波乱の予感
金髪の髪を揺らして飛縁魔が通路を歩く。彼女が向かうのは定例会として使われている大部屋だ。傍に控えた女吸血鬼が襖を開けるとそこから部屋へ足を踏み入れる。中には数人の吸血鬼。背筋をピンと伸ばし、ぶれることなく全員が頭を下げる。
それを横目に上座に位置する場所に腰を下ろす。
「ほな、定例会始めましょうか~」
「「「「ハハッ」」」」
部屋にいた吸血鬼全てが一糸乱れずに返事をする。彼らの顔には同じものが張り付いている。それは恐怖だ。彼らの中に飛縁魔に対する忠誠はない。例外は飛縁魔の後ろに立つ磯姫のみ。ただ怖い。それだけの理由で頭を下げ、嵐が通り過ぎるのを待っていた。
吸血鬼は気分で動くことが多い。ちょっとこれをしてみよう。あれをしてみよう。そんな軽い気持ちで行動することがある。その中でも飛縁魔は気分屋、そして遊び好きで有名だ。
部屋にいる吸血鬼は中級の中でも飛び切りの腕を持つ吸血鬼達。彼ら全員で挑んでも飛縁魔は殺すことはできない。
傷をつけることはできるだろうが、言ってしまえばその程度。それに下手に傷を与えて激情されてしまえば五体満足で帰ることなどできなくなる。
気分屋の吸血鬼の中でも更に気分屋。そして、最上位の力の持ち主。気ままに振るう力が桁違いなだけに誰もが恐れているのだ。
「ん~? そう言えば、ジドレーとリーグウェルドはぁ?」
「ハ——その御2人は…………その、緊急の予定が入ったとのことで」
司会を務める中級吸血鬼が冷や汗を流しながら答える。
飛縁魔の視線の先には空席の椅子が2つあった。そこは飛縁魔や磯姫と同じ、上級に分類される吸血鬼が座る場所だ。
中級吸血鬼の言葉を聞いて飛縁魔はどうでも良さそうな態度を、磯姫は不機嫌な態度を取る。
「貴様ら、何故呼び出しにいかなかった?」
殺気をぶつける磯姫に慌てたのは視界の吸血鬼だ。
「ち、違うのです!! ジドレー様とリーグウェルド様の所にもちゃんと遣いを出しました。ですが、全員が首だけになって帰ってきて……」
「ほう。だから、飛縁魔様の御意思を無碍にして良いと?」
「そのようなことは決して!!」
司会を務める吸血鬼の顔が青くなっていく。助けを求めて視線を椅子に座る吸血鬼に向けるが、他の吸血鬼達は視線を逸らして我関せずを貫いていた。
司会をやったばかりに命の危険に陥る。何とも旨味のない立場であった。
司会の吸血鬼も手を抜いた訳ではない。ジドレーとリーグウェルドをここに連れてこようとあらゆる手段を講じた。だが、無駄だった。
その2体の上級吸血鬼は、力は飛縁魔に劣るものの飛縁魔を恐れておらず、飛縁魔に負けない程の気分屋だったのだ。
自分のやりたいことしかやりたくない。だから、そんな場所に行くのは嫌だ。それが2体の言い分だ。
彼らの重い腰を上げさせようとするが、全ては無駄。逆に機嫌を損ねることになり、向かわせた手勢は全て死体となって帰ってくる。
司会の吸血鬼にはもうどうしようもなかった。
「飛縁魔様、いかがいたしましょう?」
「ん~?」
磯姫は主である飛縁魔に尋ねる。どうする?と問いを投げているが、その顔にはアイツ絶対殺す。その後アイツ等も殺す。と書いてある。
恐怖のあまり言葉を失う吸血鬼に視線をやり、テーブルに向き直って考える。
磯姫が司会の吸血鬼を弄るのも面白い。もっと見ていたい。磯姫がジドレーとリーグウェルドと戦う所も見てみたい。
しかし、このままいけば磯姫は司会の吸血鬼を弄るのではなく殺すだろうし、ジドレーとリーグウェルドと戦うとなれば、この街は原型を留めることなく破壊されるだろう。それは面白くなかった。
「(最近は詰まらないことばかりだったけど、ようやく面白くなり始めたばかりやからなぁ)」
飛縁魔はジドレーとリーグウェルドがここに来ないことも気にしていない。今、飛縁魔が楽しみにしているのは2つだけだ。
そして、ふと思う。
アレとぶつけ合わせたらどうなるのだろうか?
そんな興味が湧いてきた。どうなるのか結果は分からない。だから面白い。一方的虐殺になるのかもしれない。けど、最後の最後で逆転劇があるかもしれない。
一度湧き出た興味を止めることは飛縁魔自身でも出来なかった。
後ろを振り向き、尋ねる。
「磯姫。コイン持っとる?」
「コイン、ですか? 申し訳ございません。持ち合わせてはいません。この失態は私の首でッ——」
「あぁ、ええよ。ええよ。聞いただけやさかい。う~ん。ほんならどうしようかなぁ」
コインを持っていないだけで自害しようとする磯姫を軽く流し、飛縁魔は胸元からサイコロを2つ取り出す。
それは石上とのゲームで使用したものだ。
飛縁魔にとって道具は使い捨てるもの。だが、それだけは取っていた。なんせ、自分自身を傷つけた道具なのだ。
記念に取っておくのも面白いとそう思ったのだ。
「なぁ、司会のあんちゃん」
「(あんちゃん……)は、はい」
「丁か半か。どっちが良い?」
「——はい?」
意味が分からず司会の吸血鬼は惚けてしまう。
相変わらず飛縁魔はニコニコとしており、怒った様子はない。だが、その後ろに立つ磯姫からは殺気がぶつけられた。
「ちょ、丁で!!」
何も考えずに答えてしまう。
何かとんでもないことをしてしまったのではと不安が過るが、そんな吸血鬼の心中など気にせず、飛縁魔は2つのサイコロを放り投げる。
テーブルの上にサイコロが落ち、コロコロと転がって——止まる。
「2と4——6の丁やなぁ。まさか一発で決まるとは思わんかったわ」
何がしたいのか周囲にいる吸血鬼は首を傾げるばかりだ。だが、尋ねたりはしない。見るからに飛縁魔の機嫌が良いのだ。
水を差すような真似をして、機嫌を損ねてしまったらそれこそ殺されかねない。
飛縁魔がサイコロを胸元にしまい、笑顔で司会の吸血鬼に向ける。その笑顔を向けられた吸血鬼はゾッと背筋が凍った。
「ジドレーに伝えてぇな? この会議が終わったら、ウチが会いに行くって」
何かが起こる。そんな予感がしながらも、それを止める権限も力も吸血鬼に無かった。
こくこくと頷く吸血鬼に飛縁魔は満足げな表情を浮かべる。
「飛縁魔様。恐れながら、一体何をなさるおつもりなのでしょうか?」
後ろにいた磯姫にも飛縁魔が何をするつもりなのかは分からなかった。しかし、周囲にいる吸血鬼と違い、恐怖は一切ない。
知らなければ飛縁魔の役に立てないかもしれない。そう考えての発言だった。
すると、飛縁魔はチロッと舌を出して答える。
「悪戯やで?」
そこには、何処まで行っても自分が楽しむことしか考えない無垢な少女の笑顔があった。




