洗脳
北條が結城と合流した際、結城は念力で浮かせた瓦礫で取り囲み、高速で回転させて周囲を守ることで身の安全を確保していた。
例え瓦礫が砕けようと代わりは幾つもある。爆撃で破壊されようと、吸血鬼の突進で砕けようと作り出した陣がなくなることはない。
異変を感じ取り、逃げ惑う囚人達と遭遇して守ることになっても余裕は崩れなかった。異能持ちにとって爆撃など大した脅威でもなく、下級吸血鬼に苦戦することなどなかった。
だが、北條達が連れてきたムカデを見て結城の顔も引き攣ってしまう。
あれだけの質量に突撃されたら、流石に結城も後ろの囚人達を守り切ることは出来ない。それでも、北條と石上を切り捨てるという選択肢はなかった。
持ち上げられるだけの瓦礫を念力で掴み、ムカデへと投げつけ牽制する。
「クソッ意味ないか」
だが、投げつけた瓦礫はあまりにも小さすぎた。
かなりの速度で投げたはずの瓦礫はあっけなく砕け散る。ムカデは怯むことなく、むしろ気性を荒くして突っ込んでくる。
このままでは北條と石上が間に合わない。そう判断した結城は周囲を旋回させている瓦礫を停止させ、北條と石上を念力で引っ張る。
間一髪。巨大ムカデの足で踏み潰される所だった北條達は助け出され、陣の内側へと入る。
しかし、それで危機が遠ざかった訳ではない。むしろ、危機を呼び込んでしまう羽目になった。
北條、石上。朝霧と囚人達。2つに分かれていた標的が1つになったのだ。下級吸血鬼も含めれば2つだが、これまでの経験から目が赤くない者達の方が弱いことを知っている巨大ムカデは一纏めになった北條達を狙った。
「このッ」
結城が前方に向けて防御を厚くする。
瓦礫に瓦礫を積み重ね、巨大ムカデの突進を防ごうとする。
ゴゴンッ!!と音を立てて巨大ムカデの体がうねった。巨体に纏わりついていた下級吸血鬼が振り落とされ、瓦礫の上を転がっていく。
巨大ムカデの突進を止めるために結城は旋回させていた瓦礫を使用した。旋回して陣を作りながらでは、周囲にある瓦礫を使っても投げるだけが精々。全てを使わなければ巨大ムカデを止めることは出来なかった。
つまり、結城の力は今全て巨大ムカデに集中しており、下級吸血鬼から身を守る余裕がないということだ。
陣が無くなったことに気付き、下級吸血鬼が襲い掛かる。
「北條ォ!!」
迷わず結城は北條に助けを求める。
「任せろ!!」
そして、北條もそれを断ることなどしなかった。
囚人に襲い掛かっていた吸血鬼の横腹を蹴り飛ばし、飛び掛かって来た吸血鬼の顔面に向けて拳を放つ。
鈍い音が響き、ほんの少しだけ北條が後退した。
内側から肉が盛り上がる感触を感じ取り、気味悪さに表情を歪ませる。——が、動きを止めている暇はない。
再び動き出す前に殴りつけた吸血鬼を襲い掛かってくる吸血鬼に放り投げて妨害する。
3体の吸血鬼を相手にしただけで、北條の息は上がっていた。
メキリと音を立てて盾にしている瓦礫が崩れる。
陣がなくなったことで下級吸血鬼の脅威も出始めた。北條1人では到底防ぎ切れるものではない。
異能を隠している以上、北條は異能を使わない。追い込まれれば使うだろうが、それでは北條の立場を悪くしてしまう。
「恭也さん!! もう一度私に強化を!!」
ならば、やることは1つだと結城は覚悟を決めて叫ぶ。
石上の異能による更なる強化。
今度は反動を抑えたものではなく、朝霧に施した体がズタボロになるような強化を望んだ。
「駄目だ。お前、そんなに体が丈夫じゃないだろ」
石上が瓦礫の1つに腰掛けながら、結城を睨み付ける。
襲い掛かってきた吸血鬼を洗脳し、手駒を増やしつつ口を開く。
「あの強化は十分な肉体を持ってなきゃ出来ないことだ。お前は治癒能力もそれほど高くねぇだろ。寿命が縮むか、最悪死ぬかだ」
「でも、このままじゃ——」
盾となる瓦礫がまた1枚崩れる。他の盾にも罅が入り始め、もう長くはないことは察することが出来た。
このままでは全員が死んでしまう。そう焦る結城だが、石上は何処までも落ち着いていた。
「安心しろ。俺がやる」
盾が全て破壊される。
目の前には巨大なムカデの頭があった。口が開く。丸呑みにされる。周囲にいた吸血鬼もこぞって襲い掛かってくる。
悲鳴が響いた。丸呑みにされるか。纏わりつかれて貪られるか。どちらも選びたくない選択肢が結城の頭の中に浮かぶ。
この状況で生存は無理だと思いながらも、結城は動く。
無駄だと分かっていても念力で一矢報いようとして————。
「俺がやるって言っただろうが」
呆れた声と共に巨大ムカデが進行方向を変えた。
「キャアッ!?」
小さな瓦礫と風圧に驚き、小さく悲鳴を上げたのは結城だ。北條も急に自分達を守るように動いた巨大ムカデに驚き、動きを止めている。
周囲に群がってきた吸血鬼を捕食する巨大ムカデ。その様子を暫く見ていた結城はハッとして石上に視線を移す。
石上は特に慌てるでもなく、当然と言ったように瓦礫の1つに腰を下ろしていた。
「もしかして、洗脳しました?」
「あぁ、というか出来ないと思ってたのか?」
「い、いえ……でも、虫にまで効果があるとは思っていなかったので」
申し訳なさそうに視線を逸らす結城だったが、知らないのも無理はない。なんせ石上も自分の異能に関して詳しく教えている者などいないのだ。
異能はレジスタンスにとって切り札。
切り札の情報を秘匿するのは当然のことだ。本部にあるデータベースにも引き出されることを承知してダミー情報を混ぜたりして何重にも警戒を重ねている。
例え親しい間柄であったとしてもその情報を渡す訳にはいかないのだ。
石上も責めているつもりは一切ない。真面目に受け取り、あたふたする結城を見てクスリと笑い、肩を竦める。
「まぁ、俺が言っていなかっただけだからな。気にしなくていい」
「……はい」
「それに、お前も俺に言っていなかったことがあるみたいだしな」
そう言って石上は後ろに視線を移す。そこには状況を把握できておらず、身を寄せ合って恐怖を少しでも減らそうとしている囚人達がいた。
「意外だな。お前が人助け何て」
「え、えっとですね。あの人達は……その」
石上の口調は責める様なものではなかった。意外、と言いつつも、特に気にしていない様子だ。
けれど、それが結城にとっては恐ろしく感じられた。
任務中に人助け。しかも、今回はその人間達のせいで結城はこの場に拘束され、巨大ムカデに真正面から挑まなくてはならなくなった。
任務以外のことで異能持ちが死にかけた。これに怒りもしないのは、自分にそれほど期待をかけていないからか。見限っているからか。
そんなことはないと思いながらも、考えを捨てきれなかった。
経緯を口にしなければ、いや、しかし——と言い淀む結城。代わりに説明をしたのは結城の横に立った北條だ。
「俺が助けてくれって言ったんですよ」
「へぇ、お前が……」
試すような視線が北條を貫く。が、直ぐに視線は柔らかくなった。
その変化に北條が眉を寄せた。
「……責めないんですか?」
「言わなければいけないことは幾つもある。だが、今回はそれが多すぎる」
石上が立とうとしてよろめく。
片手、片足。そして視界も半分失われたとあってはバランスを取るのは難しい。体力も大幅に削られている。
本来ならば安静にしなければいけない。ベッドに今直ぐ放り込むべき人間No1の体をしている。にも拘わらず、傍に駆け寄った結城の肩を借りずに立ち上がる。
「それにお前等の上司は俺じゃないし、それをする時間も体力も惜しい」
怒るのは上司に任せる。と聞いて2人が顔を青くする。2人の上司は赤羽と朝霧だ。帰ったら2人からの折檻が待っている。そう考えるだけで身を震わせた。
その様子を見て調教されてんな~などと思いつつも石上は外を見る。
周囲では下級吸血鬼と巨大ムカデが戦闘している。
巨大な体で石上、結城、北條、囚人達を囲いつつ、吸血鬼を薙ぎ払っていた。頭が反対の方に向いている間に、吸血鬼は巨大ムカデの体を傷つけては逃げ、傷つけては逃げを繰り返している。
強さで言えば、巨大ムカデの方が強い。だが、殺されるのも時間の問題だと判断した。
「まずは後ろの囚人共をどうにかするか。結城、ソイツ等を連れて外に逃げろ」
「え——」
石上の指示に結城が食って掛かる。
逃げろ。という言葉は結城は嫌いだ。足手纏い。役立たず。そんな言葉が過るからだ。そんな自分にはもうなりたくないという思いが強い結城だが、石上は結城の中で指示を乞うべき相手という位置にいる人物だ。
その人物から指示をされれば、自分の思いなどは関係ない。
強い人が言うならばそうなのだろうと結論して、肩を落とす。
「言っておくが、足手纏い何て思ってないからな」
その分かりやすい反応に石上は頭を掻き、補足する。
「アイツ等をこのままにしては置けない。何より助けたのなら責任も生じる。こんな場所で最後までお前は吸血鬼からアイツ等を守ったんだ。なら、外に無事に送り届けることが出来るのはお前しかいないと考えたからお前を指名しただけだ」
「そう……だったんですか」
「そうだ。だから、頼んだぞ」
「————ッ!! はい!!」
頼んだぞ。その言葉は結城を元気づけるのに十分だった。
先程の落ち込んだ様子は何処へやら、反転してやる気に満ちた表情をする結城。石上は北條に視線を移す。
「お前は俺のサポートだ。と言っても、体を支えるだけでいい。俺も直接戦えるわけじゃないからな。強化した反動は来てないか?」
「問題は、ない。と思いますよ」
体をあちこち触りながら北條は答える。
頭痛も起こっていなければ、筋肉痛も起きていない。健康そのものだ。
「なら、大丈夫か」
「俺が石上さんを背負っていくんですか?」
「いや、コイツに乗っていく」
そう言って石上は巨大ムカデを指差す。それを見て北條は露骨に嫌な顔をした。
当然だなと石上も苦笑する。だが、反対することは許さなかった。
「というか、思ったんですけど洗脳できるなら最初からやっとけば良かったんじゃ?」
最初から巨大ムカデを味方に引き込むつもりならば、ここまで逃げることはなかったのでは?と思った北條が尋ねる。
石上が顔を顰める。
「残念だが、洗脳と言っても出来るのは簡単な指示だけなんだ。細かな指示を出して理解されなきゃ出来ない。落下している状態で俺達を安全に掴まえろ。と言われてもこいつが理解できなきゃ意味がなかったんだよ」
石上が説明したのはある実験のこと。
虫や動物に異能は通じるかを試していた時のことだ。
飼いならされた動物ならばまだしも、野生の生物達は人間の指示など殆ど理解していない。
掴まえろと指示すれば、獲物を捕まえる時のように明らかに殺傷能力の高いものが飛んでくる。それに、あの巨大ムカデはどのような調教が施されているのかも分からない。
人間を操るのと動物を操るのではそれだけ難易度があると石上は説明する。
「そうだったんですね」
「あぁ。まぁ、あの場どんなことでも切り抜ける自信があったというなら、今度は——」
「いえいえいえいえいえ!! そんなことはございませんとも!!」
石上が全てを言い終わる前に北條は否定する。
その様子を見て石上が軽く笑みを浮かべた。
「それじゃ、行くぞ。本命に——」
本命——それが、ペナンガランのことだと言われずとも分かった。北條と結城が気を引き締める。まだ、戦いは終わっていない。
これから別れることになる。それでもそれぞれの役割が出来た。
爆撃が降り注ぐ中、3人は動き出す。




