『任せるが良い』
息を軽く吐き、気持ちを切り替える。
周囲の警戒をルスヴンに頼むと北條は気を失っている男達を拘束し始める。暴れても外れないようにガッチリと縄で固め、邪魔にならなければ殺されないだろうと脇に一か所に寄せておく。
作業を続けていると北條の通信端末に信号が送られてくる。
「ハローこちら亀。そっちの調子はどう?」
「こちら馬。問題ない。あちこち走り回って働いてるよ」
「そう。5回ぐらい戦闘中だったから、今はどうなってるんだと思ったけど無事だったんだ」
笑いながら無事を確認してくるミズキ。
釣られて北條も笑みを浮かべる。
「戦闘中で結構危なかったけどな」
「それでも生き残ったんでしょ。音はこっちまで聞こえてた。結構強かったの?」
「強かったよ。装備も消費したから、一旦そっちに戻ろうと思う」
手持ちの銃弾を確認し、北條が告げる。
手持ちの銃弾は残り半分と言った所。まだ余裕があるが北條は欲張らなかった。
いつ敵と戦わなければならないという状況に陥るかは分からない。それを考慮したのだ。戦いを自分で望むことはないが、そうも言っていられないのが現実である。
通信をしたまま歩き始める。だが、ミズキの所に真っ直ぐには向かわない。位置を誤魔化すための工作をするために、遠回りをする必要があった。
「そう。戦いについては任せてるし、それが最善だと思ってるなら何も言わないわ」
ミズキも北條が戻って来ることに異論はないと伝える。
そして、通信を切ろうとするが、思い出したように慌てて口を開いた。
「そうだッ。こっちで調整してる無人機なんだけどさ。多分、そっちが到着する頃には用意出来てると思う」
「早いな」
「アタシに掛かればこんなもんよ」
意外そうに反応を示す北條にミズキは得意げになって返す。が、それも一瞬の事。トーンを真面目にものへと戻す。
「だから、周囲の警戒とセンサーの設置はこれにやらせるつもり。アナタは護衛に集中して」
「了解。良い報告を1つ聞いたよ。なら、こっちはそのつもりで周辺にカメラでも仕掛けておくか」
また5分後——。そう口にして北條は通信を切る。
無人機が上手く動くのならば、北條はミズキの傍にいることが出来る。やることはまだまだあるが、1つだけでもやることが減ったのは大きかった。
「それにしてもアイツこの短時間であのデカい球体の無人機を直したのか」
撃ち落した球体型の無人機を思い出す。
人が乗ることも出来る大きさの無人機を有り合わせの部品で作り直すと言った時は本当にできるのかと疑ったほどだ。それで実際に直してしまうのだから凄いなと北條は素直に感心した。
『口だけでなくて良かった。これでずっと仕事を押し続けるのだったら殺していた』
「物騒ですねぇルスヴンさん」
『もしくは、身ぐるみ剥いで男共の真ん中に放置する所だ』
「物騒過ぎるよルスヴンさんッ」
怪しい笑い声を上げるルスヴンに北條は悲鳴を上げる。
主導権は北條にあるとはいえ、ルスヴンが強制的に入れ替わろうとしたら入れ替われるのだ。苛立ちが最高点に到達した時、ルスヴンなら本気でやりそうである。
「やらないよね?」
『お主の望まぬことはせんよ』
少しビクビクしながら聞く北條に呆れたのか。ルスヴンは溜息をついて答える。
それにホッとしながら、北條は再び歩き出した。——が、その緩んだ空気を叱責するかのようにルスヴンの鋭い声色が北條の耳を貫いた。
『——敵影発見。後ろだ』
「——ッ」
ルスヴンの言葉に北條の意識が切り替わる。
一瞬にして緩んだ空気が引き締まり、鋭く尖ったものへ。瓦礫に体を寄せ、後方に向けて銃口を向ける。
次の瞬間。熱が弾けた。
「ッ⁉」
北條の視界を襲ったのは青白い光。
閃光が眼球が痛くなる程刺激し、肌が焼ける様な熱さを感じた。一体何が起こったのだと眩い閃光の方に目を凝らす。
見えたのは巨大な人影だった。
『左に避けろ』
ルスヴンが指示を出すのと同時に北條は動き出していた。水場に飛び込む様に体を投げ出す。直後、北條が先程までいた所に雷が横から通過した。
瓦礫が焼けきれ、真っ赤に染まる。
「何だよ。これ——」
『電気だよ。まぁ、あそこまで放電しているのを見るのは初めてかもしれんがな』
初めて見る現象に戸惑う北條。ルスヴンの解説が入るが、あまり信じることが出来なかった。
電気。人が生活する上で必須な動力。街を照らし、生活を豊かにするためのもの。少なくとも北條が電気でイメージするのはそれだ。
決して目の前でバチバチバチッ‼と派手に音を立てている凶悪なものではない。
「人、なのか?」
青白い光の塊にしか見えない北條が、ルスヴンにもう一度問いかける。
『あぁ、あれは人間だ』
「——そうか」
それを聞いて北條は放心するのを止める。
人間ならば戦える。少なくとも吸血鬼のようなとんでもない連中ではないと冷静に落ち着くことが出来た。
銃を構え、引き金を引く。
体の仕組みがどうなっているのか分からない。だからこそ、それを探るためのものだった。
「な——弾速が曲がった⁉」
目を見開く。
確かに青白い閃光に向かって銃弾は飛んでいった。だが、途中——当たりそうになる直前で銃弾の弾速が曲がったのだ。
青白い閃光は動いていない。銃弾の方から逃げて行った。何かの間違いかと今度は連続で撃つ。
結果は全て同じ。銃弾の方から青白い閃光を避けるように逸れていく。これでは殺せない。そう判断できた。
「あん? 何だァ?」
青白い閃光が動く。
今まで北條に気付かなかったと言うように。ゆっくりと振り返る。同時に青白い閃光の強さも弱まっていった。
おかげで人の輪郭が見えてくる。
「テメェ誰だよ」
それはまるで巨人のようだった。だが、顔は小さい。その男はバイトを受ける時に出会った金髪の男。ミズキの持っていた資料にも載っていた男だった。
鉄の体に覆われ、肩や腹のあたりに白い円盤のようなものが付いている。顔だけ乗っけられているようで違和感があるが、笑いなど起こらない。起こるはずがない。
相手の殺気が北條の体を貫いていた。
「まぁいいや。ここにいるなら敵ってことだよな?」
「…………」
「俺の目的はここら一帯の掃除なんだ。だから——取り敢えず消えろよ黒尽くめ‼」
交渉などなかった。
男は初めから北條を殺すつもりで襲って来る。鉄の拳に雷撃が纏う。雷光と鉄。2つの暴力が北條を襲った。




