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生物の最大の敵——それは空腹である


 その後、何とか北條を地下通路へ引き摺り込むことに成功したミズキ。

 入口の扉がしっかりと閉まっているかを確認するとミズキは北條へと向き直る。北條の手にはまだチラシがある。

 それに視線を落としている北條は寂しそうな雰囲気を出していた。

 手に持っていたチラシをミズキが引っ手繰り、グシャグシャに丸めて捨てる。それに北條は食って掛かった。


「あー!? 困ります。困りますお客様‼ 当店ではお触り厳禁ですので‼ どうか手をお放しください‼ というか放せ。もうバイト間に合わないんですぅッ‼」

「受かるかどうかも分からないバイトよりこっちの方が良いわよ。はい、それじゃあ詳細を伝えるから」

「丁重にお断りします」

「何で!?」

「何でもくそもあるか!!」


 思わず北條が叫ぶ。

 清掃会社の仕事を邪魔したいのかは分からないが、そんなことに北條が付き合う理由はない。


「というか、何で清掃会社何だよ。恨みでもあるのか?」

「いいえ、ないわよ」

「じゃあ、仕事の邪魔なんてするなって。それじゃ——」

「だから待ちなさいっての。ちゃんとした理由があるから。それを聞いてってば」


 再び首根っこを掴まれる。

 うっと息が苦しくなり、2歩後ろにたたらを踏むが、何とか持ちこたえ、振り返る。

 北條の抗議の視線もものともせずに、ミズキは平然としていた。このままではずっとこの状態が続くかもしれない。そう考えた北條はミズキに向かい合う。


「分かった。でも、まず聞くだけだ。受けるかどうかはその後で決める」


 警戒するように言った北條にミズキは笑顔を振りまいた。


「オッケーいいよ。それじゃ、説明するね。取り敢えず、カモダ重鉄工業って知ってる?」

「まぁ、名前だけなら」


 ミズキの口から出てきたのはこの街でも有名な大企業の名前だ。

 300年も前から武器の製造に携わって来たと言われているが、正直本当にそんなに長く続いているのかと疑われている企業だ。


「何か社長が吸血鬼だとか、実際は100年前に創業したばっかだとか言われてる所だろ?」

「そ。まぁ、たった1つの企業が——しかも需要の低い武器製造の企業が300年も生き続ける何てどんなことをして来たんだか不気味だからそう言われるのも仕方がないのよね」

「え? 本当なの?」

「知らない。名前が出始めたのは100年前。それ以降の記録はないからハッキリしないし——というか、そんなことはどうでも良いの」


 話を区切り、ミズキが手に持っていたチラシを叩く。


「問題はこっち」

「カモダと何の関係があるんだよ」


 文脈からその清掃会社のバイトとカモダが何かしら関係があるのかと考え、北條は尋ねる。

 するとミズキはチラシをピラピラと振って答えた。


「表向きには何の関係もないように見えるけど、このバイトの募集の依頼をしたのがカモダだって言ったらどうする?」

「はい? 何でカモダが清掃会社のバイトの募集をさせるんだよ」


 全く関係ない2つの企業。カモダは武器製造。もう1つはただの街の掃除屋だ。その2つが繋がる意味が分からない。

 北條が首を傾げているとミズキが説明をする。


「ある情報筋でね。カモダ重鉄工業の幹部とその清掃会社の社長さんが酒場で話してたって情報が届いたのよ」

「はぁ」

「まぁ、話の内容は大体愚痴みたいなものだったらしいんだけど、地獄壺が崩壊したって内容が多かったらしいのよね」

「地獄壺?」

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ミズキの言葉に北條が警戒を現す。

 地獄壺に行ったことはレジスタンスの中でも極少数しか知らないことだ。しかも、幹部クラスならば兎も角、末端である北條が命令に逆らったことまで知っている。

 何処でそれを耳にしたのか。レジスタンスの内部の情報を自在に探ることが出来るのであるならば、北條も組織の一員として対処しなければならないと体を僅かに動かす。


「待ちさないよ。別に情報を敵対組織に売り渡すつもりはないって。それにアタシ達が本部の情報を握ってるってレジスタンスも分かってるし」

「…………」

「まぁ、警戒するのは当然よね。アタシが言ってるだけで確かめようがないのも確かだし。でも、支部長クラスならアタシ達がレジスタンス内部の情報にも詳しいことは知ってるんじゃない?」


 本部も了承していることだから問題なし。そう言い切るミズキだが、北條は未だに半信半疑だ。他の人が当然のことを言っていても、自分がそれを当然だと思わなければ話は成り立たない。

 悩んだ末、嘘を見抜くことが出来ない北條は観察眼に優れた相棒に頼ることにする。


「(ルスヴン)」

『白だ。嘘は言っていないぞ宿主(マスター)


 名前を口にした途端に返ってくる答え。

 自分の思考などお見通しかとルスヴンに感謝を告げる。


「どうする。確認取って貰っても良いけど?」

「いや、大丈夫だ。信じるよ」

「…………」

「どうした?」


 信じると言った瞬間にキョトンとした顔を作り、続いてジト~とした目線を向けて来るミズキに北條が尋ねる。


「アタシの店に来た時も思ったけどさ。アナタ、人を簡単に信じすぎてない?」

「いや……そんなことは、ないと思うけど」


 過去を思い出す。

 人が簡単に信じられないということは分かっている。そして、自分が嘘を見抜く力もないことも分かっている。だから、ルスヴンに毎度見抜いて貰ったり、助言をして貰ったりしている。

 自分なりに警戒していると結論付けてそう答える。するとミズキはあまり信じていない様子だったが、ジト~とした目線を引っ込めた。


「……まぁ、人それぞれに基準はあるからね」

「アハハ——それよりも、話を戻してくれ」


 北條がそう口にするとミズキも自分が困ることではないと考え、話を戻す。


「了解。それで、え~と地獄壺が崩壊した話を2人が話してたって所だったわね」

「あぁ」

「内容的には——地獄壺崩壊とかマジねぇわ。犯罪者に逃げられてマジねぇわ。治安やべぇわ。これは直ぐに瓦礫撤去して新しいの立てなきゃ——みたいな感じだったのよ」

「お、おう」


 実際にやり取りを再現しているのか。ミズキが手ぶり身振りも加えて話し始める。

 まるでそこにいたのがミズキ本人のような言い方に、北條は気になってしまうが、今は気にしないようにと口を閉じる


「これ、どういう意味か分かる?」

「え? いや、そのままの意味じゃないのか?」


 唐突に問いかけてきたミズキに北條が答える。

 酒場で愚痴を言い合う以上、愚痴以外の何の意味があるのか。そう北條は考えるが、ミズキは違った。


「その話し合いをしていたその2人。実は第1区にある学園からの知り合いでね。ちょくちょく会社の愚痴を言い合う仲だったらしいのよ。だから、2人がそこで愚痴を言い合ってとしてもあんまり違和感を抱く人はいないのよ」

「もしかして——取引でもしてたって言うのか?」

「私はそう睨んでる」


 ミズキの言い分に考えすぎではないのかと口に仕掛けるが、ミズキの自信満々な言葉がそれを遮った。


「カモダ重鉄工業は他にも色々やってるって噂はあるけど武器製造会社。しかも会長である鴨田は前々から前時代の技術に手を付けたいって口にしてたからね。絶対に地獄壺の外壁に利用されていた瞬間衝撃吸収壁を狙っている」

「…………」

「証拠に清掃会社の社長さんの所にカモダの友人から個人的にプレゼントも幾つか流れてきてるし、バイトも戦闘能力に優れた元警備会社の人間が雇われてる」

「え、マジ?」


 思わず北條が声を上げる。

 すると本物だと証明付けるようにミズキは大きなリュックから資料を取り出して北條へと突き出す。

 それを手に取り、調べてみると、バイトの時に目にした金髪の男とその他複数人の男性の情報が載っていた。


「元警備会社って——そんなにブランクも空いてない現役同然の人達じゃん」

「そう。多分警備会社の人達にも手を回したんでしょうね。解雇させて手駒を送ったのよ」

「…………手が込み過ぎじゃない? 普通、そんなことでやめるか?」


 何故こんなことをするのか。それ程の価値があの地獄壺の瓦礫にあるのか。と北條は思ってしまう。

 バイトに落ち続け、仕事にありつけないこともあって余計にそう思ってしまった。


「大企業の奴等に媚び売ってるのよ。皆おこぼれにあずかりたいからね」


 カモダ重鉄工業に手もみをしながら近づく人間達を幻視する北條。

 それも生き残るための手段なのか。と思いながらも、自分にはそんな気は回せそうにないなと苦笑いを浮かべる。


「そんなものなのか。でも分からないんだけど、何でカモダ重鉄工業そのものが動かないんだ?」

「あぁ、それは簡単よ」


 北條の疑問にミズキが答える。

 リュックからもう1枚の紙を取り出し、北條へと手渡す。それは、吸血鬼の傘下にある企業全てに配られている用紙だ。


「地獄壺一帯が、レジスタンスの占領地?」

「近づくなって言われてるから、堂々とカモダは動けないのよ。だから、人を何人も挟んで吸血鬼の傘下にはない企業に話を持って行ってる」

「手が込みすぎてるのはそれが理由か」


 納得がいったと資料から目を離す北條。

 レジスタンスの占領地になっているから。手の込んだ手回しをして、敵対組織の占領地だから荒事にも慣れた人物を送る。

 受けようと思っていたバイトがそんなことに関わるものだったとは思わず、北條は天を仰いだ。


「それで話を最初に戻るんだけど」

「その清掃会社の邪魔をするって話か?」

「そうよ。アナタ、レジスタンスだし、自分の土地が荒らされるのは嫌でしょ?」


 そう言って北條に手を伸ばすミズキ。この手を振り払われることはないと思っているのか。北條に握られるのを待っている。

 しかし、悩む北條を見てミズキは内心で首を傾げた。


「(アレ? 上級吸血鬼の勝利で浮かれてるって思ってたけど、そうでもない感じかな?)」


 そう考えた瞬間、ミズキは攻め方を変える。


「あ、ごめんごめん。そう言えば報酬の話をしてなかった」

「え、報酬!?」


 意外な喰いつきを見せた北條にニヤリと内心で笑みを浮かべて、ミズキは頭の中で計算する。

 ミズキの狙いは清掃会社の邪魔だけではなく、瞬間衝撃吸収壁の確保も含んでいる。自分は表に出ず、北條に護衛をさせてそれを確保し、後で一番金額を付けた企業に売り払いつもりなのだ。

 似たようなことを考える者達も多く、既に動き回っている者もいることをミズキは知っている。行けばそこは戦場になっている可能性は多いにある。

 尤もそれを口にすることはない。わざわざ断られる条件を口にすることはないからだ。


「そうだね。じゃあ、前金として1000万」

「1000万!?」『なんと!?』


 耳にした大金に仰天する北條。会話の主導権は完全にミズキが取っていた。

 ミズキも北條に完全に情報を渡してはいないが、金額まで誤魔化すつもりはない。報酬は報酬として渡すつもりだ。

 自分のジンクスでもあるし、何より今後の安全のためでもある。

 騙されたと怒られても、それが正当な報酬ならば大抵の場合、相手は何も言えなくなるからだ。


「それに、好きな装備も補充してあげるよ。アナタ、武装とか破壊されたんじゃないの?」

「そ、そんなことまで掴んでるのか……」

「モチのロン。武器、情報——なんでもござれだからね」


 対吸血鬼用装備がなくなっていることまで、知られているのに戦慄し、胸を張るミズキを見る北條。

 ミズキの裏の考えに気付かない北條。頭の中にあるのは1000万という金額だけだ。

 色々と悩んでいたはずなのに、警戒していたはずなのに金額がそれを吹き飛ばした。思考を巡らせようにも1000万という数字が横からかっとんできて全てを消してしまう。


「(だ、駄目だ。落ち着け俺!! 上手い話には裏があるんだ!! 考えろ。こんな依頼受けたら——)」

『ビーフステーキ。寿司。うなぎ。メロン——もやしからの脱却』

「(やめろルスヴン!! 戻って来い!! 駄目だ、そっちにいっても何もないぞ!!)」


 金額に続いて上げられる食材の名前に北條の煩悩が激しく掻きむしられる。ルスヴンも最近の金欠のせいで空腹なのか金額を聞いてノックアウトになっている様子だ。

 思考が上手く働かない北條に、更に悪魔の囁きが呟かれる。


「ちなみに、成功した場合はもうちょっと色を付けさせてもらうよ?」

「————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————お願いします」

「はーい♡(ヴィクトリィ!!)」


 苦虫をかみ砕いた顔をする北條にミズキはガッツポーズを後ろで取った。


「それじゃ、着いて来て。アタシの家に案内する。そのままの格好じゃいけないし、まずは片付けるものがあるからさ」


 そう言ってミズキは北條の手を取って地下通路を歩いていく。

 煩悩に敗れた北條にその手を振り払うことなどできはしなかった。

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