蛇のような男
レジスタンス——本部。
支部とは比べ物にならない設備が並べられた医務室で石上恭也は中央にある寝台に横たわっていた。
必要最低限——下着のみの姿で横になる石上。
天井に取り付けられている3本のロボットアームが石上の無くなった左目へと伸びており、作業をしている。
その光景は石上からも見えていた。
時折、ピピッと緑の光が奔るが一体何をしているのか。素人である石上には理解出来ない。それでもこのアームを操作している人物は信用できる人間だと分かっているため、石上は気を抜いて体を預けていた。
暫くしてアームの動きが止まり、天井へと戻って行く。
治療していた左目にはガーゼが張られていた。
「もう良いよ。お疲れ様」
部屋のスピーカーから声が響く。
その声を聞いた石上は寝台から体を起こし、服を身に纏う。
無くなった左腕、右足は既に義手を取り付けている。見た目では生身の手足と見間違うレベルの義手だ。
真原であるならば、手足の再生も可能だった。だが、敢えて石上はそうしなかった。義手は、生身の体の時よりも身体能力を上げることが出来るが、それは一般隊員の話。異能持ちの身体能力に勝る義手は未だに開発できていない。
そのおかげで石上の身体能力は著しく落ちた。魔眼による限界突破も義手には影響しないため、石上にとっては重りを付けて動いているのと同じ負荷が掛かっている。
「…………」
無言で左腕と右足の調子を確かめる。
私生活ならば、問題はない。しかし、戦闘になるとこの重りは確実に自分の足を引っ張るだろうと予想する。
プシュッと空気の漏れる音が響いた。
振り向くと、スライド式のドアの向こうから現れたのは真原だ。
「調子はどうだい?」
「問題はありませんよ。今の所は、ですが」
そう聞くと真原は頭を掻く。
「それ、僕が作った中でも結構な力作だったんだけどね」
「結構重いです」
「望みの強度を実現するためにはどうしても重量が、ね。それ以上軽くすると最低限の戦闘にも付いていけなくなる」
「分かってますよ。ありがとうございました」
そう口にするとさっさと石上は、真原が入って来た入口とは逆方向にある扉から部屋を出ていこうとする。真原はその後ろ姿に声を掛ける。
「義眼は準備しなくて本当に良いのかい?」
「はい」
足を止め、トンと無くなった左目をガーゼの上から触れながら口を開く。
「俺は魔眼に特化した異能ですから、手足以上の遅れが出る可能性があります。右目だけでも十分対応できますから、問題はありませんよ」
「余計な重荷を背負ってないかい?」
「まさか——」
軽く肩を竦めて今度こそ石上は部屋を出ていく。それを見届けて真原も別の仕事に入った。
2人には遊んでいる時間などない。また別の仕事が待っている。
石上が足を向けたのはレジスタンスの幹部のみしか入ることを許されていない奥地。最も厳重で、堅牢な部屋。
張り詰めた雰囲気が醸し出すその部屋の扉にノックをして返事を待ってから入室する。
「No.003石上恭也。入ります」
部屋に入ると直ぐに視界に入ったのは3人の人物。
黒の戦闘衣に身を包んだ獅子郷蓮司、真希凛々子。両者が守るように立っている中央の机に座したレジスタンスの最高司令官——綾部玄道。
3名がそれぞれの視線を石上に向ける。
1人は警戒した目線を、もう1人は無くなった片目に行き、嘲笑するものを——そして、中央から人間に向けるものではない冷たい視線を。
2つの視線を無視して石上は中央に座る綾部の前まで歩き、もし、自分が綾部を襲ったとしても2人が反応できる位置で止まり、足を肩幅まで開く。
「(蛇、か)」
綾部を見て思い出すのは初めてここに連れてきた結城だ。
まだ幼かった結城は綾部の目を見て酷く怯えていた。それも仕方がないだろう。三白眼に加えて、不健康そうな顔色。まるで家畜でも見る様な視線。
石上や他の異能持ちは綾部が子供の頃からこうなのは知っているため慣れてはいたが、何もしていない初対面の子供にはきつかっただろう。
ある人物は、それを呪いだと言った。
石上もそれに同意する。これは、レジスタンスが育んでしまった呪いだろうと。
蛇の目をした少年は、そのまま全てを飲み込みそうな大蛇へと成長した。
先祖代々の恨みを受け継ぎ、吸血鬼を憎むようになった少年は、吸血鬼の細胞を持つ異能持ちですら嫌悪するようになった。
継承するべき技術を、知恵が途切れたのに怨みだけが途切れなかった。悪い冗談だと誰かが嗤った。それとも人間を勝たせないために神が用意した試練なのかと誰かが言った。
「(こっちを飲み込むようなことがないように祈りたいものだ)」
どうにもならない状況で綱渡りをしているレジスタンスの行く先を思い浮かべて石上は祈る。
最悪に陥ることがないように——と。




