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思考加速

 

 爆破が起きる。

 瞬間衝撃吸収壁によって爆発は吸収されて被害は収まる。が、暫くすると被害は出始める。4層を丸々破壊したことで5層を支えるための柱も崩れ落ちた。5層も綺麗に3層の上に乗っている訳ではない。

 偶然、落ちてきて絶妙なバランスを取っているだけである。


 無人機(ドローン)の爆撃は吸血鬼が外に這い出ようとする限り続く。吸血鬼は自分の空腹を満たすために感知内にいる人間を喰おうと外へと目指し続ける。

 出口など本来あるはずがなかった。だが、4層が崩れ、壁も破壊された今、所々に外に続く隙間が出来てしまった。

 そこから吸血鬼は外に出ようと体を捻じ込ませる。1匹2匹という数ではない。数百という吸血鬼が一斉にその隙間から這い出ようとするのだ。そこに無人機の爆撃である。

 絶妙なバランスを保っていた状態が崩れるのは時間の問題だった。


 瓦礫時々爆撃。周囲からは吸血鬼。そして、隣には傷を負った石上恭也。

 北條はキャパオーバー寸前だった。

 何処を向いても危険地帯。先程までいた場所に爆撃が落ちたと思ったら、吸血鬼に襲われ、それと同時に瓦礫が降って来たり、足場が崩れたりする。

 情報処理が間に合わない。何が起こっているのか把握できない。


 頭が痛い。いつの間にか傷を負い、血を流していた。

 隣から熱が北條を襲う。なのに音が聞こえなかった。鼓膜がやられたらしい。

 足場が崩れる。下には数匹の吸血鬼が見える。咄嗟に石上を庇うように下になるが、無意味だ。

 1人の人間が下敷きになったとしても衝撃が和らぐ高さではない。何より下から吸血鬼が、上からは瓦礫と爆撃が来ている。

 落ちて死ななかったとしても、次に待っているのも死だ。


「(やばいやばいやばいやばい!! どうするどうするどうするどうする!? 何か道具——はないッ。なら、やっぱり異能を——)」

宿主(マスター)。前だ!!』


 ルスヴンの声は音が真面に聞こえなくなった状態でもハッキリと聞こえた。

 前を見て息を飲む。

 そこには、数百の足。規則外の大きさ。気味の悪い音を響かせるムカデがいた。

 ムカデが口を大きく開けている。


「(こんな時でも食事かよッ!? 生き残るとか考えないの!? 命大事にしなよ!!)」

『死ぬ間際だからこそ、喰らおうとしているのではないか?』

「(冷静な分析ですねぇ!!)」


 巨大なムカデは真っ直ぐに北條と石上に向けて突っ込んでくる。瓦礫が落ちようと爆撃されようとビクともしなかった。


「北條!! 俺の眼を見ろ!!」


 顔を掴まれ無理やり視線を合わせられる。


「ちょ——」

「黙ってろ」


 石上は考えていた。どうすればこの状況から抜け出せるのか。

 自分自身の身体能力を強化しても意味がない。傷口が開き、余計に足を引っ張ってしまう。何より戦う程の体力が残っていない。

 ならば、北條の身体能力を底上げするか。と考えるが、それは意味がないと考え直す。

 北條は戦闘衣(バトルスーツ)を着ている。異能持ちでもない人間の身体能力を上げても、戦闘衣を着ている状態と同じになるだけ。むしろ、デメリットがある分、底上げしない方が良い。

 ならば、と北條の様子を観察する。

 何が足りていないのか。この男に最も必要な物は何なのか。

 今、石上が出来ることはサポートだけだ。

 不足分を補わせ、十分に戦える状態を作り出すことだけ。


「(今の俺に役割は、生き延びられることを祈るだけじゃない。こいつの不測の部分を補うこと)」


 そして、見つける。

 北條に不足しているものを——。


「少し冷静になれ。慌てるだけじゃ状況は打開できねぇぞ」


 常に切羽詰まり、考えが纏まらない北條。目まぐるしい変化に全くついていけていない。

 時間が必要だった。そんなものこの状況で手に入るはずがない。しかし、北條の情報処理速度を上げることなら石上に可能だった。

 その瞬間、北條の景色が変化した。

 色や景観が変わったのではない。ゆっくりと、自分以外の時間が止まったのではないのかと思う程、周囲の動きが遅くなる。


「(——これは、一体)」

『あの小僧の仕業だ』


 困惑する北條にルスヴンが説明をする。

 朝霧や結城のように肉体の強制解放を施されたではなく、言わば、人間が死ぬ間際に陥る走馬灯と同じ状態——極限の集中状態を引き出されたこと。

 石上がそれをしたのは恐らく朝霧、結城のどちらかと合流するために北條の力だけを使ってこの場を切り抜けるつもりだと言うこと。

 朝霧は既に感知範囲から消えているが、結城はギリギリ入っており、落ちた穴から14時の方角にいることを告げる。


 説明をしている最中、ルスヴンは不機嫌な様子だった。

 北條はそれに気づいていたものの、何か自分がしてしまったかと勘違いをする。実際は、石上が戦うことはせず、サポートに回ることに不満を抱いていた。

 北條をサポートするのは後にも先にも自分だけだ。独占欲にも似た感情で、石上を嫌っていたのだ。

 石上が北條を極限の集中状態になったことで、当然中にいるルスヴンも北條と同じ時を過ごしている。その間に石上が教えるであろう全てを予測し、教える。

 そして——。


『よし、行け宿主!!』

「(おう!!)」

「——グッ」


 北條は動き出す。

 態勢を整え、戦闘衣の性能をフルに発揮して瓦礫を駆け上っていく。思考のみが加速し、周囲の状況を把握する余裕が持って動きが格段に変わった。

 指示を出そうとしていた石上はいきなり動いた北條に目を丸くしていたが、脇目もふらず、何処に行くべきか分かっているとばかりに走る北條を見て何も言わず、口を閉ざした。

 少し遅れて北條達がいた場所を巨大なムカデが通り過ぎていく。それを見て、北條は笑みを作った。


「よし、このまま引き離して——」

『いや、引き離さない方が良いだろう』

「いや、引き離さない方が良いだろう」


 2つの声が重なる。

 発したのはルスヴンと石上だ。


『あ゛ぁ?』

「一定の距離を保って連れていけ。その方が俺達も助かる可能性がある」


 尤も、ルスヴンの声は石上には聞こえない。だから、ルスヴンの怒りに満ちた声も聞こえない。聞こえているのは北條だけだ。

 表情を硬くする北條を余所に石上はスラスラと答えていく。


「アイツが下級吸血鬼を襲っているのを見た。下級吸血鬼がアイツを襲うのもな。どうやら仲間だって意識はないらしい。なら、俺達が手を出す必要もない。上の層も吸血鬼共が多いし、連れて行って互いに喰らい合って貰った方が良い」

『…………』

「どうした?」

「な、何でもないです!!」


 誤魔化すように北條は取り繕い、足に力を込めて跳躍する。

 明かに人間では不可能な大きな跳躍。極限集中状態なのも相まって数倍早くいつもより動けていた。

 僅かな隙間を掻い潜り、走る。巨大なムカデは的になりやすく、何度も吸血鬼に襲われることになった。

 その度にムカデは大暴れをして北條にも被害が出かけた。それでも、ムカデを引き離そうとしなかったのは北條よりも下級吸血鬼の方が被害を被ったからである。

 北條から見ればそれはゾッとするような戦い方だ。

 体中を貪られながら体を捩じらせて暴れまくるムカデ。大きさも相まって龍にも見えるムカデが暴れればその場は唯では済まない。

 爆撃を弾き、瓦礫を飛ばし、足場を破壊する。

 いつもより早く動けるからと言って気を抜いていい瞬間などそこにはなかった。竜巻に追われているようなものだ。

 足が止まれば終わると頭が危険信号を発していた。

 ようやく、北條がその目で結城を捉えると。


「結城!! 生きてたか!!」


 北條は顔を綻ばせ。


「何でソイツ連れてきたの!?」


 結城は当然のように悲鳴を上げた。





 北條、石上が結城と合流していた頃。

 地獄壺の底では、大量の屍が横たわっていた。

 屍の上に立つのは朝霧友梨。体中を血で汚し、片腕をなくした状態で肩で息をしていた。


「(上、煩いな。ミサイルでも撃ち込まれたか?)」


 上から響く激しい爆発音を耳にするが、特に気にすることはなく朝霧は目の前の視線を向ける。

 肩からは血が止めどなく流れている。それを止めようとしないのは、この程度の怪我は慣れっこだからだ。


「全く。無作法二も程がある。た二んノ家二爆弾を落とすとは」


 朝霧の前にいたのはペナンガランだ。

 ペナンガランの体(顔)には、傷は1つもない。当然だ。ペナンガランは下級吸血鬼を従える立場だ。攻撃をされる訳がない。

 朝霧の腕を斬り落としたのもペナンガランだ。

 数百の下級吸血鬼に襲われ、視界も碌に働くなった朝霧は下級吸血鬼に紛れるペナンガランに肩を噛みちぎられたのだ。


「それ二しても、お前達がここ二いるというノ二爆弾を落とすとは。存外、貴様らは薄情ナノだナ」

「そんなこと考えてたの。意外ね」

「当然だ。弱者は集まらなければ強者二抗えヌ」

「——フフッ」


 上から響く爆音をペナンガランは下級を殺すためのものだと判断する。

 吸血鬼を殺すために犠牲を払い続ける人間達。だが、ここにいる者達は人間の中では高い実力を持っているというのはペナンガランも分かっている。そして、その数が少ないと言うことも。

 それなのに、その者達を犠牲にして吸血鬼を殺そうとする。この程度で殺せるはずがない。無駄なことだと失笑する。

 悠然と朝霧を見下すペナンガランだったが、朝霧が笑みを零したのを見て眉を顰める。鬼のように鋭い眼つきが、更に鋭くなった。


「ナ二が可笑しい」

「いや、誰に向けてのものかなと思って」


 朝霧が肩を竦める。

 深手を負っているというのに、その言葉は流暢だった。


「話を聞いていナかったノか?」

「聞いてたわよ。群れなきゃ強い奴は倒せないって話でしょ」


 面白そうに結城は顔を上げて、ペナンガランを嗤う。


「ならほら——下級まで持ち出して、やっとこさ腕を斬り落とせた貴方はどっちになるの?」


 空気が凍る。いや、空気が熱くなった。

 朝霧の頬が爛れ始める。

 熱だ。激しい炎が燃え盛っているかのように、熱がペナンガランから発せられている。これまで以上に分かりやすくペナンガランは怒っていた。


「今までの上級吸血鬼はどちらかだった。下級で遊ばせるか、自分で遊ぶか。間違っても自分の戦いに他の存在を介入させるような臆病者ではなかった。それに、戦っている間も変だった」


 ギリギリと歯軋りの音が響いた。

 耳鳴りのように酷く不快で、恐ろしい音。熱も更に高まる。近くにあった鉄パイプが真っ赤に染まっていた。


「別に弱いって訳じゃない。貴方の強さは間違いなく上級クラス。今までやり合ってきた奴らと引けは取らない」

「…………」

「でも、貴方は臆病者よ。そうやって弱者弱者と言い続けているのは誤魔化すためにしか聞こえない」


 熱閃が飛んだ。

 熱閃を躱し、再び朝霧の視界に入ったペナンガランの顔は今まで以上に歪んでおり、般若のような顔つきをしていた。


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