働く者、働かせる者
目覚ましが鳴り響く。
部屋の外も中も真っ暗だ。だが、速すぎるという訳ではない。働く者にとっては早くもなければ遅くもない。そんな時間だ。
目覚ましが鳴ると同時に同居人も目を覚ます。
まだ瞼の重い宿主とは違い、同居人は寝起きが良かった。
『遅いぞ。宿主』
叱責するような声を聞き、ようやく宿主と呼ばれた少年。北條一馬も動き出す。
モゾモゾと布団の中が動いたと思えば腕が伸び、ベッドの脇にあるテーブルから照明のスイッチを入れる。
ピッと音がして部屋に照明がつく。
急に変わった部屋の明るさに北條が苦しそうな声を上げるが、暫くするとベッドを抜け、洗面所へと向かう。
そして、冷たい水で顔を洗い、眠気を吹き飛ばす——が、別の要因によって顔色を悪くした少年がそこにいた。
盛大に腹が鳴る。
そう、北條一馬は金欠だ。
地獄壺の1件から既1ヵ月。
本来ならば、支給金がレジスタンスから配られるのだが、命令を破った北條にはかなりの減俸が罰としてのしかかったのだ。
その間にも当然任務はある。お金は増えないのに減っていくお金を見て悲鳴を上げる日々。そのせいで北條は真面な食事を取ることが出来ていなかった。朝昼喰わずに夜だけ。しかもその食材はもやしオンリーの日々が続く。
その生活に参ったのかルスヴンも言葉が少なくなっていった。
「……腹が減った」
『水だ。水を飲め宿主。取り敢えず腹は膨れるぞ』
ギュルギュルと腹を鳴らし、ゾンビのような足取りで部屋に戻って行く。部屋のカーテンを開ける。すると、住み始めて10年。変わらない景色がそこにあった。
真っ黒な景色で街頭や通行人が手に持つライトがチラチラと光る見慣れた光景。面白くもなんともない光景を見て、このままでは駄目だと北條は無理やり気合を入れた。
「俺はバイト探しをしますぞ!!」
レジスタンスの活動はない。急に連絡が入ることもない。というよりもそうなるように北條が頼み込んだことによって今日は休みだ。
その間に、日雇いの仕事を見つけなければと支度をする。
「行ってきまーすっと」
準備を完了した北條は部屋から出て暗い街へと繰り出していく。そこには北條と同じようにチラシを持って歩く者達がいた。
彼らは北條のライバルとなる者達だ。朝から晩までありつける仕事を探し続け、真面な仕事を嗅ぎ分ける嗅覚を持つ猛者達。
彼らとの激戦を掻い潜り、北條は仕事を得なければならない。今回ばかりは譲れないと覚悟を決めて北條は歩き出す。
街が建設されてから存在し、現在まで街を支えてきた企業である——カモダ重鉄工業。
他にも街が建設されたから存在している企業はあるが、カモダのように巨大で強力な企業はいない。
この大企業が存在しているのは街の中央にある第1区だ。
街の者からはカモダタワーと呼ばれている建造物の最上階。街を見下ろせる位置に作られた部屋で2人の男が向かい合っていた。
その内の1人、見るからに座り心地の良さそうな椅子に腰かけ、背凭れに体を預けているのは、カモダ重鉄工業を継いだ男——鴨田壱弦だ。
手元にある資料を読み、放り投げる。それは目の前の部下が持って来た資料だ。そこに地獄壺一帯の今後の管理についてが記入されていた。
「吸血鬼共め。また、面倒くさいことを」
唾を吐くように悪態をつく。
それに顔を青くしたのは目の前にいた部下だった。
「か、会長……そ、そのような言葉は——」
「ふん、なんだ? 吸血鬼共に聞こえると言いたいのか?」
そう言って鴨田は部屋の一部に視線を移す。
カモダ重鉄工業のトップなだけあってその部屋は豪華絢爛とも言って良いものだ。全てのものが一級品。かと言って部屋が芸術で塗り固められている訳でもない。
来た者を一目で魅了し、権威を感じさせるバランスが整った部屋だ。だが、そんな部屋の雰囲気をぶち壊しにするかのように壁に据え付けられた金属パイプがそこにあった。
まるで血が走っているかのように脈動する金属パイプ。それを見て鴨田の表情は更に苦々しくなる。
「芸術を理解できん獣共め。あんな趣味の悪いものをここに持ち込みやがって。先代もよく我慢していたものだな」
「……ですが、会長。アレは私達を守るためのものであって」
「はっ——ここを何処だと思っているんだ? 第1区だぞ? ここに入ってこられる連中などいないだろうが」
部下の言葉を嘲笑し、吐き捨てるように言う。
カモダ重鉄工業も吸血鬼の傘下にある企業だ。何かあった時のための連絡として異能による意思疎通の手段が作られることに不満はない。
だが、わざわざこの部屋に、しかもあんな悪趣味な見た目にする必要はないだろうと思う。
「(俺を監視するため。というのは分かっているが……全く、それならもっと見た目を重視しろっての)」
内心で愚痴を吐く。
鴨田は分かっていた。あの金属パイプの本当の意味を。連絡手段など建前。本当の目的は人間を監視するためのものだと。
部下もそれが分かっているため、吸血鬼を貶める様な言葉を吐いた鴨田に顔を青くしたのだ。
だが、鴨田は部下以上に分かっている。監視は常に行われている訳ではないと。
「それよりも、こっちについてだ」
「は、はい」
視線を脈動する金属パイプから外し、机の上に置かれた資料を指でトンと小突く。
「レジスタンスが地獄壺を崩壊させた。この資料に間違いはないのか?」
「はい。その資料の裏取りは済ませました。周囲に住む者達も建造物が崩れている瞬間を見たと証言していましたので間違いありません」
部下の報告を耳にして鴨田は眉間に皺を作る。
資料には何故レジスタンスが地獄壺に乗り込んだのかは書かれていない。ただ、レジスタンスとの戦いが地獄壺であったこと。その戦いによって地獄壺が崩壊したこと。そして、その一帯が立ち入り禁止になったことが書いてあるだけだ。
「そもそも何であのイカれた連中は地獄壺なんぞに潜入したんだ? どう考えてもデメリットしかないぞ」
「詳しく調べますか?」
部下の進言に、暫く黙り込み考えると首を横に振った。
「いや、良い。俺達はイカれた連中にも関わり合いになりたくないからな。放っておけ」
「承知しました」
「それに、俺達には残骸の方が大切だ」
資料を手に取り、立ち入り禁止となった1行を見詰める。
地獄壺は300年以上前の技術によって建てられた建造物だ。まだ吸血鬼と殺し合っていた頃の時代。人間の科学が最高潮を迎えていた時代の技術の結晶。
残念ながらそれを後世に伝えることをしなかったせいで失われてしまったが、それを解析するチャンスが巡って来た。
なのに——。
「これは、関わるなっていう警告だと思うか?」
「分かりません。情報ではその文書は大小関係なく、傘下の企業全てに配られています。また、吸血鬼達もその一帯から完全に姿を消した、と」
「……クソ。分からないな。何が起こったんだ?」
窓の外に視線を移す。
見ているのは地獄壺があった方角だ。
何故立ち入り禁止なのか。レジスタンスが制圧しているのか。では何故取り返さないのか。それとも取り返せないのか。何故取り返せないのか。吸血鬼が脅威とも思える程の兵器があそこにあるのか。
鴨田はレジスタンスに関わり合いになりたくはない。何故ならあそこはイカれている連中の集まりだからだ。
300年前から未だに外に出ることを願い、勝てるはずのない戦いに挑んでいる大馬鹿の集まり。戦いを忘れられない連中だ。
聞けば、レジスタンスを率いる男は先祖代々吸血鬼を怨み続けているという。それを聞いて鴨田は馬鹿げた話だと嘲笑を隠さなかった。
イカれている。どうかしている。馬鹿げている。300年以上前のことをずっと恨み続け、しかもそれを子孫も続けているなど呪い以外の何物でもない。
そんな男が率いる組織と鴨田は関わり合いになりたくなかった。
「……おい、この文書は傘下に無い企業には配られていないんだな?」
「はい。間違いありません」
窓の外を睨み付けていた鴨田は振り返らずに部下に尋ねる。
部下の揺るがない返答を聞いた鴨田は顎に手をやる。
レジスタンスとは関わり合いにはなりたくない。だが、地獄壺に使われたミサイルすら跳ね返す瞬間衝撃吸収壁は手に入れたい。あわよくばその技術を自分達のものにしたい。
自分の欲望を叶えるために自分の知恵を絞り、考え——そして振り返る。
「なら、そこに依頼しよう。と言っても、人を挟んでの依頼だがな」
「——ッ。承知致しました」
鴨田の意図を察して部下が深々と頭を下げる。
この後、常夜街には1つのチラシが配られる。それは鴨田重鉄工業とは全く関係ない清掃会社によるもの。
その清掃会社が配られるチラシは北條が抱えた大量のチラシの中にも1枚存在した。




