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玩具じゃない

 

 口元を拭い、立ち上がる。

 状況はさらに悪くなった。2対1でも難しかったのに、実力者が増えて2対2。しかも相手は最初に戦ったラクシャサのように油断をしていない。

 ランスイルは軽薄で隙だらけのように見えるが、加賀を交えた3人で組み手をしていた北條と結城はそれが誘いだと分かった。

 ジャララカスは相変わらず殺気を漂わせて北條と結城を睨み付けている。あれで油断をしているというのならば、油断とは何だと議論しなければいけなくなるだろう。


「(不味い。勝てない)」


 1体ならば時間を掛ければ倒せたかもしれない。けれど2体ならば話は別だ。

 撤退するしかない。ここまで来てそれをするのは憚られるが、それしかないと2体の存在感が北條にそう思わせた。

 簡単に撤退させてはくれないだろう。しかし、やるしかない。

 北條は腹をくくる。ルスヴンとの約束を破らず、結城をここから逃がすことに全力を尽くそうと決める。


「あ——ちなみに、逃げようって考えても無駄だよ?」


 だが、それを読んでいたかのようにランスイルが釘を刺してくる。


「俺達2人が揃えば、お前達が逃げようって考えてるのは分かってる。けど、ここに来るまでにジャララカスが下の層に続く階段を全部潰してる。上に続く階段も同じだ」

「そんな嘘に騙されるとでも思ってるの?」

「嘘じゃないんだけどなぁ。まぁ、別に良いよ。それなら2人とも逃げると良い。10秒ぐらいは動かないから階段を探したら良いさ」


 大袈裟に肩を竦める姿は芝居がかっており、嘘臭い。本当のことなど言っていないだろと思えてしまう。

 加賀と話が合いそうだと素直に北條は思った。


「階段なんて必要ないわよ。私達が何処から登って来たかもう忘れたの?」

「もしかして、またあの円柱の中を通っていけば良いと思ってる? あの中に何がいるか忘れたの?」

「忘れてないわよ」


 憎々し気に結城が口を開く。

 忘れるはずがない。当然だ。気味の悪いものは中々忘れられないものだ。

 全体像を見てはいないが、頭部の大きさからしてあの円柱の中はあのムカデの体でギッシリ詰められていても可笑しくはない。それに、あれが複数匹いる可能性もある。


「アレが1匹だけだと? もしかしてあの中に入れば俺達は追って来られないと思ってる? あ、もしかしてあの円柱を破壊してムカデを外に逃がしてから中に入ろうとか考えてるのかな?」


 芝居がかった仕草は北條と結城を苛立たせる。

 全てを戯言だと斬り捨てれたらどれだけ楽か。ニヤニヤと笑みを浮かべるランスイルの顔を思いっきり殴りたくなった。

 拳を握り締めるが、思い直し、頭を冷やす。


「(ルスヴン。アイツ等の言ってること、本当だと思うか?)」

『嘘ではないと思うぞ?』

「(……何でか理由聞いても良い?)」

『そうだな。ラクシャサを殺したことを知られたのだろうな。傲慢な吸血鬼共が人間相手に殺気を放ったり、誘いをしたりしているのだ。自分の同程度の存在がやられたからとしか考えられん。全力は出さずとも容赦はされんだろうな』

「(同程度って……そのラクシャサって奴よりも目の前の2人の方が強そうに見えるんですけど)」

『それはラクシャサが油断と慢心をしていたからだ。見下しているような奴に全力を使う何て出来ないとか意味わからんルールを持っていたしな。それで傷つけられたら烈火のごとく怒るし。まぁ、目の前にいる2体はそこまで油断はせんからな気を付けろよ』

「(具体的に!! 具体的にどうすれば良いか教えてくれ!! いえ、教えて下さい!!)」


 ルスヴンに相談するが、良い返事は帰ってこない。

 ルスヴンも嘘を完全に見抜けるわけではない。状況、相手の微細な表情の変化から嘘を見抜けることもあるが、嘘を隠すことに長けている相手にそれは通じない。

 ならば、と神頼みならぬ吸血鬼頼みを北條がしていると結城が脇腹を小突いてくる。

 視線をランスイルとジャララカスから離さずに、体を結城に寄せる。


「私、この状況は勝ち目がないと思う」

「同意見」


 互いにのみ聞こえる声量で語り合う。

 結城も北條と同じく、目の前の2体を相手にして勝てるとは思っていない。

 感情では負けていない。吸血鬼相手に逃げ出したくはないと叫んでいる。だが、理性がコイツ等と戦っても負けるだけだと冷静に判断を下していた。


「——でも、私は恭也さんを助けるのをやめるつもりはない」


 結城がハッキリと意思を伝える。

 戦えば負ける。逃げるしかない。でも救助を止めるつもりはない。それだけは絶対だった。

 決意を口にすると共に一歩前に出た結城。まるでこの先は自分だけで行くとばかりの態度に北條はムッとする。


「(ルスヴン……)」

『分かっている。宿主達だけでこの状況を切り抜けられるとは思っておらん。余も協力するさ』

「(頼む)」


 静かに息を吐き、北條も結城の横へと並ぶ。

 そんな2人の様子を見てランスイルは肩を竦め、ジャララカスは表情を変えずに殺気を飛ばした。


「逃げれば10秒は追わないって言ったのに」

「ふん、逃げても追いつかれるだけならここで倒してしまった方が良い」

「え、本気で言ってる? 俺だけでも負けてたのに、ジャララカスも来たんだよ? 戦って勝てるとでも思ってるの?」

()()()()()()()()


 ランスイルの挑発に北條はキッパリと答える。

 結城は逃げもしない北條を見て唇を尖らせたが、直ぐに態度を戻す。実力が吸血鬼の方が上だと言うのは確かなのだ。真面に戦えば負けるというのは自分でも分かっている。

 北條の言葉にランスイルは訳が分からないといった表情をした。


「自己犠牲ってやつかな? そんなの無駄なのに……」

「自己犠牲のつもりはねぇよ」


 北條が鼻を鳴らす。

 虚勢ではない。本気だ。それを感じ取ったランスイルは目を丸くした。聞き分けのない子供を前にしたかのように、溜息をつき————次の瞬間、腹の底にも響く声を発した。


「傲慢——」

「「どこが?」」


 それに対して挑発気に北條と結城は笑みを浮かべた。既にその顔には勝機があった。

 それが皮切りになる。

 爆発のような轟音が2つ巻き起こった。ランスイル、ジャララカスが凄まじい脚力で床を蹴った音だ。


「北條!!」

「あぁ!! 任せろ!!」


 迫ってくるランスイルとジャララカスに対して北條が動いた。

 目前に巨大な氷壁を作り出し、姿を隠した。その大きさは1層や2層にあった迷路の壁よりも高く、分厚い。異能によって生み出されていたため、強度も鉄以上もある代物だ。


「無意味」


 一声。ランスイルが発した言葉が爆弾となってその氷壁に叩き付けられる。

 数秒程、氷壁は耐えたが全体に亀裂が走り、崩れていく。


「自信失うなぁッ」

『ならば精進しろ。余の力が完全なら、此奴等が何体いても問題ないぞ』

「(精々、頑張りまぁす!!)」


 ルスヴンと軽口を叩き合いながら、北條は上げていた腕を振り下ろした。

 ——氷が降る。


「——ム」

「おっと」


 降って来た氷は子供の拳程度の大きさの玉だった。

 それを見てランスイルとジャララカスは顔を顰めた。子供の拳程度の大きさでも、その内に秘められた力には警戒するだけのものがあった。

 氷壁を出したのは進路を防ぐためではなく、これを配置するのを悟らせないためだ。

 ランスイルが叫び、ジャララカスが蛇を吐き出し、身代わりにして体を護らせる。

 氷玉がジャララカスが吐き出した蛇に触れた瞬間、主を護ろうと体を大きくして傘の代わりをしていた蛇は、氷によって貫かれていた。


「——破壊しても無意味か」


 その隣ではランスイルが腕に同じような氷の棘を生やしている。破壊した氷玉の破片の1つがランスイルの腕に飛び散った結果だ。

 地面には蛇やランスイルの腕に生えた氷の棘と同じものがそこら中に咲いている。

 ジャララカスが更に蛇を吐き出し、身代わりを増やす。

 悍ましい程の数が口から吐き出される光景を目にして北條は思わず顔を顰めた。夕飯時に見れば食欲が綺麗サッパリとなくなる光景だ。

 吐き出された蛇は大小様々だった。蛇は吐き出された瞬間に、自分達の宿命を知っているように統一された動きで主であるジャララカスとランスイルを護るために体を傘にして道を開いた。


「おっと、ジャララカス。地面に落ちてる氷にも気を付けろよ。触れた瞬間にこんな感じになる」

「承知」


 ランスイルの忠告にジャララカスが短く答えた。

 視線の先にあったのは、吐き出された蛇の数ある内の一匹。地面を這っていた途中、地面に生えた棘に触れた瞬間に絶命していた。


「まぁ、必要ないだろうけどね」


 そう言ってランスイルは腕を手刀で斬り落とす。直ぐに腕は生えてきた。氷の棘による損害などなかったかのように、女性とも思えるような白い腕を軽く振って前を見た。

 苦々しい表情をして、氷槍を放つ。

 全力で放った氷槍はあっさりと躱される。上から降らせた氷玉も蛇が邪魔となり、ランスイルとジャララカスに届いていない。

 後退して氷槍を放つが、速度では吸血鬼の方が上。直ぐに追いつかれた。


 北條へと肉薄したのはジャララカスだ。

 放たれた拳を左腕で防ぐ。

 枯れ枝の折れるような音が響いた。

 声が引き攣り、痛みに顔を顰める。それでも何とかしなければ次に待っているのは死だった。


「離ん——なれろッ!!」


 至近距離から冷気をブチかまし、距離を少しでも取るべく後退する。それでも、もう1体がそれを許さなかった。


「そら」

「ゴフッ!?」


 脇腹に鋭い衝撃が走る。

 メキメキッと肉が引き裂かれる音と共に鈍い音が響いた。見れば、北條の右脇腹には、ランスイルの爪先が食い込んでいた。

 一瞬の硬直。ジャララカスが容赦をしない理由はなかった。


「毒手——」


 ジャララカスの両手が蛇へと変わる。鋭く細い牙を持ち、ねっとりとした見るからに不健康そうな粘液を付けている蛇に。

 次の瞬間にはその蛇は襲い掛かって来た。

 首元、腹、太腿。そして、抵抗しようと藻掻いて出した左腕。

 噛まれた。という感覚はない。打撃をされたと言われた方がしっくりきた。それもタダの打撃ではない。鈍器で思いっきり殴られたような痛みだ。

 それでも転がって距離を取ろうとしたのは訓練の賜物だろう。


「(ルス、ヴン。さっきのって……やっぱり毒か?)」

『その通りだ。だが、安心しろ。体に入った毒は余でも分解できる。宿主(マスター)は戦いに集中しろ』

「(分かった……)」


 体が熱く、汗は止まらず、気分が悪い。

 それでも、ルスヴンがそういうのであれば大丈夫なのだろう。そう思って北條はもうそれ以上毒の心配をしなかった。

 息も絶え絶えになりながら立ち上がる。

 それを見てジャララカスは顔を顰め、ランスイルは面白そうに目を細める。


「毒が効かないのか……」


 そう言ったのはこれまで滅多に口を開かなかったジャララカスだ。

 眉間に皺を寄せているが、驚いているというよりもならばどうやって殺してやろうかと考えているように見えた。


「(どちらにしろ。もう毒は喰らいたくないな——ッ!!)」


 思い切りその場から身を投げ出す。ほんの少し遅れて北條のいた所にランスイルが立っていた。

 ランスイルとジャララカスは攻撃の手を緩めない。容赦のない攻撃が北條の体を傷つけていく。

 その最中、ランスイルが悪魔のように語り掛けてくる。


「そう言えば、あの女の子は何処に行ったのかな?」


 耳元で囁かれているかのようにそれはすんなりと耳に入って来た。


「もしかして、逃げたのかな? 君は戦う前にあの女の子と喋っていたけど、これは作戦なのかな?」

「うるっせぇ!!」


 ランスイルの言葉通り、周囲に結城の姿はない。北條が思わず言い返す。同時に動きも雑になり、その隙を突かれてジャララカスの毒手が喰らい付いてくる。

 異能や格闘技を複合した防御術で凌いでいるのに、僅かな隙間があったらスルリと抜けてくる蛇に戦慄する。


「でも、本当に彼女が動いてくれると思うかい? 人間は自分の身可愛さに他人を売るものだよ」


 氷槍を放つ。拳を振るう。

 空を切り、受け止められ。

 反撃として放たれた拳と音の爆弾が北條の体を叩いた。顔面から地面に落ち、鼻血を流すが、相手が待ってくれるはずがない。


「こうやって君が傷ついているのに、あの女の子は何をしているのかな? このままだと君死ぬよ」

「やれるもんならやってみろッ」

「はぁ、やれやれ」


 顔面に蹴りを入れられる。

 顔が陥没するが、直ぐに再生して事なきを得る。追撃はなかった。


「強情だね。一体どんな作戦を立てたんだい? それはあの女の子1人でも実行で来ること? いや、違うね。君は距離を取りたがってる。明らかに時間を稼ごうとしている戦い方だ。——あ、今反応したね」

「何でもかんでも見透かしやがって」


 反応したという言葉に思わず体が硬直する。

 もっとしっかりポーカーフェイスでも鍛えていれば良かったと後悔した。

 北條が()()()()()()()()()()()()()()()()()に対して考えを巡らせる。


「(結城が離れてるのは作戦の内ってのはバレても大丈夫だ。コイツ等を結城の方に行かせなければ良い…………最終的には乗ったけど、イカれてんなこの作戦)」


 その思考に対してルスヴンが文句を言ってくるが無視をする。

 今思えば自分の体に風穴開ける予定で突っ込んでいく作戦は作戦と呼べるのだろうかと思ってしまう。尤も力のない奴が贅沢を言える立場ではないのは分かってるし、今後もこのような作戦があれば、やることにためらいはないのだが。

 ランスイルが動きを見せる。

 一歩動くたびに北條は一歩下がり、ランスイルとジャララカスの動向を注意深く観察する。


「これから俺達は君を本気で殺しに行く。今まで容赦はしなかったけど、全力ではなかったからね。君はもう死ぬしかなくなる」


 場の空気が重くなる。肌が針で指されているかのように痛くなる。

 それが目の前の吸血鬼からの殺気だと分かり、先程の言葉は本気だと思い知らされる。

 足が竦む。本気の殺意を受けて呼吸が速くなる。殺される。実力差はもう分かっていた。手加減されても負けていたのだ。全力を出されたらどうなるのか分からない程北條は愚かではない。

 だが、体を硬直させる北條を余所にランスイルは殺気を消した。


「でもね。このまま死んでのちょっと可哀そうだと思うんだよ」


 そう言ってランスイルは笑顔を作った。


「情報諸々と引き換えに、君もこっちに来なよ。何、吸血鬼になれって言ってるんじゃない。最近じゃ、眷属を増やしすぎるなって言われてるぐらいで自重してるし、簡単に作って良いものじゃなくなったからね。良い取引だと思わない? 俺達はレジスタンスの情報を取れてハッピー。君達も生き残れてハッピー。異能持ちなんだから良い情報持ってるんじゃないの?」


 ランスイルは笑顔で北條に手を指し伸ばす。

 震えあがるような殺気を出しておいて、話し合いの余地を見せる。取引を持ち掛ける根拠も添えつけることも忘れていない。

 ボコボコにされ、殺気に震え、それでも生き残ろうとした者は縋り付いてしまうだろう。


「やだね」


 けれど、北條は断った。

 あっさりと、興味がないと。

 我儘な人間らしく、受け入れがたいものを認めたくないと駄々を捏ねるように。


「俺達は玩具じゃないんだよ」


 取引をして時間を稼ぐという策もあっただろう。けれど北條はしなかった。理由は単純だ。ランスイルの眼が気に喰わなかったからである。

 嘘つきの眼。

 最初から伸ばされた手を叩き落す気満々の目つきは北條を不快にさせた。


「殺すつもりのくせに取引何て持ち掛けてんじゃねぇよ。バレバレなんだよ。もっと嘘を付くなら上手くやりな。嘘が上手い奴紹介してやろうか?」

「やれやれ、本当に生かしてあげるつもりだったんだけどなぁ」


 ランスイルが肩を竦める。相変わらずジャララカスは無駄なことは喋らずに北條を睨み付けていた。

 北條が鼻を鳴らす。


 再び、戦いが始まった。

 宣言通り、今度はランスイル達も全力できた。北條だけでは無理だと判断したルスヴンも参戦し、足りない箇所を補った。

 ランスイルとジャララカスが結城を探し出そうとすることもあったが、全力で止めた。足が折られても、腕が飛んでも喰らい付いた。

 戦闘が再び始まって7分間。北條は作戦通り、足止めに成功した。

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