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地下世界

 

 大きなリュックを揺らしながら先に進むミズキの後を追って北條は地下通路を進んで行く。

 流石に地下を住処とするだけあってミズキの歩みに迷いはない。

 今向かっているのはミズキが拠点としている場所。レジスタンスも存在を知らない通路を使っていた。


「それにしても、こんな地下通路がある何てな」

「レジスタンスに言ってない通路何ていくらでもあるからね」


 そんな北條を見てミズキは軽く笑う。

 秘密の通路を簡単に明かしたミズキ。信頼の証と取って良いのか。それともこの程度まだ教えても大丈夫な範囲なのか。

 試しに北條は問いかけを投げる。


「その内の1つを俺に教えても良いのかよ」


 ミズキは肩越しに振り返りながら、気にしていないと笑顔を振り向いた。


「べっつに~。埋め立てれば済むことだし」

「え、埋められるの?」

「埋められる。というか、埋め立てなきゃ地盤とかの問題で地上が大変なことになるし」


 あっさりと告げるミズキに北條は目が点になった。

 確かに、地下通路を考えもなく、作り続ければ地盤も緩み、崩壊してしまうだろう。しかし、地下通路を埋める。口にするのは簡単だが、それは大変な作業なのではないのだろうか。

 北條の視線を受けてミズキは振り向き、そのまま後ろ向きで歩きながら口を開く。


「勿論、簡単じゃないよ。だけどアタシ達も生活が掛かってるからね。それに他の奴等の妨害も出来るしね」

「妨害?」

「そう。妨害。一族って一纏めにされていても仲がいいという訳じゃないから」

「そうか。大変じゃないのか?」


 ケラケラと笑うミズキに北條は尋ねる。


「そうでもないね。地上と違って吸血鬼は関わってこないから」

「…………」

「まぁ、必死なのは変わらないけど」


 それを聞いてかつてドームで帳の外では人が争っているかもしれないと言ったルスヴンの言葉を思い出す。

 吸血鬼がいなくとも争いごとは起こる。

 それを証明するかのように、直ぐ足元では人間同士の争いがあった。いや、そもそも北條が気にしていなかっただけかもしれない。

 普通の人間達が。特に何の力もない人間達が生きるために争うこと。誰もがやっていることだ。

 企業間の取引も、バイト探しも、食材を買いあさりに行くのも。自分が座れる席には限りがあり、常にその数は求める者の数よりも少ない。

 人は、吸血鬼がいなくとも争い合うのだ。

 言葉で、拳で、時には銃を使って。


 今から自分が踏み込もうとしているのはそんな場所だ。地下だろうが関係ない。

 そこにジャックのような人格破綻者はいない。レジスタンスが誇る異能持ちのような特別な人達はいない。

 それを北條は胸に刻み込んだ。


「それよりも着いてきなよ。地上では見られない景色なんかがこっちにはあるからね。多分、アナタが見るのは初めてになるんじゃないかな?」


 そう言って、ミズキは早歩きをして進んで行く。先程の会話で何も気づいていないミズキの後に、北條は黙々と続いた。

 そして、その空間の中に足を踏み入れた途端、北條は目の前の光景に圧倒される。

 北條の人生で目を奪われる。という言葉を使ったのはこれで2度目。1度目は立体緑園に足を踏み入れた時だ。


「すげぇ……」


 ポカンと口を開けて出た一言。

 間抜けみたいな顔をした北條を見て、ミズキが笑う。


「ようこそ、アタシ達の住処に」


 北條の目の前にあったのは人の手で作られた巨大な空間。

 地下に潜んでいると聞いて北條はそこら辺の岩場に穴を掘っただけのものを想像していたが、それは間違っていたと思い知らされる。

 岩や土から切り出されて作られているのは間違いない。だが、ただ掘っただけでは作れない芸術がそこにはあった。

 天井を支える柱。空間を照らす街灯。家の外壁。通路。

 1つ1つに手が加えられ、色まで取り付けられたその世界は鉄とアスファルトに支配される地上よりも色に溢れていた。

 地上のように表情に影を落とす者達もおらず、全員が生き生きと生活している。


「ここは本当に地下か?」

「そうよ。一度も地上に出てないでしょ?」

「俺に一度目隠しした時に、気付かないように地上に出たとか」

「外に出れば気温とか音とか色々気付くでしょうが」


 溜息をつくミズキ。

 北條も地上に出ていないことは分かっていたが、本当にここが地下なのかと疑ってしまう。ここに来るまでに、道のりを知られる訳にはいかないと目隠しをされて連れて来られ、目隠しを外した時に見たのがこの光景だ。

 暗い地下通路から温かな雰囲気すら漂う生活空間へ。北條が疑うのも無理はなかった。


「着いたよ」


 ミズキの後を追って人気のない道を進んで行くと、ミズキは1つの家の扉の前で足を止めていた。そして、扉を開けると北條を中に入れ、最後に周囲を見渡して自分達の姿を見ている者がいないかを確認すると扉を閉める。


「……なぁ、もしかしてここって」

「アタシの家」


 あっさりと告げられた言葉に北條は内心で頭を抱える。

 北條一馬。初めて女性の家に上がったのは初めてである。

 それなりの広さがある部屋。そこかしこに何かの機材やら何やらが放り出されていて、女っけがこれっぽっちもないが、正真正銘女性の家である。


「何でこんな所に連れて来たんだよ」

「え、だってここの方が話はしやすいでしょ」

「話なら通路の所でも出来たじゃん!!」

「ここに取りに来るものがあったのよ。仕方ないでしょ。ちょっと待ってなさい」


 そう言うと、ミズキは奥にある部屋へと消えていく。その後、ガシャンガシャンと何かがぶつかり合う音が響いてくる。

 どうやら奥にある部屋はもっと散らかっているようだ。と北條は予想した。

 初めての女性の家に上がり込んだことに喜ぶべきか。それとも戸惑うべきなのか。ビターチョコレベルで甘くない展開に少しだけ北條は気を落としてしまう。


「(それにしても、本当にここは地下なんだな)」

『何だ。疑うのは止めたのか?』


 ちょっとだけ理想の女性像に罅が入った北條は気を取り直し、部屋を見渡す。

 良く分からないものが散乱し、中には誇りまで被っているものもあった。だが、部屋の物に勝手に触れる訳にもいかず、北條は窓から外を見る。


「(疑ってるというよりは信じられなかったって言うか。まさか、自分の足元にこんな世界が広がってるなんて知らなかったからさ)」

『知っているか。宿主(マスター)。人はそれを疑っていると言うのだ』

「(…………)」


 北條がルスヴンの言葉に押し黙る。

 その様子に喉を鳴らしながら、ルスヴンは気まずい雰囲気を醸し出す北條のために話を切り替える。


『小娘が言うにはこのような空間は、他にも幾つかあるようだがな』

「(そうだな。そこにもこれだけの人数が住んでるのかな?)」


 この空間に来る道中、ミズキが言っていた言葉を思い出す。

 この巨大な空間は土塊(つちくれ)の一族が住む空間で、最も秘匿されている場所だと言っていた。

 目隠しして連れて来られる訳である。


「(どうやってこんなの作ったんだろうな?)」

『さぁな。土を掘る異能持ちはいなかったはずだから手作業で掘ったのではないか?』

「(これが人の手で出来るもんなのかよ)」


 天井を見れば、細かな模様などが刻まれていた。

 あんな所まで凝るのか。等と呆れにも似た感心を抱く。地上では見ることのない景色だ。落書きなどは見たことはあるが、あんなものとは比べ物にならない繊細さ、色鮮やかさがある。


「(アレって毎回塗り直してるのかな?)」

『そうだろうな。300年前のものがあんなに鮮明に残っているはずがないからな』

「(へぇ……なぁ。思ったんだけどルスヴンってもしかして芸術とか好き?)」


 何故かいつもと違いルスヴンの声色が弾んでいるように感じられた北條は尋ねる。するとルスヴンは隠さずに大様に答える。


『無論だ。生前には色んな所から目に付いた芸術品をりゃく——ンンッ‼ 回収していたものだ』

「(おい。今略奪って言いかけたよな?)」


 何やら怪しいことを口走ったルスヴンに目を細める北條。

 2人がやり取りをしていると奥から声が響いた。


「あった‼」


 いつの間にか物がぶつかり合う音は消え、奥の部屋からミズキが姿を現す。両手一杯に荷物を抱えて北條の元まで来るとそれを北條に押し付けてきた。


「ちょ——」

戦闘衣(バトルスーツ)に情報識別機。後はライトに閃光弾、手榴弾、対吸血鬼専用のブレードに——あ、突撃銃を忘れてた。それとも狙撃銃が良い? はいこれ、折り畳み式の簡易盾(シールド)


 次々に渡される装備に目を白黒させる北條。

 口を開こうとするとミズキは目の前から消えており、再び部屋の中へと駆けていく。そして、戻ってくるとまた新しい物を北條に押し付ける。


「さぁさぁ着てみて着てみて‼ これ全部アタシが調整したものなんだからね」

「ちょっと待てって⁉」


 グイグイと来るミズキの迫力に思わず北條は後ろに下がってしまう。

 一歩、左足を後ろにしてミズキから距離を取ろうとして、北條はすっころんだ。

 距離を取るために後ろに伸ばした左足。北條は気付かなかっただろう。その伸ばした左足の先に車の玩具があったことなど。

 タイヤによって床を進んだ車の玩具。その玩具に足を乗せて体重をかけた北條。

 北條は、何故自分が転んだのか原因も知らずに頭を強く打った。

 ガタン‼と床に倒れ込み、何らかの装置を下敷きにしてしまう。悲鳴を上げたのはミズキだった。


「ギニャァ⁉ 何するんだ。そこには大事なデコイ装置があるんだぞ‼」

「だったら、こんな所に置いておくなよ」


 北條の言葉を無視して装置が無事なのかを確認し始めるミズキ。腰を思いっきり打ち付けた北條はそれを見て理不尽すぎると嘆くのだった。


 ズキズキとする頭と腰を抑えて、用意された椅子に腰かける。

 服装は既に戦闘衣だ。

 身に着けた頃は歩く事さえ真面にできないと言われているはずなのに、北條は何の問題もなく動いていた。

 それは、身に着けている戦闘衣の性能の高さを現していた。いつも北條が来ている戦闘衣とは違い、大幅なサポートが施された戦闘衣の性能の高さに驚き、そしてその戦闘衣をポンと渡して来たことに驚いた北條。

 本当に使って良いのかと尋ねるとミズキは意味ありげな表情を浮かべる。


「フフフフ……後で返してくれればいいのよ。返してくれれば、ね」

『宿主。今すぐこの小娘の首を斬り落とせ。この小娘囲うつもりだぞ』


 意味ありげな言葉に戦慄し——ルスヴンの言葉を無視して——苦笑いを浮かべる。


「ハハハ——俺は弱いからなぁ。難しいかもしれないぞ?」


 冗談を口にするように北條は弱気を吐く。壊れた時の言い訳作り。チキン戦法である。

 だが、ミズキはそれを見抜きつつ、北條の言葉を否定した。


「そう? 噂の辻斬りを倒して、地獄壺に少数で突入。1万の下級を相手に大立ち回りをして、中級、上級吸血鬼を討伐したって聞いたけど」

「待て。前半はともかく、後半部分の話が盛られ過ぎだぞ‼」

「謙虚なのね」

「違う。事実を言ってるだけだ」


 キッパリとミズキの言葉を否定する

 それを面白そうに眺めながら、口を開いた。


「まぁ、尾ひれが付いていることは知ってるわよ。だって、アナタ異能持ちじゃないでしょ。装備が良くてもあっても上級や中級を殺せるはずがないからね」

「……じゃあ何で尾ひれが付いてる方言ったんだよ」


 わざわざ虚偽が混ざっている方を北條に伝えるなど何がしたかったのか。げんなりとした表情を作る北條にミズキは笑って答える。


「ちょっと試そうかなって思って。別に今回吸血鬼を相手にする必要はないから。嘘かどうかを知りたかったの」

「つまり、敢えて嘘を混ぜたと?」

「その通り」


 嘘を敢えて混ぜ、その嘘の部分のみを否定させれば残った話は信憑性が増す。全てを本当だとホラを噴くのならばそれは調子に乗ってるだけの人間。

 そうやって北條を判断したとミズキは説明する。


「何をしたいんだよ。俺はてっきりあのまま地獄壺跡地に行くもんだと思ってたけど」


 今更こちらを試す真似をしたミズキ。

 ミズキは手書きの似顔絵を取り出して、机の上に置く。


こっち(地下)にも商売敵がいてね。今回ソイツもアタシと同じものを狙ってるの。地上の奴等は書類やら何やらで地獄壺跡地まで行くのに時間は掛かるけど、アタシと同じ地下の人間なら検問も何もなしに地獄壺跡地まで行けるからね。まずはそっちを蹴落としたい」

「……殺すのか」

「そっちの方が確実だけど、そっちの好きにしたら良いわ」


 声を低くして問いかける北條に、片手を振って答えるミズキ。


「ようはこれから2週間程動けなくなれば良い。アナタにそれが出来るのなら殺さなくても良いわ」


 全てそっちに任せる。

 そう言いたげな態度に北條ではなくルスヴンが反応した。


『ほう。小娘め。戦いはこっちの領分だとでも言いたげだな。宿主、この小娘は似顔絵の男に自分が関わっていると知られたくないようだぞ』

「(相変わらず鋭いな。そんな所まで分かるのか)」

『当然だ。宿主も鍛えておけ』


 鍛えると言っても鍛え方が分からない。残念ながらルスヴンの望み通りにはなれそうにないと思っているとミズキが似顔絵を指差した。


「名前はガルド。依頼を受けてくれるのなら、今ここで前金を払うわ」


 絶対に断られない。そんな自信がアリアリと出た表情でミズキはそう口にした。

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