異能の研究者
空気が漏れる音と共に扉が開く。
丁度扉を開けようとしていたのか。扉の目の前にいた男達が驚いた様子を浮かべた。だが、目の前の人物が誰なのか分かると直ぐに軽く頭を下げる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。どうですか? 進捗は」
彼らの目の前にいたのは真原だ。いつもの白衣とは違い、緑の手術服に身を包み、顔の大部分をマスクで隠してはいるが男達には簡単に判別できた。
「はい。丁度解剖が終わった所です。あ、三木局長ならば、奥に居られます」
「そうか。悪いね」
そう言って真原は男達の横を通り過ぎ、部屋の奥へと踏み入る。
死体安置所。その部屋に現すのならばその言葉こそが正しい。机にある引き出しのようなものが壁一面にあり、1つ1つに死体が保管されている。保管されているのは人間ではなく、吸血鬼のものだ。
部屋の中央にある台座には、巨大な鬼の顔がある。
その横にはチェーンソウや巨大なペンチ等、様々な道具が血塗れで置いてある。何の作業で使ったのかは一目瞭然だった。
部屋にはまだ一人女性が残っていた。
腰まで伸びた茶髪の髪。手術服の上からでも分かる体の線。まるでモデルのような体系をした女性に真原は入口ですれ違った男達に向けたものと同じ笑顔を向ける。
「お疲れ様。三木君」
三木美優良は、その声でようやく部屋に真原が来ていたことに気付く。
「あ、お疲れ様ですぅ」
軽く、あまりにも軽くあっさりとした挨拶を口にした三木はそれだけで再び手に持っていた資料に視線を戻す。
真原はそれを気にせずに、三木の元へと足を運ぶ。
「何か手助けになればと思って来たけど、もう終わってたんだね」
「えぇ、後数分早ければやって欲しいことはあったんですけどねぇ」
資料に目を落としたまま、三木が口を開く。嫌味とも捉えられかねないその口調。しかし、そんなつもりは毛頭ないことは長年の付き合いで真原は理解していた。
三木が見ている資料は今回解剖した吸血鬼の死体について書かれたものだ。どのような状況で死んだのか。どんな耐性があったのか。その吸血鬼について子細に記入されている。
「もっと時間が掛かると思ったけど、流石だね」
「まぁ、せんせぇの教えが良かったからですねぇ。後、私の才能とか才能とか才能とかぁ」
「大切なことだから3回言ったんだね。分かるよ」
ハハハと軽く笑いながら、真原は台座に寝かされている死体に近づく。頭は割られ、中身が外に晒されているが、真原は顔を顰める。
彼にとってこの程度は見慣れたもの。グロテスクで食欲が失せる光景を見ても飛び上がったりなどしない。
眉を顰めたのは、ただ単純に中身にあり得ないものを見たからだ。
「気付きましたかぁ?」
「うん。若干だけど空間があるね。まるで何かが入っていたみたいだ」
「みたい。じゃなくて本当に入ってたんですよぉ。恐らくですが、中身にはコイツが入っていたと思われますぅ」
三木が後ろにある壁の引き出しの1つを引っ張り出す。
出てきたのは芋虫のような長い死体。先程の死体よりも更に気味の悪い死体だ。
「これは何処で見つけたんだい?」
「こいつの死体を回収した地点から700メートル離れた地点ですぅ。恐らくですがぁ、その地点で誰かに殺されたのだと思われますぅ」
「誰か。ねぇ」
真原が死体の関節部分をそっと撫でる。そこには氷の膜があった。
誰か。とは言ったものの既に三木の中でも答えは出ているのだろうと予想する。
「一応、感謝するべきなのかな?」
「しなくて良いんじゃないですかねぇ。一番厄介なのは毒にも薬にもならないものですよぉ」
毒であると分かるのならば対処する方法を考える。薬になるならば投与するべき時を待つ。どちらでもないのならわざわざ引っ掻き回してくれるな。
三木にとってこの吸血鬼を殺した存在に思っているのはそれだけだ。
「前線で戦った方々も大変ですねぇ。手柄を奪われてしまってぇ」
「それで怒る彼らじゃないさ。対処に困っているのは確かだけどね」
「そうですかぁ」
それでも士気を高めるために、この死体を隠して上級吸血鬼を討伐したのは自分達だと上層部は告げるだろう。
事実が捻じ曲がることに対して思うことがあるのは確かだが、自分1人が吠えても無駄であると知っている三木はそれ以上のことは考えなかった。
「それで、異能については分かったことは?」
真原の言葉に三木は首を振るう。
吸血鬼の中でも上級に位置している吸血鬼が使用する武器。レジスタンスでも吸血鬼の細胞に適合した者達のみが使えるとのことだが、その詳細は未だに理解できていない。
「はぁ~。上級吸血鬼の死体もこれで2体目ですからねぇ。何か分かると思ったんですけどぉ。やっぱり、死体は死体。何にも分かりません。前はどうやって異能持ちを生み出していたんでしょうかぁ。せんせぇ~。分かりませんかぁ?」
「ごめんね。そこら辺は僕も理解できないんだ。この街が出来上がる前にそのプロジェクトのことを調べようとして半殺しにされた上に左遷されたからね」
「そうだったんですねぇ。せんせいぇも大変な時期があったようでぇ」
異能持ちながら面目ないと頭を掻く真原。三木は気にしていないと手を振った。しかし、それでも異能については分からないことが多すぎた。中々進まない進捗に重い溜息をつく。
「はぁ~。このままじゃ予算また削られてしまいますぅ。少しは成果を出さないとぉ」
「はははは……印象が悪いからね。ここは」
「そうですよぉ。というか、何で私がここに配属になったんでしょうかぁ。矢切の後釜とか本当に嫌なんですけどぉ?」
「…………何で僕を見るの?」
「せんせぇが私を推薦したんじゃないんですかぁ? だとしたら言っておかなければならないことが山ほどあるんですよぉ」
少し危ない光を放ち始めた三木を目にして真原の口から掠れた笑い声が洩れ、微妙な作り笑いを張り付ける。
恩師の焦った様子に少しばかり溜飲が下がった近くにあった椅子を引き寄せるとその上に腰を下ろす。
「はぁ~。何で皆さん異能とかいう曖昧なものを使っているんでしょうかぁ? 私としてはあんなの使うより対吸血鬼用装備を使った方が安全だと思うんですよねぇ」
「吸血鬼専用に調整された武装か。でも、コストがね。再生し続ける細胞を完全に破壊するにはそれなりの手間をかけなきゃいけないし」
「確かぁ。下級の脳幹を完全に破壊するのにも数十秒かかるんでしたよねぇ。そう言えば、支部で銀を使った弾丸がありましたねぇ。頭に異物を混入させて再生そのものを防ぐのは面白いと思いましたぁ」
「でも、それは実際に殺している訳じゃないでしょ?」
「意見は分かれていますねぇ。殺せた個体もいるでしょうが、死体が動かなくなっているだけで、異物を取り出したら動き出したって報告もありますぅ」
「そう考えたら、あんまり安全とは言えないんじゃないかな?」
「それでも私は異能よりも安心できますぅ」
死力を尽くしても判明できない異能よりも、現代の科学力で作られた兵器の方が取り扱うことに抵抗はない三木。異能であらゆる人間を救ってきた真原。
対立ということではないが、それぞれが異能や対吸血鬼専用装備に思う所を口にする。
「そもそもぉ。何で異能持ちの人達が吸血鬼に傷を付けられるんでしょうかぁ?」
「…………」
「細胞を取り込んだから傷つけられる。少年漫画じゃあるまいしぃ、未だに理解が出来ないんですよねぇ」
異能持ちが心臓を潰せば、頭を潰せば吸血鬼は死ぬ。現場ではこれが当たり前になっている。しかし、三木はその当たり前というものを受け入れなかった。
何故、死ぬのか。地獄壺の時もそうだ。中級吸血鬼の1体を朝霧が殴り殺したとあったが、何故殴っただけで殺せたのか疑問に思った。
威力が強いから?再生能力に勝ったから?
そう考えることも出来るかもしれない。しかし、対吸血鬼専用装備では頭を破壊し続けても殺すのに時間が掛かるのに?
この違いは何なのか。吸血鬼を長年調べて来た三木の研究者としての欲が疼いてくる。
「それは僕もだよ。でも、今できる手段の中で最も有効で可能性があるのは異能だ」
真原も同じ疑問を抱いたことがある。だが、対吸血鬼戦勝装備が決定的な勝利をもたらせない以上、異能を使うしかない。
勝率が0から1に変わるだけでも大きいのだ。
「まぁ、実際に結果を出しているのでぇ、私の言葉はただの嫌味のようなものなんですけどねぇ。気にしなくていいですよぉ」
異能の必要性については三木も分かっている。だからこそ、肩を竦めてこれ以上の深堀を止めた。
もうこれ以上は考えてはいけないと真原も思考を切り替える。
かつての友人が、異能に取り付かれてやった所業は知っている。これ以上、考えればその領域に足を踏み入れそうになりそうで怖くなったのだ。
少なくとも、今向き合うべき問題はそれではない。そう考えて、真原はそっとその問題から目を逸らした。




