無問題
凸凹が激しく、まだ舗装もされていない先月作られたばかりの地下の空間。縦横5メートル程度の広さしかないその空間に数人の男達がひしめき合っていた。
男達はヒソヒソと小声で話し合う。
「おい。お前が持って来た情報は本当に会っているのか?」
「あぁ、間違いない。ガルドが地獄壺跡地にある遺物を回収するために動いてる。しかも、あのミズキもな」
「糞っ」
ガルド、ミズキの名前を聞いて男達の表情が歪む。此処にいる全員が、あの2人に辛酸を舐めさせられてきた敗北者達だ。
彼らとて商売に自信があった。夢もあった。だが、何度もガルドとミズキに成り上がるチャンスを潰され、並々ならぬ思いを抱えていた。
「あそこはもうレジスタンスの土地だって言ってんだろ? そのレジスタンスの連中は何も言ってきてない。何故だ?」
「そりゃ、レジスタンスを支援してる企業側が止めてんだろうよ。前時代の技術で出来たものなんてどこの企業も喉から出るほど欲しいだろうしな。アイツ等の専門は戦い。こっちには踏み入って来るなって話だよ」
「それなら余計にレジスタンスを拘わらせた方が良いんじゃないのか? アイツ等に護衛して貰えれば——」
「護衛して貰うメリットがねぇよ。吸血鬼傘下の企業ならまだしも、今あそこに近づこうとしてるのは、レジスタンスを支援してる企業同士か関係のない奴等ばっかだ。そこにレジスタンスが介入して見ろ。そっちを優遇するのか‼って話になる。だから、アイツ等は今回何も言わないんだよ。支部は兎も角本部の奴等は見て見ぬふりだ。当てに出来ねぇよ」
「それに、金もないしな」
最後に呟かれた言葉に全員が肩を落とす。
レジスタンスは吸血鬼を相手にしているだけあってかなりの武力を誇る。街の警備部隊のエリート達か、それ以上。異能持ちが出てくれば、確実に勝利できるだろう。
それでも、そんな人物を雇えるだけの金額は自分達にはないことは、自分達が一番分かっていた。
「話を戻すぞ。もうアイツ等は護衛を確保してるだろう。俺達も動き出さなきゃ不味い」
一人の男が手を叩き、全員の顔を上げさせる。
本題を口にすると全員が真面目な表情をして考え出す。
「こっちも護衛を探すか? まずは奴等の護衛が誰なのかを調べて」
「いや、今動いても時間が掛かりすぎる。それにアイツ等が護衛に雇う奴を倒せる人間を用意するのは俺達じゃ無理だ」
口々に意見を言い合い、否定し、反論していく。中々決まらないことで言葉には徐々に熱が籠っていくのが、進行役の男には見えていた。
再び手を叩き、一度全員の注意を向けさせる。
「落ち着けお前等。俺達が笑うのはあの2人のどっちかだ。そんなのお前等も嫌だろう?」
それを聞いて全員が同じタイミングで頷いた。
ここにいる者達はガルド、ミズキを出し抜くために集い、協力している者達だ。2人に勝利した後の報酬の分配で戦うことになるが、今いがみ合っていてもその報酬が無くなったら虚しいだけ。
そんな思いが全員の心を落ち着かせた。
だが、これからの方針が何も決まっていないのは事実。全員の視線が男に集まる。男はにやりと笑みを浮かべて口を開く。
この男、最初からこの流れに持ってくることが目的だったのである。
「——俺達はあの2人程強力な護衛は雇えない。でも別に良いじゃねぇか」
全員がコイツ何言ってんだという表情に変わる。
自分達は腕っぷしも強くなければ武器の扱いもその道に通じている者達に比べれば一歩も二歩も劣る。
ガルド、ミズキの両名は地上でかち合う企業が雇った回収班に備えて強力な護衛を雇うだろう。それなのに——そんな思いをありありと現す顔を眺めて男は饒舌に語る。
「安心しろよ。別に諦めた訳じゃねぇ。俺はここで確実に取りに行くつもりだぜ。でもな、真正面から戦うだけが戦いってもんじゃねぇだろ?」
そう言って周囲を見渡す。すると他の者達は顔を見合わせて、頷きを返して来た。
全員が男に注目している。男の言葉が全員を支配していた。
その事実に内心で歓喜の声を男は上げる。
ここで発言を強くすれば、このグループの中での男の地位は盤石なものになる。そうなれば、地上での戦いも自分の思い通りに目の前の男達を動かせ、報酬も多く分捕れる。そう考えて笑みを浮かべる。
と言っても、目の前の男達にそれを悟らせる間抜けなことはしなかった。男が自分が考えに考え抜いた案を口にする。
「俺達の強みは数だ。アイツ等が通るルートはある程度絞られる。そこに見張りを付けてその2人が来たらその通路を埋めちまえば良い」
そうすれば強力な護衛も意味をなさない。そう続ける男におぉっと声を上げる。男の意見に誰もが賛成した。全員が男を褒め称え、持ち上げる。それを心地よく気持ちで受けながら、男は命令を下した。
既に実質的なリーダーの位置に男はなっていた。
「それじゃあ始めるぞ‼ いつも俺達を見下しているガルドにも、調子に乗ってるミズキも2人纏めて地獄送りだ‼————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————とか、考えてるんでしょうね」
呆れたように肩を竦めて、ミズキは首を振った。
それを聞いて北條は冷や汗を流す。別にミズキの情報収集能力に戦慄したとかそんなのではない。
ミズキの言葉を聞いて改めて自分が関わって良いものなのかと思い始めたのだ。
これは企業同士の抗争だ。レジスタンスが加わらないのは、数多くの企業に支援を貰っているからだ。何処か一部を優遇したとあっては他から文句を言われかねない。
故にレジスタンスは加わらない。見て見ぬふりをする。それを知った北條は少し不安だった。自分が行けばレジスタンスに迷惑が関わるのではないかと。
「なぁ、今更なんだけど俺以外の奴に依頼持って行く訳にはいかないか?」
「え、絶対に嫌」
北條の頼みをミズキはバッサリと斬り捨てる。そして、北條の不安を察してかそれを取り除くために口を開いた。
「安心してよ。何でアタシがそれを貸してると思ってるの?」
ミズキは北條が身に着けている戦闘衣を指差す。
「レジスタンスが支給してる戦闘衣はBF113型。でも、それはその上位互換。滅多に出回らないG666型」
「……ごめん。全然分かんない」
「レジスタンスが着てるものと違うから疑われないってこと。それに幹部クラスや本部直轄ならまだしも、アナタ支部の末端メンバーでしょ。バレないバレない」
無問題‼とポジティブに考えるミズキ。そのポジティブさに北條はアレ、本当に大丈夫なのだろうか?と思い始める。
そして、ミズキは止めとばかりにリュックからヘルメットを取り出し、北條に放り投げた。
「それでも不安なら、それを頭に被っていたら良いよ。情報識別機と同等の機能が搭載されているし、防弾も完璧」
『宿主。不安ならこの小娘を片付けたらどうだ? 金は受け取っているしもう用済みだ』
「(だからそういうのはやめなって……)」
ルスヴンの言葉に返事をして北條はヘルメットを被る。被れば視界が遮られるかと思いきや、そうでもない。360度。後ろにカメラでもついているのか周囲の視界が確保されており、息苦しくもない。
多少重量でふらつくが、その程度直ぐに直せる範囲だった。
北條もここまでお膳立てされれば依頼を持ってきてくれたミズキに答えない訳にはいかない。
話を聞く限り、レジスタンスに迷惑が掛かることはない。ならば、問題ないだろうと北條は話を戻す。
「それで、お前を狙ってる奴等に対する備えをした方が良いか?」
ミズキの隣を歩く北條が尋ねる。
北條には地下の勢力図についての知識はない。だが、ミズキの情報収集能力の一端を知っている。だから、ミズキがそういうのであればそうなのだろうと考えていた。
「別に良いわよ。そっちについては大丈夫だから」
ミズキがどうでも良いとばかりに答える。
男達の情報は北條を雇う前に仕入れていた情報。既に対処はしていた。しかし、北條はそうもいかない。
現在の北條はミズキに雇われている。ならば、雇い主を狙っている者がいると聞かされては、ミズキの言葉であっても結果を聞いておかなければならない。
万が一、ミズキの手から逃れているかもしれないのだ。
ミズキも北條の考えを見抜くと端末をリュックから取り出し、連絡を入れる。相手は最近金で手に入れた協力者である。
「こちら亀。そちらの状況は?」
「こちら兎。対象は予想通り穴蔵の中」
端末から抑揚のない。淡々とした女性の口調が返ってくる。
その返事に満足げな表情をしたミズキは次の指示を出した。
「上々。やっちゃってくれる? ボーナスは弾むわ」
「了解」
短い言葉の後に聞こえてくるのは何かが崩れる音と悲鳴。
そこで何が起きているのか北條には予想できてしまった。容赦ない選択をしたミズキは、音が静まると口を開く。
「どうなった?」
「こちら兎。蛇はいなくなった。任務遂行されたし」
「ありがと~————という訳よ」
そう言われて北條は視線を切る。
「分かった」
「それじゃ、後方の憂いも無くなったという訳で今度は前方の虎を蹴散らしに行きますか」
そう言ってミズキは元気に歩いていく。その後ろに北條は静かに続いた。




